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59 王都編 毒殺未遂事件
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孫娘のクロアが王女に招かれて城を訪れた日の夜、祖父であるアンケル・ランドクレーズもまた城を訪れていた。王より夜会に招待されたためである。
夜会といっても本格的なモノではない。茶会に参加した子供たちの保護者や関係者らを招いての懇親会といったところ。参加も自由だ。だからアンケルもお義理で顔だけ出して、すぐに帰るつもりであった。
そして何故だかスーラの身の上であるオレまでここにいる。
出掛けの爺に拉致られた。「たまにはワシに付き合え」とのこと。意味がわからん。
いくら本格的ではないとはいえ、そこは王家の催し。結構な煌びやかさ。参加者らだってそれなりの格好をしている。そんな中にモゾモゾ混じる青いスーラ。
悪目立ちが過ぎる。もしかしてコレが爺の狙いか! オレを生贄にして自分が楽をするつもりか! と思ったら爺がご婦人方に囲まれてヒーヒー言ってる。
あー、よくよく考えてみればアンケル爺って超優良物件。
奥さんは随分前に亡くなっているし、身内は孫娘一人、仕事は出来るし、名声もあるし、お金もたっぷり……、オレが女でも狙うな。そりゃあ肉食獣にも囲まれるわ。
かく言うオレも囲まれている。
スーラは存在自体は珍しくないけど、気まぐれが過ぎて人にまったく懐かない。ふと気がついたら身近にいるから、すぐに手が届きそうな錯覚を覚えるけど、実際には触れることはまず叶わない。近くてとっても遠い存在、それがスーラ。
そんなスーラが撫で放題とあって、色んな人がオレに寄ってきては思い思いに触っていく。
オレは大人しくされるがまま。そしてようやく爺の意図に気がついた。
自分ばっかり大変なのはシャクだからお前もエライ目に遭え、これが事の真相。
まったくもって酷い話だ。
騒ぎも一段落し、パーティー会場の隅でぐったりする老人と青いスーラ。
するとそこに近づいてくる初老の人物。
「おー、大変だったな」
「そう思うんなら助けてくれ」
「無茶を言うな。あんなの手練れのテイマーでも扱いきれんよ」
アンケル爺と気安い会話を交わす人物。
爺の古い友人でお医者様なんだとか。現在は一線を退いて趣味の薬草学に没頭し、そちらでも結構な大家らしい。
「それでなんでお前がいるんじゃ?」
「代理だよ、代理。とりあえず出席したという履歴が欲しいんだと」
「この会は自由参加じゃろうに」
「それでも『王族主催の夜会に出なかった』という事を気にする輩はいるもんだ」
「面倒な。そんなに気になるのならば本人が来ればいいものを……」
「当人も張り切っていたんだけどなぁ。さすがに腰をやっては一歩も動けんて」
「あー、アレは辛いのぉ」
「あぁ、アレは本当にダメだ」
久しぶりに再会した爺二人が、ギックリ腰の話題でしんみりしている。
前世で経験済みのオレもしんみりだ。アレになるとトイレが辛い。思い出してスーラボディもぶるると震えるよ。
そうこうしているうちに会場に派手なラッパの音が鳴り響く。
王様の来場を告げる合図だ。
最後に王様が顔を出して、挨拶をして、みなで乾杯をしてパーティーはお開きとなる。
普通は逆で、はじめに挨拶が来るのだが、今回はあくまで懇親会という名目。親同士の親睦と関係者らの慰労が目的の会合。そこに最初から王様がいたら、みんな緊張して愉しめないからという配慮、なのだが何やら様子が……。
どよめきが起こった。
波紋のように参加者らの間に騒ぎが広がっていく。それに伴って皆の視線が一点に注がれる。先には王様が立っている。だがその隣には三人の女性と四人の子供たちの姿までがあった。王様家族が勢揃いの図。
これがみなを浮足立たせている原因。通常、王族が揃うなんてかなり大きな催しに限る。それがこんな懇親会程度の集まりで姿を現したのだから、会場は騒然となっている。
「どう思う?」
アンケル爺が隣の友人に訊ねる。
「悪戯……にしては三人の奥方が黙って従っているのが気になる。あいつら、あんまり仲良くないよな」
「ああ。そう聞いておる。正しくは正妃と第二が、だがな」
「だとしたら……単なる子供の顔見せ目的とか」
