青のスーラ

月芝

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48 ライバル

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 グシシシシシッ。

 暗闇の中でヤツが笑った。
 イラっときた。
 ぶっ飛ばしてやろうと急いで駆けつけるが、すでに姿は消えている。
 気配が極端に薄い。魔力もほとんど感じられない。
 視認出来る距離にいればなんとか感知可能だが、そこまで不用意に近づいてくることはほとんどない。ヤツはとても用心深い。

 ネズミに近い生態。しかしネズミとは違う。ヤツは人前にほとんど姿を現さない。
 手の平サイズで隠形の技能に特化したモンスター「ラパ」
 ヤツらはそこかしこにいる。だがほとんどの人が気づかない、気づけない。
 物陰に潜み、巧みに人の生活圏に寄生する。
 ネズミとの違いで顕著なのが、悪さが限られていること。
 本や調度品の端っこを齧ったりしないし、壁に穴を開けたりもしない。
 ほんの少しだけ人の食べ物を拝借するだけ。
 三つあったら一つ。一つしかなかったら取らない。お年寄りや子供からは奪わない。貧しいところには侵入しない。
 大きな獲物だったら、キチンと自分の分だけを取り分けて持っていく。それも見た目にはほとんどわからない絶妙な分量を。
 肉の塊を上手にスライスする技術は、本職の料理人も顔負けであろう。
 余程、注意しておかなければ犯行に気がつかない。
 盗難現場に痕跡を残さない。まるで義賊か老獪な盗人の手口である。
 それがヤツらの生存戦略。
 安全を確保し、確実に食糧を手に入れ、なおかつ敵対しない。ちょびっと他人の上前をはねる。そうやってラパたちは長い歴史の中を生き残ってきたのだ。

 これだけ聞けば、「まぁ、害がないんだし放っておけばいいんじゃない」と思われるかもしれない。オレも最初はそう考えていた。あの底意地の悪い笑い声を聞かされるまでは。

 クロアと午後のお茶を楽しんでいたときのことだ。
 一瞬、視界の隅に違和感を覚えた。
 よくよく見てみるとクッキーを喰わえて逃げていくラパの姿が。
 たかが一枚くらいと見逃してもよかった。それが料理長のお手製でさえなければ。
 怒りのあまり魔法をぶっ放しそうになったが、さすがにソレは我慢する。
 代わりに追いかけた。そしてもう少しで、というところで逃げられた。
 奴はこともあろうに通りがかったメイドさんの、股の下を抜けて行きやがった。
 荷物を手に持っていたメイドさんは、自分の足元の異変にまるで気がつかない。
 一切の躊躇なくスカートの中に突っ込んだヤツと、戸惑ってたたらを踏んでしまったオレ。両者の間に致命的な距離が開く。
 ヤツの姿が消えた。
 グシシ、とこっちを小馬鹿にした声だけを残して。

 こんな追いかけっこが度々起こる。その度にあの声を聞かされる。
 たぶんわざとだ。きっとヤツは性格が悪い。

 腹が立ったので罠をはってやった。
 特殊な薬液を合わせて造ったオレ特製のトリモチ粘着シート。
 囮の食い物を置いて一晩放置。
 次の日に、そのシートを見つけたメイドさんが悲鳴を上げた。
 なんか色んな節足系が引っかかっていた。それもわりかしビッチリと。
 正直、気持悪かった。なお餌は手つかずである。
 メイド長のエメラさんに怒られた。

 ヤツの動きは素早い。追跡中にオレが放った触手攻撃をひらりひらりと躱す。
 危機察知能力が異様に発達している。躱す度にグシシと笑う。
 実にイラつく。こちらをイラつかせてミスを誘っているのだとしたら、大した策士であろう。広域魔法ならば確実に殲滅できるが、ソレをするとたぶん屋敷が半壊、もしくは全壊する。
 ラパのために、さすがにそれは出来ない。

 オリジナル魔法の銃もどきを使えば確実に仕留められる。
 だがそれをしたらなんだか負けのような気がする。なにもオレはヤツを殺したいわけではないのだ。とっ捕まえてギャフンと言わしたい。ただそれだけ。
 このままでは埒が明かない。
 そうだ修行しよう! 新技を開発してヤツをアッと言わせよう。
 おっさんは本気になっちゃうよ。

