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67 王都編 襲撃 2
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「おっ! ついてるな。こいつは当たりじゃねぇか」
薄暗い廊下で対峙した銀髪のメイドに、男が野卑た声をかけた。
ギラギラと欲望を漲らせた目を向けてくる輩。心なしか股間の辺りが膨らんでいる。
しかし女は無言のままでなんら反応を示さない。
「なんだい。怖くて震えてるのか? 可愛いねぇ。俺はそんな女をイジメるのが大好きでねぇ。全員ぶっ殺した後で、たっぷりと犯ってや……」
男の言葉が最後まで発せられることはなかった。
体がドスンと仰向けに倒れる。
いつの間にやら脳天には手斧が埋め込まれてあった。
刃が眉間から鼻筋に沿って綺麗に縦にめり込んでいる。
これが一瞬にして不埒者の命を刈りとった。
「敵を前にしてのんびりお喋りとは、この男は何を考えているのでしょう」
足元の骸に小首を傾げるメイド長のエメラ。
「さて、こちらは片付きました。ルーシーはたぶん大丈夫でしょう。クロアさまのところにはフィメール先生が向かわれましたし、ムーさんもいますから。とりあえず私はアンケル様の元へ向かうとしましょう」
転がる遺体を踏みつけて、無造作に斧を引き抜くエメラ。
ゴボッと溢れてくる血。
汚れる床に顔を幾分顰めつつ、主のいる部屋へと彼女は向かった。
……屋敷内がなんだか騒がしい。
寝ぼけ眼でフラフラと廊下に出るルーシー。
不意に開いた扉に驚いたのはひとりの侵入者。
鉢合わせした小柄なおさげのメイドと男。
彼は即座に剣を抜く。切れ味を増すために風の魔法が付与されてある自慢の相棒。
どのみち屋敷の人間は目標を除き皆殺しと命じられている。これまでにも何人も殺めてきた。今更、女子供相手に戸惑うこともない。
剣筋は迷うことなく、目の前の女の細い首筋へと吸い込まれていく。
「へっ!?」
なんとも間の抜けた声が聞えた。これが侵入者の残した人生最期の言葉。
何かが剣を砕き、その勢いのままに彼の首をへし折る。
体は吹き飛ばされ天井にぶつかり、床に落ち、何度も転がった末に廊下の端までいってようやく止まった。
メイドの手に握られていたのは、黒い一本の棒。ふちを六角に整形されてあるが、ただの鉄の塊である。しかし恐ろしく重い。
眠そうな目でゆらゆらと辺りを見回し、納得したのかルーシーは部屋の中へと戻っていった。どうやら彼女は最初から最後までずっと寝ぼけていたようである。
廊下に倒れている男。
わずかに呼吸するだけで、全身を狂いそうな痛みが襲う。
目は見開かれ涙を流し、鼻や口、股間からも色んな汁を垂れ流している。
男の十本の指はすべてあらぬ方向を向いていた。
手首も肘も肩も、腰、腿、膝、足首、更には首すらもが、ありえない角度で曲がっている。
「こんな夜更けに女性の下を訪れるだなんて、マナー違反です」
彼を見下ろすは黒い仮面の女。
周囲の闇よりも深いドレス。体のほとんどが漆黒で覆い隠されている。
スカートからほんの少しだけ覗く、紅いヒールの爪先だけが際立つ。
屋敷に侵入して目標を探していた男。
廊下を歩いていると最初に左腕に違和感を感じた。見てみると自分の腕がだらりとしている。認識した途端に痛みが込み上げてくる。しかしここで声を出すわけにはいかない。なんとか反対の手で口元を抑えようとした。するとこちらの腕までヘンになっていた。明らかにオカシイ状況、男はすぐにその場を離れようとする。
踏み出したはずの足は地面を蹴ることなく、体が床の上に投げ出された。
