青のスーラ

月芝

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37 金の腕輪

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 クロアの祖母が来た。死んだ母方の祖母だ。
 どんな女性かと問われたら、オレはこう答える。
 アンケル爺の女版と。

 アロ・シャープ。
 シャープ家夫人にして、多くの支店を持つ国内有数の商会の会頭。
 商会の持つ情報網は国の諜報機関をも凌ぐのだとか。
 歩く姿も楚々とした、見た目はたおやかな妙齢のご婦人。くすんだ金の髪色が肖像画の中で微笑むクロアの母親を連想させる。元は普通の商家の次女だったらしいのだが、シャープ家次期当主に見染められて妻となる。
 夫は妻に寛容で好きにさせていたら、いつの間にやら商会を立ち上げて、あれよあれよという間に急成長し現在に至っている。

 そんな女性が孫娘の元を訪れた。こちらも総出でお出迎え。
 忙しい彼女はなかなか時間がとれない。今回もわずか半日ほどの滞在となる。

「おおー。元気にしてたかい。クロア」
「はい! おあばあさま。おひさしぶりです」
「ちゃんと挨拶が出来るなんて偉い偉い。さすがは ア・タ・シ の孫だねぇ」
「えへへへ」

 久方ぶりの再会を喜び、抱き合う祖母と孫。実に微笑ましい光景である。
 背後で苦々しい表情を見せる爺の姿がなければだが。

「誰がアタシのだ。クロアは ワ・シ の孫じゃ」
「なんだジジイ。まだ生きていたのかい。心配せんでもクロアはアタシがちゃーんと育てるから、安心してとっとと逝け! この子はアタシに似ているから、間違いなく美人になるよ。あぁ、どうしよう……将来、王子から嫁に欲しいとか言われたら」
「うるさいババア。クロアはワシに似て聡明だから、ウチの跡を継がせる。美人になるのは当たり前だ。それから今の王族はややこしいから、絶対にそんな話は受けん」
「あー、そういえば。なんか奥方絡みで、ごちゃごちゃしていたっけか」
「しかも王子三人ともが婚約者ナシで、周囲の騒ぎを煽りおる」
「候補にでも納まれればお家安泰。うまくいけば未来の王妃の座も夢じゃない。そりゃあ、馬鹿どもも色めき立つわな」
「忌々しいことに第三王子に関してはクロアと同じ歳。第二王子にしたって六つしか離れておらん。こっちにその気がなくても、いらん勘ぐりをしてくる奴もおる。はっきり言って迷惑じゃ」
「三番目って確か第二側妃の子供だっけか……、あー、アレはないわー」
「ワシだってアレだけはないわい。アレと親族になるくらいならば、いっそクロアを連れて国を出る。二番目は正妃の子じゃから、たぶん身分的に大丈夫だろうが」

 孫を中心に揉めているかと思えば、一転して孫を中心に結束を固めるアンケル爺とアロ婆。仲がいいのか悪いのか。いつもこんな調子らしく、間に挟まれているクロアは大人しくニコニコしている。盛り上がっている二人の空気を読んで黙っている。出来た女である。まだ幼女だけど。

 アロ婆はスーラのオレにもちゃんと挨拶をしてくれた。
 オレのことはクロアからの手紙で知っていたらしい。
 クロアは文字を習得してからは祖母と頻繁に手紙のやりとりをしている。これはトア先生の教育の一環。単に習字をするだけでなく、自分で文脈を考えて書くことが為になるとのこと。真面目なクロアはせっせと自身の近況を綴っては、アロ婆にお手紙。ゆえに彼女には屋敷の内情が結構バレているみたい。

 賑やかな挨拶を終えた一行は、場所を本館の貴賓室へと移す。
 乱雑な物言いのわりには客をちゃんと持て成すアンケル爺。
 相手は腐ってもクロアの祖母だからという理由もあるが、ちゃんとしないと後々にまでネチネチと責められるのが嫌なだけらしい。それはもう鬼の首をとったかのようなネチネチ具合なのだ、とメイド長のエメラさんも苦笑い。
 アンケル爺とアロ婆は親族同士とはいえ貴族。
 本来ならばもっと形式ばったやりとりとなる。しかし二人はかなり気安い。少なくとも悪態をつき合えるぐらいには仲がいい。
 これもエメラさんに教えて貰ったのだが、二人は学生時代からの知り合い、というかライバル。常に張り合っていたのだとか。
 片や名門貴族の子息。片や平民の商家の娘。普通ならばあまり交わらない二人。そんな二人の間を取り持っていたのがアロ婆の旦那であるシャープ家の若様。
 まぁ、シャープさんは当時からアロ婆に夢中。でも彼女と二人っきりだと緊張しちゃう。だから友人のアンケル爺を巻き込んだ。そこまでは良かったのだが、まさか自分の友達と想い人が互いに反発して、競いあうようになるとは想像だにしなかった。

「たぶん同族嫌悪ですね」とはエメラさん談。

 オレもその意見に賛同します。
 それにしてもシャープさんも、実際は気が気じゃなかったんじゃないかな。
 だって反発していた二人が気がついたら……なんて展開もありえたんだから。なかなかに難しい舵取りだったと思う。そう考えるとシャープさんもただ者じゃないな。

 テーブルを囲み談笑するみんな。
 話題の中心のほとんどがクロアである。
 オレはアロ婆の膝の上に抱かれている。手紙の中でクロアがあまりにもオレの感触を絶賛していたので、ずっと前から気になっていたようだ。