「だったら良いんじゃが……まさか王太子の発表とかだったら」
「いやいやいや。さすがにこんな場でソレはないだろう。やるならもっと違う場所で大々的に発表するだろう」
「うーむ。それもそうか」
友人の言葉に安心したのか、少し難しい顔をしていたアンケル爺の表情も和らぐ。
二人がこんなやり取りをしている間に、王の挨拶も済み、家族の紹介も終わって、後は乾杯を残すばかりとなった。
参加者全員の手にグラスがゆき渡ったのを確認してから、王がグラスを掲げる。
王子や王女らはまだ子供なので中身は果汁のジュース。
乾杯の音頭に合わせて、みなが一斉にグラスを空ける。
「やれやれ、これでやっと帰れるわい」
アンケル爺が呟いた、その直後、会場に悲鳴が上がった。
何事かとオレたちが向けた視線の先には、倒れている三つの影。
第一王子、第二王子、第三王子が揃って床に倒れている。
一人無事らしい王女が真っ青になって立ち尽くす。
妃たちも取り乱している。王だけはなんとか平静に周囲に指示を飛ばしていた。
アンケル爺が友人と目を合わせる。彼は黙って頷く。
そう彼は元医師で薬草学の専門家。きっと役に立つはず。
二人はすぐに現場へと駆け付けた。オレもついていく。
すぐに毒物が飲み物に混入されてあったことが判明。
第一王子はグラスの中身を三分の一ほどしか飲んでおらず中軽症。それでもまったく動けない状態、目を閉じて堪えている。耐性があるのか、なんとか持ち直しているよう。
問題は残りの二人。
第二王子と第三王子の二人は一息に飲み干してしまったようで、いまにも死にそう。とくに幼い第三王子の方がヤバイ。同じ量を摂っても体の大きさが違う分の差が出ている。十歳と五歳の体格差は歴然。
血の気が失せた顔が真っ白、すでに意識はなく、ガクガクと体が小刻みに震えている。爺の友人がなんとか毒を吐かせようとしているが、すでにそんな段階ではない。
このままだと間に合わなくて、確実に二人は死ぬ。
いかにヘリオスがクソガキだとはいえ、死ぬには早すぎる。ピア―スにしてもそうだ。
だからオレは秘蔵の薬を提供することにする。
泉の森の奥で魔改造して作った、ほぼほぼ万能回復薬。
大概のモノには効くはず。ただし味は最悪。屈強な森のモンスターたちがあまりのマズさに、のたうち回るぐらいだからな。あとしばらく腹を下す。これはしようがない。体内の悪いモノを強制的に体外へと出すためだから我慢してくれ。
お手製回復薬が入った瓶をアイテム収納から取り出すと、こっそりアンケル爺に渡した。
触手のジェスチャーにて倒れている子らに飲ませるように促す。
察しのいい彼はすぐに意味に気がつく。
こいつは賭けだ。
スーラが持ち出した怪しい薬瓶。普通ならばまず使わない。でもオレには甘味料という実績がある。オレが色々とヘンテコな品を持っていることは、周囲にも薄々勘づかれている。だからこその賭け。それなりに信頼関係だって築いてきたつもりだ。分は悪くないはず。
アンケル爺は迷わなかった。
もうそんな時間すら残されてはいなかったのだ。
診察していた友人を押しのけ、強引に王子らの口に液体を流し込む。
口移しなんてロマンチックな方法はとらない。相手の鼻をつまみ、力任せに顎を引き、大口を開けさせてから、喉の奥に薬を放り込んで、咽るのもお構いなしに無理矢理に呑み込ませる。
第一王子だけは自力で飲んでいた。めっちゃ辛そうだったけど。毒のせいかオレの薬のせいかは、ちょっとわからない。
さすがはオレさま印のお薬。効果はてきめん、子供たちの顔色もみるみる良くなり、血の気も戻り、呼吸も落ち着き、体の震えもじきになくなった。
王子たちの無事に歓声が起こる。
騒ぐ周囲をよそに、一部始終を側で見ていた元医者の友人が「そいつは何だ」と聞いてきたが、「うちの秘伝の解毒薬じゃ。やらんぞ」とアンケル爺は答えただけで、オレのことには一切触れなかった。
とにもかくにも容体は安定。あとは駆けつけてきた宮廷医師らに任せることになった。
王様からも何度も感謝を述べられて辟易する爺。
薬についても色々と訊かれたが、「貴族たるものいつ何が起こるかわからない。だから普段から解毒薬の一つや二つは持ち歩いて然るべき」などと、もっともらしい事を言って煙に巻いていた。
こうして王子毒殺事件は未遂に終わった。