片足を完全に殺された! 男はなんとか這いずって逃れようとするも、すぐにもう一方の足も言うことをまったく聞かなくなった。
彼が自分をこんな目に合わせた相手をちゃんと確認できたのは、最後に己の首を曲げられた時であった。
呻くこともままならない男。普通ならばとっくに気を失っている。なのに辛うじて保たれる意識。己の体の内から滔々と湧いてくる痛みに延々と苛まれる。まさに地獄の責め苦。
目に映る女から掛けられた言葉に、彼が応えることは無理であった。
「それでは失礼します。生徒が待っていますので」
フィメール・サファイアはドレスの裾をつまみ暇を告げる。
彼女をスカートを翻し、その場を後にした。
屋敷の内外が少しだけ騒がしくなってから、しばらく経った頃。
王女が滞在している部屋に仮面女が姿を現した。
開いた扉を閉めることもなく、彼女はベッドに近づき、すぐさまクロアを揺り起こす。
ここのところクロアとメーサとファチナの三人は、同じベットで一緒になって川の字に寝るのが当たり前になっている。
部屋に詰めていたオレは、ずっと周囲の気配を探っていたので、仮面女がこちらに向かっていたことにも、とっくに気がついていた。
《さすがだ。あっという間に決着をつけやがった。戦闘にすらなっていない。やっぱり強いわ、この女。だけど……》
どうしてオマケを連れてきた? この女が尾行に気付かない? ……そんなわけがない。絶対にワザとだ。こいつ、ワザと連れきやがった。その目的は……まさか本気かっ!?
仮面女の後を密かにつけて来た男。
開けっ放しの扉を前にして、しばし悩んでいたようではあるが、意を決したらしく室内に入ってきた。
気配を殺し影から影に滑り潜り込むように移動している。なかなかの隠形の技術。ただしオレには丸見えだ。体内を流れる微細な魔力の流れが、完全には誤魔化しきれていない。
当然、仮面女も侵入者には気が付いてやがる。あえて連れてきたんだ。ご丁寧に扉を開けて、わざわざ招き入れるような真似までして。
その理由はクロアに実地で訓練を積ませるため。
いくらなんでも相手が暗殺者って、試練が過ぎるだろう。クロアはまだ五歳児だぞ。スパルタにもほどがある。もちろん危ない時には自分がフォローに入るつもりなのだろうが。
しかも王女を餌にって……、この女、やっぱりヤバ過ぎる。
「貴男がいることはわかっています。姿を現しなさい」
闇に潜み、こちらの隙を伺っていた男が観念したように姿を現す。
男は小柄でその背は曲がっていた。
「……」
無言のまま蛇のような目でこちらを睨む。実際に蛇系の獣人の血が混じっているのかも。
落ち着いている。静かに視線を泳がせ冷静に状況を見極めようとしている。諦めちゃいない。隙あらば任務を完遂する。そんな強い意志を感じさせる。
「クロアさん。ちょうどいいのがあったのでご用意しました。腕輪の力は切って構いません。全力でおやりなさい」
「はいっ! レディ・サファイア!」
教師の言葉を受けて、ピンクのネグリジェ姿の金髪幼女が戦場に立つ。
体内を魔力がギュンギュンと勢いよく駆け巡る。
呼応して小さな身体が強化されていく。
「……っ!」
男の目がカッと見開れる。しかしその眼が直ぐに細められた。
予想外の敵の出現に驚き、訝しんでいる。でも決して油断はしていない。
男がチラリとクロアの背後にいる王女の姿を確認する。
これだけの騒ぎだ。ファチナもとっくに目を覚ましていた。クロアが闘うと聞いてヤメさせようとするも、それは仮面女に止められていた。まるで自分の生徒の邪魔をするなと言わんばかりに、遮られた腕を前にして王女は動けない。
