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32 図書室
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アンケル爺の屋敷内には立派な図書室がある。
どのくらい立派かというと、個人宅なのに専属の司書さんが、男女二人ずついるぐらいに立派だ。
静かな図書室、若い男女、ちょっといい雰囲気の職場かもなんて考えたのならば甘い。
ここの図書室は無茶苦茶忙しい
司書さんらは単純に、図書室の本の管理だけをしていればいいというわけではない。
事務方からの求めに応じて、必要な情報を収集、資料にまとめる。当主が携わる仕事が多岐に渡るので、配下の事務方からの要求も自然と多岐に渡る。膨大な本の中から必要とされる情報を的確に抽出する。この作業のなんと至難なことか。
一応は前世のコンピューターっぽい記録媒体の魔道具があって、蔵書の管理は為されている。だがあくまで本のタイトルやら、著者やら分野が羅列されてあるに過ぎない。残念ながら中身にまで記録が及んでいないのだ。だから司書さんらは目ぼしい本から、一つ一つ欲しい情報を探し出さなければならない。しかし時間は限られている。
速読、速記、情報処理能力、記憶力、体力、気力……、この職場で求められる能力は極めて高い。ここに所属する四人の司書さんらは、ある種の超人である。
そんな連中でさえカツカツという真っ黒な職場。一晩中灯りが消えないなんてことはザラ。あまりの激務っぷりに懲罰の一環として、ココに放り込まれるケースもあるという。
背中をザックリと斬られても、声ひとつ漏らさない屈強な兵士が、ここに送られるとなったら「嫌だー」と泣き叫ぶという。
加えて棚の整理や本の修復などの通常業務も、キチンとこなすというのだから恐れ入る。
オレはちょくちょくここのお世話になっている。
日中はさすがに迷惑になるので夜中にこっそりと。
なのに二回に一回ぐらいは、誰かが残って仕事をしていた。
《今夜は……やっぱり誰かいるな。お仕事ご苦労さまです》
初めのうちは遠慮していたのだが、どうやら仕事に集中しているらしく、こちらには気づかない。気がついたとしてもチラリと一瞥して、すぐに自分の仕事に戻る。
これがスーラの通常の扱い。無視されてナンボ、いないものとして扱われる生き物。モンスターにすら構われない子。だからオレも気にしない。
それをいいことにオレは勝手に本を読み耽る。
今日は植物系のモンスターについて書かれた本を読もう。
あいつら気合の入った擬態をするから性質が悪い。森の中でも何度か酷い目にあった。木の天辺に旨そうな実があったらか、おっちらと登って行ったら、それが中身空っぽの張りぼてだったときの、ガッカリ感は思い出すだけで腹立たしい。もちろん、まんまと誘き寄せられた後には死闘が待っていた。
オレが手にしたのは、冒険者ギルド秘蔵のモンスター図鑑には及ばないものの、そこそこ詳しい内容が書かれた本。
ここでもそれなりにモンスター関連の書籍も漁ったが、残念なことにスーラについての内容はどれも似たり寄ったり。そのうち領都や王都に行く機会もありそうだから、その時に期待するとしよう。
深夜の図書室にカツカツと響くペン先の音、残業に勤しむ司書さんの奏でる音を聞きながら、本を読むというのも乙なものである。
役割上、ここには難しい専門書の類が多い。しかし家人らにも開放されてあるせいか、一般向けの娯楽本もあって退屈はしない。メイドたちにはやっぱり恋愛小説が人気のようだ。ドロドロの宮廷モノから学生同士の純愛モノまで置いてある、顔ぶれの幅が地味に広い。
個人的には「ご主人さま」シリーズが面白かった。
頓珍漢なご主人様の行動の一部始終を、こっそりと覗き見るメイドさんのお話。
ヘタレ童貞なご主人様の恋愛模様がコミカルに描かれてある。現在、八冊目まで刊行。
お薦めは三作目の「およしになって! ご主人さま」
艱難辛苦の末に、ようやく意中の女性との初デートにこぎつけたご主人様。なのに、ガッツキ過ぎて……おっと、これ以上はネタバレになるので止めておこう。
兵士たちは脳筋揃いなのかあまり本は読まない。たまに不釣り合いな美術書を借りていく者もいるらしいが、たぶん目当ては中身の美人画とかヌード画だろう、阿呆どもめ。
《おや? いつの間にやらペンの音が聞こえない》
本から視線を上げて周囲を確認する。
するとコチラをじっと見つめる司書さんと目が合った。
確かこの図書室で一番えらい室長さん。眼鏡姿も凛々しい女性である。
しばし互いに見つめ合う。とはいってもスーラには目がないので、格好的には彼女が一方的にオレに熱い視線を送っている形になるが。
じきに飽きたのか室長さんは再び仕事に戻る。
オレは読み終えた本を棚に戻すために席を立った。
本を戻し終え、次の本を物色していると、乱れている棚を発見。
司書さんは忙しそうだし、ちょっと手伝うことにするおっさん。
スーラボディを駆使すれば、こんな作業は朝飯前。
