青のスーラ

月芝

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41 メーサ・ユークライト

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 混乱する茶会の場に現れた一筋の銀の光。

 もう無理。自分は限界だと、膝から泣き崩れようとしていたホスト役の娘さん。
 しかしそんな彼女を支える者が颯爽と現れた。
 我らがメイド長のエメラさん。
 乙女の華奢な腰にそっと手を回し優しく支える。
 さながら物語に登場するお姫様と騎士のように映る二人。
 うちのハ―フエルフなメイドさんは、女性にしては長身で立ち姿がとても素敵な麗人。きっと男装させたら、およそ女の子が理想とする男性像に、もっとも近い存在に仕上がることであろう。
 そんなエメラさんが「大丈夫ですよ」と耳元で囁く、しかも密着状態にて。
 ついさっきまで死にそうな顔をしていた娘さん。
 浮かんでいた絶望の色はどこぞに消し飛ぶ。代わりに今では頬を淡く桃色に染めている。
 エメラさんを見つめる瞳が潤んでいる。蕾のような唇が濡れて、どこか艶めく。

「……落ちましたね」
《落ちたな》

 一部始終を目撃していたルーシーさんの意見に、オレもスーラボディを揺らして同意した。周囲にいる外野どももウンウンと頷いている。一人「あぁ」と、諦めにも似た悲痛な声を上げていた従者もいたが、たぶん彼はあのホスト役の娘さんの家の人だな。

 混乱していた現場は、エメラさんの働きもあって持ち直す。
 ちゃんとクロアの金の腕輪の機能と使用目的を説明し、誤解を解いてみなを安堵させた。冷めた紅茶を入れ直し、新たなお菓子を用意させ、さり気に王都の話題などを提供して、客たちの興味を引く。合間に自分の主家であるクロアのアピールをしつつ、ホスト役の娘さんのお株を奪わないように、適宜にわきまえる。
 すっかり雰囲気が良くなったテーブル席では、子供たちが自主的にポツポツとだが、お喋りを始めた。それを見届けてから、彼女はオレたちのいる外野席へと戻った。
 その際にちょっとした拍手が起こる。
 珍しくエメラさんが少し照れた様子を見せたのが、オレにはとても新鮮であった。


 まだまだテーブルではお茶会が続いている。
 ホスト役の娘さんが、チラチラこっちを見ている。
 気持ちはわかるが集中しなさい。
 オレは茶会の様子を見守る。
 しれっと全種類の菓子を平らげたクロアが、ようやく動き出した。
 金髪幼女が話しかけた相手はあのドリル令嬢。
 この子だけは相変わらず態度が大人しく、元気がないまま。言葉をかけられたら答えるものの、自分からは話すことはない。どうにも周囲との間に温度差がある。
 おっさんもずっと気にはなっていたんだが……。

「わたしクロア!」
「わたしはメーサ。メーサ・ユークライト……です。クロアさま」
「そっか。メーサちゃんだね。わかったー。あと『さま』はいらないよ」
「いえ、それは、その、あの」
「そういえばメーサちゃん。げんきないねぇ。どうしたの? おなかイタイ?」

 うちのお嬢様は直球勝負だった。遠慮なしだった。抵抗もなんのその。防壁なんて蹴倒してしまう。グイグイと相手の陣地に踏み込む。
 いつもはもっと空気が読める敏い子なのに、一体どうした?
 戸惑っているオレをほったらかして、クロアはあっさりと本丸に到り着く。

 メーサの表情が優れない理由。
 それは彼女のお気に入りのヌイグルミを汚してしまったため。
 彼女はそれをとても大切しており、よく持ち歩いている。今日の茶会にも一緒に連れてきた。なのにこちらに向かう馬車の中で、うっかり飲み物を零してしまい染みに。従者やメイドたちが、なんとか汚れを落とそうとするも落ちない。こうなれば職人に依頼をして、バラしてからキチンと洗うしかない。
 だがこの提案にメーサは、頑なに首を縦に振らない。
 頷けないだけの理由が彼女にはあったのだ。

「そっかー。ママのかたみなんだね」
「……わたしのために、つくってくれたの」
「バラバラはいやだよねぇ」
「うん。ぜったいにイヤ」

 胸の奥にあったつかえを吐き出しスッキリしたのか、メーサが普通に喋っている。
 二人はいつの間にやら親し気。悩みを共有したのが良かったのか。
 なんにしても子供は打ち解けるのが早い。
 おっさんとしてはちょっと羨ましい。

「ムーちゃーん。ちょっときてー」

 クロアに呼ばれた。
 呼ばれた以上は即参上するのが、快適ペットライフの極意。
 オレはぴょんぴょんと跳ねてご主人様の下へ。

「このこがムーちゃん。ムーちゃんにまかせたら、あっというまにピカピカだよ」
「ほんとうに? クロアちゃん?」
「うそじゃないよー。だってねぇ。わたし……」

 メーサの耳元に顔を近づけて、ごにょごにょ内緒話を始めるクロア。
 オレにはばっちり聞こえているけどな。
 彼女が話しているのは、オレとの初めての出会いの時のエピソード。
 小さい子がオネショをして、濡れたシーツをオレがキレイにした。
 まさかの乙女の秘密の暴露に、メーサの方が目を白黒として驚いてた。

 メーサの従者が、染みのついたヌイグルミを運んできた。
 クマっぽいヌイグルミである。小さな子が抱くのに丁度いい大きさ。
 丸みを帯びた可愛らしい造形で、いかにも子供が好きそうだ。
 同席している他の子らも口々に可愛いと漏らしている。
 だというのに、せっかくの手触りのよい白地のボア生地に、薄紫の染みが無残に広がっている。まるで火傷でもしたかのように見えて痛ましい。
 オレはちらりと主人の方を見る。あまり人形が好きではないクロア。反応がちょっと心配だったが、大丈夫みたい。過剰な嫌悪感は示していないので一安心。

 オレは汚れたヌイグルミを、ひょいと呑み込むと体内にて「洗浄」技能を発動。
 森の奥での忍耐と修行の日々で極めたと思い込んでいたオレの技。
 しかしクロアの家で世話になるようになってから、更なる進化を遂げる。
 メイドさんたちに懇願されるままに挑んだ、頑固な汚れとの闘い。
 羊毛らしき素材のモコモコ加減を、損なわないようにするのに苦労した。
 高そうな赤いレースの下着を任されたときは、本当に緊張した。
 それらの試練がオレを遥か高みへと押し上げた。
 その妙技をとくと御覧じろ。
 細かい粒子レベルの泡洗浄に加え、体内にて特殊配合された洗剤がどんなにしつこい付着物をもするりと落とす。解れたり傷んだりしている繊維を補修する。型崩れはしていないか。風合いなども同時にチェック。
 今回は畳む作業がないので時間短縮。
 いつもは五秒かかるところを四秒にて全行程を終了。

 仕上がったヌイグルミをメーサに差し出す。
 おっかなびっくりしていた彼女も、受け取ったヌイグルミを確認して破顔した。

「ありがとう。クロアちゃん。ムーちゃん」

 ヌイグルミを抱きしめるメーサ。ドリルな髪も嬉しそうに揺れている。
 ホスト役の娘さんや同席していた子らは「すごい。すごい」と大はしゃぎ。
 これにはクロアも得意気だ。

「お疲れ様でした」

 ひと仕事終えたオレが外野席に戻ると、エメラさんが労ってくれた。

 いくつかの珍事に見舞われたものの、なんとかお茶会はつつがなく無事に終了。
 そしてクロアは長い付き合いとなる友達を手に入れた。

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