毒の出所や犯人捜しなんかは城の連中がやるので、オレたちには関係ない。
だがそうは問屋が卸さないらしい。
我が子が死にかけて半狂乱になった第二側妃が、衆人観衆のど真ん中でとんでもない事を口走る。
「お前か! お前がウチの子に毒を盛ったのか!」
第二側妃がそう言って詰め寄ったのは正妃。日頃から仲が悪いというこの二人。
なんら証拠もなしに決めつけで犯人にされてはたまらない。何より自分も大切な息子が毒で倒れたというのに。怒った正妃も黙っていない。
「どうしてワタクシが? 貴女じゃあるまいし」
冷ややかな眼差しで相手を睨む。そこには侮蔑をたっぷりと乗せて。
正妃は他国の王族の出身。対する第二側妃は国内の有力貴族の出自。ゆえに正妃はすべてにおいて彼女を格下として小馬鹿にしている。
実際に家格でも妻の地位でも格下なのではあるが、それが第二側妃にはどうにも面白くない。そこにきて王太子の問題までもが絡んでくるから、ことは複雑怪奇になっている。
「なんですって!」「なによ!」醜い言い争いを始めてしまった二人。なんとか宥めようとする第一側妃も、すぐにはじき飛ばされてしまった。
王様はオロオロするばかり。こういう時の男ってまるで頼りにならない。
挙句の果てに何をとち狂ったのか、第二側妃が止めに入ったファチナ王女に向かって「もしかしてお前が犯人か!」とまでのたまう。「邪魔な弟を殺して、兄を殺して簒奪を目論むか」髪を振り乱し、両の目をらんらんと光らせた自分の母から、罵声を浴びせられる王女。
「ち、違う。私は……」
あんまりな言葉に今にも泣き出しそうな娘。
その声すらも「うるさい!」とかき消す狂女。
周囲もどうしたらいいのかわからない。王族同士の問題に下手に首を突っ込むわけにはいかないからだ。誰だって関わり合いにはなりたくない。
修羅場である。
呆れたね。おっさん、もう帰っていいかな?
にょろんとスーラボディを動かして、アンケル爺を見上げると互いの目が合った……ような気がした。もちろんオレに目はないので、なんとなくだ。でも互いが考えていたことは一致したようで、オレたちは周囲の喧騒に紛れてコソコソとその場を離れる。爺の友人は人身御供として置いていく。すまん、怨むなら友達がいのないアンケル爺を怨め。
こうしてオレたちは無事にパーティー会場からの脱出に成功。
無事に家路に……つけなかった!!
夜会といっても本格的なモノではない。茶会に参加した子供たちの保護者や関係者らを招いての懇親会といったところ。参加も自由だ。だからアンケルもお義理で顔だけ出して、すぐに帰るつもりであった。
そして何故だかスーラの身の上であるオレまでここにいる。
出掛けの爺に拉致られた。「たまにはワシに付き合え」とのこと。意味がわからん。
いくら本格的ではないとはいえ、そこは王家の催し。結構な煌びやかさ。参加者らだってそれなりの格好をしている。そんな中にモゾモゾ混じる青いスーラ。
悪目立ちが過ぎる。もしかしてコレが爺の狙いか! オレを生贄にして自分が楽をするつもりか! と思ったら爺がご婦人方に囲まれてヒーヒー言ってる。
あー、よくよく考えてみればアンケル爺って超優良物件。
奥さんは随分前に亡くなっているし、身内は孫娘一人、仕事は出来るし、名声もあるし、お金もたっぷり……、オレが女でも狙うな。そりゃあ肉食獣にも囲まれるわ。
かく言うオレも囲まれている。
スーラは存在自体は珍しくないけど、気まぐれが過ぎて人にまったく懐かない。ふと気がついたら身近にいるから、すぐに手が届きそうな錯覚を覚えるけど、実際には触れることはまず叶わない。近くてとっても遠い存在、それがスーラ。
そんなスーラが撫で放題とあって、色んな人がオレに寄ってきては思い思いに触っていく。
オレは大人しくされるがまま。そしてようやく爺の意図に気がついた。
自分ばっかり大変なのはシャクだからお前もエライ目に遭え、これが事の真相。
まったくもって酷い話だ。
騒ぎも一段落し、パーティー会場の隅でぐったりする老人と青いスーラ。
するとそこに近づいてくる初老の人物。
「おー、大変だったな」
「そう思うんなら助けてくれ」
「無茶を言うな。あんなの手練れのテイマーでも扱いきれんよ」
アンケル爺と気安い会話を交わす人物。
爺の古い友人でお医者様なんだとか。現在は一線を退いて趣味の薬草学に没頭し、そちらでも結構な大家らしい。