ちなみにメーサは爆睡中だ。この子は一度寝ると朝まで起きない。
オレは念のためにいつでも動けるように準備しておく。
男の体が微かに揺れた。
クロアの小さな体が一瞬ブレる。
動き出したのは二人同時であった。
ためらいの無い短刀の突き。狙うは喉。
力みなく、淀みなく、戸惑うことなく放たれる突き。同じ動作を数えきれないほどに繰り返すことで身につけた技。一切の奇をてらわない攻め手。だからこそ最短かつ最速で獲物を屠る。
クロアはこれを正面から受けた。
モンスターの牙を加工したであろう黒い刃が、自分へと真っ直ぐに伸びてくるのをギリギリまで引きつける。躱せない? いや、躱そうとしない。
キンッと微かな音がした。
音がした直後に男の短刀は、軌道を左に逸れる。
喉に刺さろうかというギリギリのタイミングで、クロアが右の手刀にて刀身の中ほどを、わずかな動作にて外へと払ったのだ。
「攻撃は引きつけてから逸らしたほうが楽」という仮面女の教えを、クロアは体現して見せた。
男はすぐさま身を後方へ引いて距離を取ろうとする。安直に強引には攻めない。いい判断だ。だがクロアがそれを許さない。すかさず踏み込んで距離を完全に潰す。ほぼゼロ距離状態。ここは幼女の間合いだ。彼女の金髪が閃く。
五歳になったクロアは現時点で腕輪装着時、一瞬のうちに八枚の葉を打ち抜く。腕輪を外せば十四枚、威力を捨てて速度を取れば十七枚……ただしコレは片手での話。それが両腕だとすると……。
衝突音が重なる。二度ほど瞬きする間に三十近い券打を浴びた男。
ただの打撃ではない。的確に人体の急所を抉り、筋肉の隙間を狙い、内臓を痛めつける。
「……がはっ」
肺の中の空気とともに、血の混じった泡を吹き男は倒れた。
とりあえず死んではいない。白目を剥いてのびているだけだ。
「ふぅー」と息吹を吐いて心と体を落ち着かせるクロア。
振り返ってニカッと笑う。
トテトテとみんなのところに戻っていく。
王女はもう驚くやら呆れるやら心配したやらで、泣きながらプリプリ怒って忙しい。
仮面女は「何度か拳の握りが甘かったので注意するように」と駄目だしをしていた。
《クロア、めっちゃ強くなってる》
オレは、ただただ驚愕だ。
スクスクと成長しているのは嬉しいのだが、どんどんとオレの未来予想図から逸れている。これでいいのだろうか…‥。まぁ、元気だからいいのか。
とりあえず寝たふりをして機会を伺っている、コイツにはちゃんとトドメをさしておこう。せっかくのクロアの本格対人戦初勝利にケチをつけるのも無粋だしな。
スーラボディを変形させ、ハンマーを作り出すとコレを振り下ろす。
背骨でも砕いておけば、悪さはもう出来ないだろう。
《じゃあな、おやすみ。よい悪夢を》
一撃で男は完全に沈黙。
コソっとヤっておいたのでバレていないだろう。
これにて襲撃者十六人、全員の討伐完了。
無事に一件落着か……と思っていたら、部屋に勢いよく駆け込んできた黒騎士くん。
「ファチナ王女、ご無事ですか!」
「あぁ、アリオスさま!」
すげー、王女さま。
さっきまでプリプリとクロアの肩を掴んで揺さぶっていたのに、これをポイッとベッドの上に放り投げて、そのまま黒騎士のお胸にヨヨヨとしな垂れかかった。
女は友情よりも愛情ってよく耳にするけど、本当だったんだな。すんごい変わり身だ。
ベッドの上のクロアも、えーって顔をしている。
仮面女も首を振ってる。
メーサは変わらず爆睡だ。こんだけ騒いでいるのにまったく起きない。ある意味、この子が一番の大物なのかもしれない。
「もう大丈夫です。どうかご安心下さい。貴女は私が守りますから」
「うれしい! アリオスさま!」