 単発攻撃は躱される。周囲に被害が及ぶのは論外。
 うっかり邸内の物でも壊そうものなら、きっとエメラさんに怒られる。
 美人さんのマジ説教はけっこう堪えるので遠慮したい。
 パッとしてグッとするのが理想。
 そこで思いついたのが電気ビリビリ攻撃。
 実はこの攻撃技は森の奥にてすでに開発済み。
 スタンガンもどきで、触れた相手にビリビリかますのだが、超接近状態になるのであまり実戦ではつかえないことが判明している。効くには効くのだが、相手の勢いが止まらない。属性の相性もあるのだろうが、強い相手だと根性で痛みをねじ伏せやがる。ぐわーって、苦しみながらも腕を振り抜き、痺れながらも技を繰り出す。効果が現れるのを待っている余裕がない。
 結果として弱い相手にしか使えない。しかしそもそも弱い相手ならば、こんな手間をかけずに倒せる。触手でこっそり近寄って一気にビリリという戦法も編み出したが、こちらも同様。結局、森の奥ではお蔵入りとなっていた。
 なおカッコいいかもとの理由で、火の玉みたいに雷玉を飛ばせないが頑張ってみたが、コレも無理だった。
 敵に当る前に空中で四散してしまう。ならばと雷みたいなのを走らせてみたが、今度は思う通りに飛んで行かない。まったく制御が効かない。下手すると自分に落ちてくる。自慢のスーラボディならば当たっても平気だろうけど、なんか嫌だったので止めた。
 今回は触手でビリリを改良して使用する。
 触手を伸ばしてビリリまでは同じ。ただし最後に放電のオマケつき。
 攻撃をかわしたと思ったら四方八方に飛ぶ電撃。
 これならばさすがにヤツも躱せまい。
 ナーニ、死にやしない。電圧はちゃんと調整しておく。せいぜい毛がモコモコのアフロになるだけだ。

 ヤツに敬意を表し、真剣に鍛錬に臨み技の練度を上げる
 自分で納得いくまで特訓を続けた。


 深夜の迎賓館二階にて対峙するヤツとオレ。
 真っ直ぐに伸びた廊下。すべての扉と窓は閉じられている。
 後ろに逃げるか、こちらに飛び込むか。
 しかしヤツには後方に逃げるしか選べる道がない。
 こちらに向かってきたら最後、オレが壁のように広がって、通路を完全に塞いでしまうから。
 突っ込んできたら、スーラボディの中に閉じ込めれてしまうという寸法。
 以前に袋小路にヤツを追い詰めようとして、この技を見せたことがある。
 あの時は奥に開いていた僅かな隙間から逃げられてしまった。
 敏いヤツのことだ。きっとあの時のことを覚えている。
 オレはジリジリと間合いを詰める。
 まだヤツは動かない。力を溜めているのだ。一気に動き出すための力を。
 円らな瞳でこちらの一挙手一投足を見逃すまいと見つめてくる。
 ゆっくりと体を揺らし脱力する。無用な緊張は戦いの邪魔だ。
「とっとと来な!」ヤツの目がそう挑発している。
 オレはヤツから見えないように、背後にて触手を準備。
 狙うのは自分の頭上を越えて、山なりに進む一撃。振り下ろすような格好をあえてとる。真っ直ぐな突きの攻撃は、わずかな動作で避けられる。見切られやすい。ヤツにはそれを可能とする能力が備わっている。
 対して一見すると速度に劣る放物線は、意外と目測を誤らせやすい。頂点を超えた時から、攻撃目標へと下向するほどに速さが増す。ゆっくりかなー、と余裕をかましているとアッというまに急加速で向かってくる。
 見えているからこそ躱しずらい攻撃。オレはそれを選んだ。

 触手を放つ。
 攻撃は狙い通りに天井擦れ擦れを飛び、そこから緩やかな放物線を描きヤツの下へと。
 鋭い攻撃がくるものとばかり考えていたのであろう。ほんの一瞬、ヤツの回避行動が遅れる。だがさすがだ。直撃は避けた。華麗なステップにて右横へと躱す。
 しかしオレの攻撃の本番はここから。触手が廊下へと着弾した。たちまち雷の柱が立つ。 周囲へ放たれる数多の稲妻。深夜の廊下が蒼い光に照らされる。
 オレは己の勝ちを確信する。
 だがそんな確信はなんら意味をなさない。
 ヤツは躱す。
 地を這う紫電を、壁を伝う迅雷を、天井から降り注ぐ万雷すらをも躱して見せる。

《バカなっ!》

 目の前のありえない光景にオレは思わず叫ぶ。
 たった一発、たった一撃入れば勝負が決する。それが当たらない。

 ついにすべての閃きが止んだ。
 廊下に夜の帳が下りる。
 その中にヤツが悠然と立っていた。

 オレはアイテム収納から一枚のクッキーを取り出すと放り投げる。
 みんな大好き料理長お手製の逸品。
 ヤツが黙ってそれを受け取る。
 敗者が勝者に払う対価。
 項垂れるオレを残し、ヤツの姿は闇に溶けるように消えた。

 いつもの笑い声は聞こえてこなかった。


 自分が修行に励んでいる間、きっとヤツも同様に己を鍛えていた。
 オレの努力がヤツの努力に及ばなかった。ただそれけのこと……。
 おっさんは雪辱を誓いつつ、その場を後にした。

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