「それでなんでお前がいるんじゃ?」
「代理だよ、代理。とりあえず出席したという履歴が欲しいんだと」
「この会は自由参加じゃろうに」
「それでも『王族主催の夜会に出なかった』という事を気にする輩はいるもんだ」
「面倒な。そんなに気になるのならば本人が来ればいいものを……」
「当人も張り切っていたんだけどなぁ。さすがに腰をやっては一歩も動けんて」
「あー、アレは辛いのぉ」
「あぁ、アレは本当にダメだ」
久しぶりに再会した爺二人が、ギックリ腰の話題でしんみりしている。
前世で経験済みのオレもしんみりだ。アレになるとトイレが辛い。思い出してスーラボディもぶるると震えるよ。
そうこうしているうちに会場に派手なラッパの音が鳴り響く。
王様の来場を告げる合図だ。
最後に王様が顔を出して、挨拶をして、みなで乾杯をしてパーティーはお開きとなる。
普通は逆で、はじめに挨拶が来るのだが、今回はあくまで懇親会という名目。親同士の親睦と関係者らの慰労が目的の会合。そこに最初から王様がいたら、みんな緊張して愉しめないからという配慮、なのだが何やら様子が……。
どよめきが起こった。
波紋のように参加者らの間に騒ぎが広がっていく。それに伴って皆の視線が一点に注がれる。先には王様が立っている。だがその隣には三人の女性と四人の子供たちの姿までがあった。王様家族が勢揃いの図。
これがみなを浮足立たせている原因。通常、王族が揃うなんてかなり大きな催しに限る。それがこんな懇親会程度の集まりで姿を現したのだから、会場は騒然となっている。
「どう思う?」
アンケル爺が隣の友人に訊ねる。
「悪戯……にしては三人の奥方が黙って従っているのが気になる。あいつら、あんまり仲良くないよな」
「ああ。そう聞いておる。正しくは正妃と第二が、だがな」
「だとしたら……単なる子供の顔見せ目的とか」
「だったら良いんじゃが……まさか王太子の発表とかだったら」
「いやいやいや。さすがにこんな場でソレはないだろう。やるならもっと違う場所で大々的に発表するだろう」
「うーむ。それもそうか」
友人の言葉に安心したのか、少し難しい顔をしていたアンケル爺の表情も和らぐ。
二人がこんなやり取りをしている間に、王の挨拶も済み、家族の紹介も終わって、後は乾杯を残すばかりとなった。
参加者全員の手にグラスがゆき渡ったのを確認してから、王がグラスを掲げる。
王子や王女らはまだ子供なので中身は果汁のジュース。
乾杯の音頭に合わせて、みなが一斉にグラスを空ける。
「やれやれ、これでやっと帰れるわい」
アンケル爺が呟いた、その直後、会場に悲鳴が上がった。
何事かとオレたちが向けた視線の先には、倒れている三つの影。
第一王子、第二王子、第三王子が揃って床に倒れている。
一人無事らしい王女が真っ青になって立ち尽くす。
妃たちも取り乱している。王だけはなんとか平静に周囲に指示を飛ばしていた。
アンケル爺が友人と目を合わせる。彼は黙って頷く。
そう彼は元医師で薬草学の専門家。きっと役に立つはず。
二人はすぐに現場へと駆け付けた。オレもついていく。
すぐに毒物が飲み物に混入されてあったことが判明。
第一王子はグラスの中身を三分の一ほどしか飲んでおらず中軽症。それでもまったく動けない状態、目を閉じて堪えている。耐性があるのか、なんとか持ち直しているよう。
問題は残りの二人。
第二王子と第三王子の二人は一息に飲み干してしまったようで、いまにも死にそう。とくに幼い第三王子の方がヤバイ。同じ量を摂っても体の大きさが違う分の差が出ている。十歳と五歳の体格差は歴然。
血の気が失せた顔が真っ白、すでに意識はなく、ガクガクと体が小刻みに震えている。爺の友人がなんとか毒を吐かせようとしているが、すでにそんな段階ではない。
このままだと間に合わなくて、確実に二人は死ぬ。
いかにヘリオスがクソガキだとはいえ、死ぬには早すぎる。ピア―スにしてもそうだ。
だからオレは秘蔵の薬を提供することにする。
泉の森の奥で魔改造して作った、ほぼほぼ万能回復薬。
大概のモノには効くはず。ただし味は最悪。屈強な森のモンスターたちがあまりのマズさに、のたうち回るぐらいだからな。あとしばらく腹を下す。これはしようがない。体内の悪いモノを強制的に体外へと出すためだから我慢してくれ。