見つめ合う騎士と王女。二人とも、しっかり男と女の顔をしていやがる。
《もう好きにしてくれ》
おっさんはちょっと用事があるので出かけてくるから、後は頼んだよ。
薄暗い廊下で対峙した銀髪のメイドに、男が野卑た声をかけた。
ギラギラと欲望を漲らせた目を向けてくる輩。心なしか股間の辺りが膨らんでいる。
しかし女は無言のままでなんら反応を示さない。
「なんだい。怖くて震えてるのか? 可愛いねぇ。俺はそんな女をイジメるのが大好きでねぇ。全員ぶっ殺した後で、たっぷりと犯ってや……」
男の言葉が最後まで発せられることはなかった。
体がドスンと仰向けに倒れる。
いつの間にやら脳天には手斧が埋め込まれてあった。
刃が眉間から鼻筋に沿って綺麗に縦にめり込んでいる。
これが一瞬にして不埒者の命を刈りとった。
「敵を前にしてのんびりお喋りとは、この男は何を考えているのでしょう」
足元の骸に小首を傾げるメイド長のエメラ。
「さて、こちらは片付きました。ルーシーはたぶん大丈夫でしょう。クロアさまのところにはフィメール先生が向かわれましたし、ムーさんもいますから。とりあえず私はアンケル様の元へ向かうとしましょう」
転がる遺体を踏みつけて、無造作に斧を引き抜くエメラ。
ゴボッと溢れてくる血。
汚れる床に顔を幾分顰めつつ、主のいる部屋へと彼女は向かった。
……屋敷内がなんだか騒がしい。
寝ぼけ眼でフラフラと廊下に出るルーシー。
不意に開いた扉に驚いたのはひとりの侵入者。
鉢合わせした小柄なおさげのメイドと男。
彼は即座に剣を抜く。切れ味を増すために風の魔法が付与されてある自慢の相棒。
どのみち屋敷の人間は目標を除き皆殺しと命じられている。これまでにも何人も殺めてきた。今更、女子供相手に戸惑うこともない。
剣筋は迷うことなく、目の前の女の細い首筋へと吸い込まれていく。
「へっ!?」
なんとも間の抜けた声が聞えた。これが侵入者の残した人生最期の言葉。
何かが剣を砕き、その勢いのままに彼の首をへし折る。
体は吹き飛ばされ天井にぶつかり、床に落ち、何度も転がった末に廊下の端までいってようやく止まった。
メイドの手に握られていたのは、黒い一本の棒。ふちを六角に整形されてあるが、ただの鉄の塊である。しかし恐ろしく重い。
眠そうな目でゆらゆらと辺りを見回し、納得したのかルーシーは部屋の中へと戻っていった。どうやら彼女は最初から最後までずっと寝ぼけていたようである。
廊下に倒れている男。
わずかに呼吸するだけで、全身を狂いそうな痛みが襲う。
目は見開かれ涙を流し、鼻や口、股間からも色んな汁を垂れ流している。
男の十本の指はすべてあらぬ方向を向いていた。
手首も肘も肩も、腰、腿、膝、足首、更には首すらもが、ありえない角度で曲がっている。
「こんな夜更けに女性の下を訪れるだなんて、マナー違反です」
彼を見下ろすは黒い仮面の女。
周囲の闇よりも深いドレス。体のほとんどが漆黒で覆い隠されている。
スカートからほんの少しだけ覗く、紅いヒールの爪先だけが際立つ。
屋敷に侵入して目標を探していた男。
廊下を歩いていると最初に左腕に違和感を感じた。見てみると自分の腕がだらりとしている。認識した途端に痛みが込み上げてくる。しかしここで声を出すわけにはいかない。なんとか反対の手で口元を抑えようとした。するとこちらの腕までヘンになっていた。明らかにオカシイ状況、男はすぐにその場を離れようとする。
踏み出したはずの足は地面を蹴ることなく、体が床の上に投げ出された。
片足を完全に殺された! 男はなんとか這いずって逃れようとするも、すぐにもう一方の足も言うことをまったく聞かなくなった。
