青のスーラ

月芝

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66 王都編 襲撃 1

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「ここか?」
「ハイ、目標の存在は確認しております。ずっと見張っていましたが、外出した形跡もありません」
「そうか……ランドクレーズのご隠居のところに匿われていたとはな」
「どのようにしましょうか?」
「惜しい人物だが仕方がない。いつも通りで」
「わかりました。後腐れのないように今晩中に処理しておきます」
「あぁ、そうそう例の件を忘れないでくれよ」
「わかっております。王女の『命だけ』はとらないようにと、メンバーらにも周知徹底しておきます」
「じゃあ、終わったら報告を頼む」
「はっ!」

 王都内の背の高い建物の屋根の上、そこに二人の男がいた。
 ここからだとちょうどアンケル・ランドクレーズが滞在している屋敷を確認出来る。
 眼下を眺めながらフード姿の人物が隣に立つ男に物騒な指示を出していた。

 そんな二人の様子を伺う小型スーラが数体。
 オレが産み出した分隊のメンバーたちである。
 彼らは各々の人物に張り付いていた。自分たちが滞在している屋敷の周囲にも警戒網としてメンバーらを放っている。
 そのような理由で、奇しくも彼らはこの場で鉢合わせすることになった。

《わるだく、してるねー》
《してるねー》
《タイチョー、ほうこくー》

 当然のごとくメンバーらからは、オレの下に逐一情報が流れてくる。
 襲撃は今夜か……、ファチナが城を抜け出してからすでに三日。そろそろかとは考えていたが思ったより早かったな。まぁ、いい。そろそろリストも完成しそうだし、今夜の一戦をもって戦争開始の狼煙としてやろう。

《クククククッ。これでようやく連絡地獄から解放される。みんなマメに報告してくれるのはありがたいが、いい加減、ストレスでノイローゼになるわ! 四六時中、報告、ほうこく、ホウコクって、もうイヤッ! ……ヤってやる! この鬱憤を晴らすためにも、盛大かつ徹底的にヤってやるぜ》

 やる気に満ちたオレの青いスーラボディもぷるぷる震える。
 そんなオレを見たクロアが、何故だかクッキーを一枚くれた。
 どうやらお菓子を欲しがっていると誤解したらしい。
 一緒にお茶をしていたメーサや王女からもお裾分けされた。
 モグモグしながら、おっさんは今夜の闘いに想いを馳せる。



 その日の夜半もとっぷり過ぎた頃。
 オレの気配探知に引っかかる敵影……その数、十六。
 仮にも八大公家に縁する爺の滞在先を襲うには、ちと数が少ない気もするが。連中もそれだけ腕に自信があるのだろう。
 だが甘い。とっくにオレの分隊による警備網にも捉えらえれているし、すでに屋敷内の何人かは異変を察している様子。
 屋敷内部には深夜にも関わらず動き出している気配がある。
 ちょっとそちらに意識を向けてみるか。
 どれどれ……メイド長のエメラさん、仮面女は気づいているな。ルーシーさんはまだ寝てる。子供たちは王女と一緒のベッドで仲良く夢の中。おや? アリオスくんはすでに起きて部下に指示を出しているじゃないか。本当に将来有望な騎士だな。シーラさんたちもとっくに動きだしてる。やっぱりアラクネ半端ねぇ。ああっ! 襲撃してくる連中、もしかして彼女たちが屋敷に滞在していることを知らないんじゃないのか。知ってたら絶対に来ないわ。
 とりあえずコチラは安心として外の方は……と、おうおうスルスルと近づいてる、近づいてる。動きに淀みがない。侵入するのに手慣れているな。きっとこれまでにも悪いこと一杯してきたんだろう。だからどんな目にあっても怨むなよ。