「アタシもスーラを飼おうかしら」

 小声でポツリと零したのをオレは聞き逃さない。
 すっぽりと腕の中に納まる手頃な大きさ、じんわりと伝わる温もり、程よい重量感、サラリとしてそれでいて吸い付いてくるモチ肌、どうやら彼女もまたオレの虜になってしまったようだ。我ながら罪作りなスーラだぜ。もっともオレ以外のスーラは人の言うことなんて聞きやしないから、飼うのは無理だ、諦めてくれ。

 世間話というには、いささか激しい言葉の応酬をひと通り済ませたところで、アンケル爺が「それにしても急だったな。なにか用事か?」とアロ婆に聞いた。
 そう彼女は忙しい。
 常にあちこちを飛び回っている。そんな彼女が無理に予定をねじ込んできた。訪問する旨を報せてきたのも、ほんの数日前という性急さ。
 これにアンケル爺が怪訝な顔をするのも当然といえよう。
 そんな彼に対してニヤリとロア婆が笑ってみせた。なかなかあくどい笑みである。少し勿体ぶってから彼女は、従者に持って来させた品を一同の前に披露する。

 金の下地に銀の模様が全体に刻まれた腕輪。
 中央の線に沿って、等間隔で丸く磨かれた小さな魔石が填められてある。魔石の数は全部で十。色は全部違う。

「ほぅ。見事な細工だが……」
「こいつはねぇ。クロアに頼まれて特別に造らせたもんだよ」
「おばあさま、ほんとうですか! やったー」
「そうだよ。クロア。ほら、前に手紙に書いてあっただろう。『拘束の腕輪』が欲しいって」
「なんだと! お前は孫になんてモノを寄越すんだ! ついに呆けたかクソババア!」

 アンケル爺が声を荒げるのも無理はない。
 拘束の腕輪とは、捕虜や囚人らの動きを制約するための魔道具。
 装着すると魔力の流れが阻害されて、魔法が使えなくなるのみならず、加重によって体が重くなって、満足に動けなくなってしまう。
 ぶっちゃけ普通には流通していない。かなり使い道が限定されるので、購入層も限定されている。そんな代物が今、目の前に。

「早とちりすんじゃないよ。これは分類こそは『拘束の腕輪』だけど、中身はまるで別モンだよ」
「なに? どういうことじゃ」
「コイツはねぇ、まず魔力の流れは一切邪魔しない。あくまで体を重くするだけさ。ただし細かく調整出来るようにしてある。この並んでいる魔石があるだろう。これを操作することで十分の一ずつ体重を増やせるって寸法さ」

 通常の拘束の腕輪は、こんな微調整は効かない。ガツンと重くして潰れたカエルのようにされてしまう。無理をすると最悪、足がぺっきり逝く。見た目もゴツイ鉄の輪っか。
 その点、このアロ婆が持ってきた品は親切設計。装着者の好みによって自由に設定を変えられる。しかもかなりデザインがお洒落。
 ほら、もうクロアの目はテーブルの上の腕輪に釘付けだ。

 それではどうしてクロアが、このような機能を持った腕輪を欲したのかというと、原因はアイツだ。
 そう、あの仮面女ことフィメール・サファイア。
 あの問題だらけと言うか、むしろ問題しか見当たらないクロアのマナーの先生。
 アイツが似たような機能を持つアンクルを足に填めていたのを、クロアが見つけたのが事の発端である。
「それナニ? かっこいい!」「コレは体を鍛える魔道具。機能はかくかくしかじか」「わたしもほしい」と一連の流れはこうだ。
 祖父にそれとなくおねだりしてみたクロア。モノがモノだけにまるで相手にされなかった。たぶん聞いた事も忘れるぐらいにあっさりと流された。
 そこで次にクロアが頼ったのが文通相手のアロ婆。とはいえ金髪幼女に機能や仕様などの細かい説明が書けるわけもなく、そこは仮面女が手助けをする。イラスト、寸法、材質、その他諸々の情報が載った完璧な注文書を同封しやがった。悔しいが見事な仕事ぶりであった。
 こうして仕上がって届けられたのが、この金の腕輪である。

 体を鍛えるためとはクロアは言わない。
 あくまでお洒落と健康とダンスのレッスンに必要だから、という適当な理由に、しぶしぶ頷くアンケル爺。

「ほら、クロア。さっそく着けて見せておくれ」

 祖母に促され腕輪に自分の左腕を通す。大人でも余裕がありそうな大きさの腕輪であったが、クロアの腕が通った途端、スルスルと縮んでピッタリと彼女の腕に納まる。

「ほほう。調節機能付きか。よく見ればここも銀じゃない……これはミスリル銀か!」

 爺の言う通り、銀色の部分はミスリル銀が使用されている。これは魔力伝達がスムーズになる素材として、錬金術師らが好んで使う素材。けっこうお高い。
 素材といい、細工といい、機能といい、婆は孫のためにかなり張り込んだようだ。

 プレゼントを貰ってクロアは大喜び。
 腕輪はしっかりと機能しており、愛らしい孫にも似合って婆も笑顔。
 そんな二人を尻目に、ぐぬぬと悔し気な爺。きっと内心では「こんなことならワシが用意してやるんじゃった」とか思っているのだろう。
 側に控えているエメラさんが主に向ける視線がどこか冷ややかだ。たぶん呆れてる。

《ところでアロさん……。そろそろ放してくれないだろうか。なんだかこのままドサクサに紛れてお持ち帰りされそうで、ちょっとおっさん不安なんだけど》


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