彼が自分をこんな目に合わせた相手をちゃんと確認できたのは、最後に己の首を曲げられた時であった。
呻くこともままならない男。普通ならばとっくに気を失っている。なのに辛うじて保たれる意識。己の体の内から滔々と湧いてくる痛みに延々と苛まれる。まさに地獄の責め苦。
目に映る女から掛けられた言葉に、彼が応えることは無理であった。
「それでは失礼します。生徒が待っていますので」
フィメール・サファイアはドレスの裾をつまみ暇を告げる。
彼女をスカートを翻し、その場を後にした。
屋敷の内外が少しだけ騒がしくなってから、しばらく経った頃。
王女が滞在している部屋に仮面女が姿を現した。
開いた扉を閉めることもなく、彼女はベッドに近づき、すぐさまクロアを揺り起こす。
ここのところクロアとメーサとファチナの三人は、同じベットで一緒になって川の字に寝るのが当たり前になっている。
部屋に詰めていたオレは、ずっと周囲の気配を探っていたので、仮面女がこちらに向かっていたことにも、とっくに気がついていた。
《さすがだ。あっという間に決着をつけやがった。戦闘にすらなっていない。やっぱり強いわ、この女。だけど……》
どうしてオマケを連れてきた? この女が尾行に気付かない? ……そんなわけがない。絶対にワザとだ。こいつ、ワザと連れきやがった。その目的は……まさか本気かっ!?
仮面女の後を密かにつけて来た男。
開けっ放しの扉を前にして、しばし悩んでいたようではあるが、意を決したらしく室内に入ってきた。
気配を殺し影から影に滑り潜り込むように移動している。なかなかの隠形の技術。ただしオレには丸見えだ。体内を流れる微細な魔力の流れが、完全には誤魔化しきれていない。
当然、仮面女も侵入者には気が付いてやがる。あえて連れてきたんだ。ご丁寧に扉を開けて、わざわざ招き入れるような真似までして。
その理由はクロアに実地で訓練を積ませるため。
いくらなんでも相手が暗殺者って、試練が過ぎるだろう。クロアはまだ五歳児だぞ。スパルタにもほどがある。もちろん危ない時には自分がフォローに入るつもりなのだろうが。
しかも王女を餌にって……、この女、やっぱりヤバ過ぎる。
「貴男がいることはわかっています。姿を現しなさい」
闇に潜み、こちらの隙を伺っていた男が観念したように姿を現す。
男は小柄でその背は曲がっていた。
「……」
無言のまま蛇のような目でこちらを睨む。実際に蛇系の獣人の血が混じっているのかも。
落ち着いている。静かに視線を泳がせ冷静に状況を見極めようとしている。諦めちゃいない。隙あらば任務を完遂する。そんな強い意志を感じさせる。
「クロアさん。ちょうどいいのがあったのでご用意しました。腕輪の力は切って構いません。全力でおやりなさい」
「はいっ! レディ・サファイア!」
教師の言葉を受けて、ピンクのネグリジェ姿の金髪幼女が戦場に立つ。
体内を魔力がギュンギュンと勢いよく駆け巡る。
呼応して小さな身体が強化されていく。
「……っ!」
男の目がカッと見開れる。しかしその眼が直ぐに細められた。
予想外の敵の出現に驚き、訝しんでいる。でも決して油断はしていない。
男がチラリとクロアの背後にいる王女の姿を確認する。
これだけの騒ぎだ。ファチナもとっくに目を覚ましていた。クロアが闘うと聞いてヤメさせようとするも、それは仮面女に止められていた。まるで自分の生徒の邪魔をするなと言わんばかりに、遮られた腕を前にして王女は動けない。
ちなみにメーサは爆睡中だ。この子は一度寝ると朝まで起きない。
オレは念のためにいつでも動けるように準備しておく。
男の体が微かに揺れた。
クロアの小さな体が一瞬ブレる。