 裏手から屋敷の敷地内に潜り込んだ三人組。
 男たちはいつも一緒に行動する。三身一体の攻撃を退けた奴はいない。これまでも上から命ぜられるままに何人も始末してきた。
 今回もいつもの通りに仕事をこなすだけ。彼らはそう考えていた。
 優秀な家人がついてる? 所詮はメイドや執事だろう。騎士なんて闘い方がキレイ過ぎて、奴らの剣なんてどうとでも捌ける。殺しの本職には敵うはずがない。そう思っていた。自信も自負もあった。そんな彼らが対峙することになったのは、まさかの売れっ子デザイナーであった。
 三方位からの同時攻撃、天地狭間からの一斉攻撃、タイミングをずらしての連携攻撃、その悉くが防がれる。
 闇に閃く凶刃を、八本の足が弾き、両の腕が無造作に薙ぎ払う。
 これまで数々の敵を屠ってきた必殺の技が、目の前の相手にはまったく通じない。
 アラクネ……噂は知れども実際に戦っているところを見た者はほとんどいない。だって彼女たちはとっても優しいから。それが怒っている、下半身の蜘蛛のうぶ毛を逆立てて怒りまくっている。
 ヒヨコみたいな黄色いアラクネが叫ぶ。

「わるい子は、おまえかぁー」

 そして始まる一方的なお仕置きという名の蹂躙劇。
 この夜の襲撃において、もっとも貧乏くじを引いたのは誰であろうか?
 間違いなくアラクネの居るところに踏み込んだ連中であろう。
 シーラさんを含む五人のアラクネたちに倒された敵の数は計八人。
 翌朝、屋敷の軒先に仲良く八つのミノムシがぶら下がっていた。
 所々に血が滲んでいる。おそらくサンドバックにされたのであろう。
 ボコボコにへこんで、それはもう見るも無残な姿を晒していた。



 バラバラに邸内に侵入したはずの四人。気がつけば一か所に追い詰められていた。
 追い込んだのは黒騎士が率いる騎士たち。
 侵入者らは個々の技量では決して劣っていない。むしろかなり勝っている。なのに追い込まれた。その事実が彼らに重くのしかかる。
 数と地の利を活かした戦術。
 伊達に警備の騎士たちも、ここ数日を屋敷で過ごしていたわけではなかった。より自分たちが有利に闘える状況を考えていた。奢ることなく自分らの力量を冷静に見極め、想定される敵を侮ることもない。一人で勝てないのならば二人で、二人でも不利ならば三人で。確かに騎士の誇りも大切だが、本当に大事なのは守るべき人を最後まで無事に守りぬくこと。黒騎士アリオス・ランドクレーズは、若くしてそれをよく理解していた。
 連携によって次々と討たれる賊、ついに最後の一人となる。
 残った一人は敵の指揮官めがけて特攻をかけた。
 即座に反応して自分たちの上官を守ろうとする騎士たち。そんな彼らを制し、己の剣を構える黒騎士。
 低い姿勢から走り込んでくる敵。
 両手には使い込まれた双剣が握られてある。
 刃先には不気味な色が滲んでいる。恐らくは毒、それも極めて致死性の高い。
 毒の存在があれば人は怯む、躊躇する。その一瞬の遅れが命とりとなる。つまり自分にとっては千載一遇のチャンスが生まれる。
 ニヤリと敵がほくそ笑む。
 しかしアリオスは怯まない。迷うことなく踏み込んだ。これには敵の方が驚き、ほんの少しだけ出足が鈍った。そこですでに勝負はついていた。
 踏み込むと同時に振り下ろされる剣。
 豪と風が唸る。放たれた刀身は肩から腰にかけて振り抜かれる。血飛沫が飛ぶ。肉体だけでなく意識も寸断される。敵はその場で崩れ落ちた。
 剣を振るい刀身に着いた血を振り払う黒騎士。

「ここを頼んでもいいか?」
「任せて下さい。若は早くあの方の下へ行ってあげて下さい」
「すまんな」

 彼は後事を部下たちに託し走り出す。
 自分が守るべき人の下へと。

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