お手製回復薬が入った瓶をアイテム収納から取り出すと、こっそりアンケル爺に渡した。
触手のジェスチャーにて倒れている子らに飲ませるように促す。
察しのいい彼はすぐに意味に気がつく。
こいつは賭けだ。
スーラが持ち出した怪しい薬瓶。普通ならばまず使わない。でもオレには甘味料という実績がある。オレが色々とヘンテコな品を持っていることは、周囲にも薄々勘づかれている。だからこその賭け。それなりに信頼関係だって築いてきたつもりだ。分は悪くないはず。
アンケル爺は迷わなかった。
もうそんな時間すら残されてはいなかったのだ。
診察していた友人を押しのけ、強引に王子らの口に液体を流し込む。
口移しなんてロマンチックな方法はとらない。相手の鼻をつまみ、力任せに顎を引き、大口を開けさせてから、喉の奥に薬を放り込んで、咽るのもお構いなしに無理矢理に呑み込ませる。
第一王子だけは自力で飲んでいた。めっちゃ辛そうだったけど。毒のせいかオレの薬のせいかは、ちょっとわからない。
さすがはオレさま印のお薬。効果はてきめん、子供たちの顔色もみるみる良くなり、血の気も戻り、呼吸も落ち着き、体の震えもじきになくなった。
王子たちの無事に歓声が起こる。
騒ぐ周囲をよそに、一部始終を側で見ていた元医者の友人が「そいつは何だ」と聞いてきたが、「うちの秘伝の解毒薬じゃ。やらんぞ」とアンケル爺は答えただけで、オレのことには一切触れなかった。
とにもかくにも容体は安定。あとは駆けつけてきた宮廷医師らに任せることになった。
王様からも何度も感謝を述べられて辟易する爺。
薬についても色々と訊かれたが、「貴族たるものいつ何が起こるかわからない。だから普段から解毒薬の一つや二つは持ち歩いて然るべき」などと、もっともらしい事を言って煙に巻いていた。
こうして王子毒殺事件は未遂に終わった。
毒の出所や犯人捜しなんかは城の連中がやるので、オレたちには関係ない。
だがそうは問屋が卸さないらしい。
我が子が死にかけて半狂乱になった第二側妃が、衆人観衆のど真ん中でとんでもない事を口走る。
「お前か! お前がウチの子に毒を盛ったのか!」
第二側妃がそう言って詰め寄ったのは正妃。日頃から仲が悪いというこの二人。
なんら証拠もなしに決めつけで犯人にされてはたまらない。何より自分も大切な息子が毒で倒れたというのに。怒った正妃も黙っていない。
「どうしてワタクシが? 貴女じゃあるまいし」
冷ややかな眼差しで相手を睨む。そこには侮蔑をたっぷりと乗せて。
正妃は他国の王族の出身。対する第二側妃は国内の有力貴族の出自。ゆえに正妃はすべてにおいて彼女を格下として小馬鹿にしている。
実際に家格でも妻の地位でも格下なのではあるが、それが第二側妃にはどうにも面白くない。そこにきて王太子の問題までもが絡んでくるから、ことは複雑怪奇になっている。
「なんですって!」「なによ!」醜い言い争いを始めてしまった二人。なんとか宥めようとする第一側妃も、すぐにはじき飛ばされてしまった。
王様はオロオロするばかり。こういう時の男ってまるで頼りにならない。
挙句の果てに何をとち狂ったのか、第二側妃が止めに入ったファチナ王女に向かって「もしかしてお前が犯人か!」とまでのたまう。「邪魔な弟を殺して、兄を殺して簒奪を目論むか」髪を振り乱し、両の目をらんらんと光らせた自分の母から、罵声を浴びせられる王女。
「ち、違う。私は……」
あんまりな言葉に今にも泣き出しそうな娘。
その声すらも「うるさい!」とかき消す狂女。
周囲もどうしたらいいのかわからない。王族同士の問題に下手に首を突っ込むわけにはいかないからだ。誰だって関わり合いにはなりたくない。
修羅場である。
呆れたね。おっさん、もう帰っていいかな?
にょろんとスーラボディを動かして、アンケル爺を見上げると互いの目が合った……ような気がした。もちろんオレに目はないので、なんとなくだ。でも互いが考えていたことは一致したようで、オレたちは周囲の喧騒に紛れてコソコソとその場を離れる。爺の友人は人身御供として置いていく。すまん、怨むなら友達がいのないアンケル爺を怨め。
こうしてオレたちは無事にパーティー会場からの脱出に成功。
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