動き出したのは二人同時であった。
ためらいの無い短刀の突き。狙うは喉。
力みなく、淀みなく、戸惑うことなく放たれる突き。同じ動作を数えきれないほどに繰り返すことで身につけた技。一切の奇をてらわない攻め手。だからこそ最短かつ最速で獲物を屠る。
クロアはこれを正面から受けた。
モンスターの牙を加工したであろう黒い刃が、自分へと真っ直ぐに伸びてくるのをギリギリまで引きつける。躱せない? いや、躱そうとしない。
キンッと微かな音がした。
音がした直後に男の短刀は、軌道を左に逸れる。
喉に刺さろうかというギリギリのタイミングで、クロアが右の手刀にて刀身の中ほどを、わずかな動作にて外へと払ったのだ。
「攻撃は引きつけてから逸らしたほうが楽」という仮面女の教えを、クロアは体現して見せた。
男はすぐさま身を後方へ引いて距離を取ろうとする。安直に強引には攻めない。いい判断だ。だがクロアがそれを許さない。すかさず踏み込んで距離を完全に潰す。ほぼゼロ距離状態。ここは幼女の間合いだ。彼女の金髪が閃く。
五歳になったクロアは現時点で腕輪装着時、一瞬のうちに八枚の葉を打ち抜く。腕輪を外せば十四枚、威力を捨てて速度を取れば十七枚……ただしコレは片手での話。それが両腕だとすると……。
衝突音が重なる。二度ほど瞬きする間に三十近い券打を浴びた男。
ただの打撃ではない。的確に人体の急所を抉り、筋肉の隙間を狙い、内臓を痛めつける。
「……がはっ」
肺の中の空気とともに、血の混じった泡を吹き男は倒れた。
とりあえず死んではいない。白目を剥いてのびているだけだ。
「ふぅー」と息吹を吐いて心と体を落ち着かせるクロア。
振り返ってニカッと笑う。
トテトテとみんなのところに戻っていく。
王女はもう驚くやら呆れるやら心配したやらで、泣きながらプリプリ怒って忙しい。
仮面女は「何度か拳の握りが甘かったので注意するように」と駄目だしをしていた。
《クロア、めっちゃ強くなってる》
オレは、ただただ驚愕だ。
スクスクと成長しているのは嬉しいのだが、どんどんとオレの未来予想図から逸れている。これでいいのだろうか…‥。まぁ、元気だからいいのか。
とりあえず寝たふりをして機会を伺っている、コイツにはちゃんとトドメをさしておこう。せっかくのクロアの本格対人戦初勝利にケチをつけるのも無粋だしな。
スーラボディを変形させ、ハンマーを作り出すとコレを振り下ろす。
背骨でも砕いておけば、悪さはもう出来ないだろう。
《じゃあな、おやすみ。よい悪夢を》
一撃で男は完全に沈黙。
コソっとヤっておいたのでバレていないだろう。
これにて襲撃者十六人、全員の討伐完了。
無事に一件落着か……と思っていたら、部屋に勢いよく駆け込んできた黒騎士くん。
「ファチナ王女、ご無事ですか!」
「あぁ、アリオスさま!」
すげー、王女さま。
さっきまでプリプリとクロアの肩を掴んで揺さぶっていたのに、これをポイッとベッドの上に放り投げて、そのまま黒騎士のお胸にヨヨヨとしな垂れかかった。
女は友情よりも愛情ってよく耳にするけど、本当だったんだな。すんごい変わり身だ。
ベッドの上のクロアも、えーって顔をしている。
仮面女も首を振ってる。
メーサは変わらず爆睡だ。こんだけ騒いでいるのにまったく起きない。ある意味、この子が一番の大物なのかもしれない。
「もう大丈夫です。どうかご安心下さい。貴女は私が守りますから」
「うれしい! アリオスさま!」
見つめ合う騎士と王女。二人とも、しっかり男と女の顔をしていやがる。
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