実際に今は朝飯前だけどねー、ププププッ。などとくだらない冗談を垂れながら、ちゃっちゃとお片付け。一度に六本の触手を伸ばして、一気に仕上げる。
秘技「阿修羅ウィップ」を駆使すればわけもなし。なおこの技の上位版「千手ウィップ」もあるが、本当に千本も触手があるわけではない。
棚の片づけをしているうちに楽しくなってきたオレは、他にも散らかっている棚を見つけては綺麗に並べ直すを繰り返す。特に順番が違っていたりすると気持ちよくないからね。
《おっと? またもやペンの音が消えている》
司書さんの方を見ると、彼女がこちらをガン見していた。
《おっさん、ちょっと調子に乗ってやり過ぎたみたい》
居たたまれなくなったオレは、さっさと棚の整理を終わらせると、図書室から退散することにした。
どのくらい立派かというと、個人宅なのに専属の司書さんが、男女二人ずついるぐらいに立派だ。
静かな図書室、若い男女、ちょっといい雰囲気の職場かもなんて考えたのならば甘い。
ここの図書室は無茶苦茶忙しい
司書さんらは単純に、図書室の本の管理だけをしていればいいというわけではない。
事務方からの求めに応じて、必要な情報を収集、資料にまとめる。当主が携わる仕事が多岐に渡るので、配下の事務方からの要求も自然と多岐に渡る。膨大な本の中から必要とされる情報を的確に抽出する。この作業のなんと至難なことか。
一応は前世のコンピューターっぽい記録媒体の魔道具があって、蔵書の管理は為されている。だがあくまで本のタイトルやら、著者やら分野が羅列されてあるに過ぎない。残念ながら中身にまで記録が及んでいないのだ。だから司書さんらは目ぼしい本から、一つ一つ欲しい情報を探し出さなければならない。しかし時間は限られている。
速読、速記、情報処理能力、記憶力、体力、気力……、この職場で求められる能力は極めて高い。ここに所属する四人の司書さんらは、ある種の超人である。
そんな連中でさえカツカツという真っ黒な職場。一晩中灯りが消えないなんてことはザラ。あまりの激務っぷりに懲罰の一環として、ココに放り込まれるケースもあるという。
背中をザックリと斬られても、声ひとつ漏らさない屈強な兵士が、ここに送られるとなったら「嫌だー」と泣き叫ぶという。
加えて棚の整理や本の修復などの通常業務も、キチンとこなすというのだから恐れ入る。
オレはちょくちょくここのお世話になっている。
日中はさすがに迷惑になるので夜中にこっそりと。
なのに二回に一回ぐらいは、誰かが残って仕事をしていた。
《今夜は……やっぱり誰かいるな。お仕事ご苦労さまです》
初めのうちは遠慮していたのだが、どうやら仕事に集中しているらしく、こちらには気づかない。気がついたとしてもチラリと一瞥して、すぐに自分の仕事に戻る。
これがスーラの通常の扱い。無視されてナンボ、いないものとして扱われる生き物。モンスターにすら構われない子。だからオレも気にしない。
それをいいことにオレは勝手に本を読み耽る。
今日は植物系のモンスターについて書かれた本を読もう。
あいつら気合の入った擬態をするから性質が悪い。森の中でも何度か酷い目にあった。木の天辺に旨そうな実があったらか、おっちらと登って行ったら、それが中身空っぽの張りぼてだったときの、ガッカリ感は思い出すだけで腹立たしい。もちろん、まんまと誘き寄せられた後には死闘が待っていた。
オレが手にしたのは、冒険者ギルド秘蔵のモンスター図鑑には及ばないものの、そこそこ詳しい内容が書かれた本。
ここでもそれなりにモンスター関連の書籍も漁ったが、残念なことにスーラについての内容はどれも似たり寄ったり。そのうち領都や王都に行く機会もありそうだから、その時に期待するとしよう。
深夜の図書室にカツカツと響くペン先の音、残業に勤しむ司書さんの奏でる音を聞きながら、本を読むというのも乙なものである。
役割上、ここには難しい専門書の類が多い。しかし家人らにも開放されてあるせいか、一般向けの娯楽本もあって退屈はしない。メイドたちにはやっぱり恋愛小説が人気のようだ。ドロドロの宮廷モノから学生同士の純愛モノまで置いてある、顔ぶれの幅が地味に広い。
個人的には「ご主人さま」シリーズが面白かった。
頓珍漢なご主人様の行動の一部始終を、こっそりと覗き見るメイドさんのお話。
ヘタレ童貞なご主人様の恋愛模様がコミカルに描かれてある。現在、八冊目まで刊行。
お薦めは三作目の「およしになって! ご主人さま」
艱難辛苦の末に、ようやく意中の女性との初デートにこぎつけたご主人様。なのに、ガッツキ過ぎて……おっと、これ以上はネタバレになるので止めておこう。
兵士たちは脳筋揃いなのかあまり本は読まない。たまに不釣り合いな美術書を借りていく者もいるらしいが、たぶん目当ては中身の美人画とかヌード画だろう、阿呆どもめ。
《おや? いつの間にやらペンの音が聞こえない》
本から視線を上げて周囲を確認する。
するとコチラをじっと見つめる司書さんと目が合った。
確かこの図書室で一番えらい室長さん。眼鏡姿も凛々しい女性である。
しばし互いに見つめ合う。とはいってもスーラには目がないので、格好的には彼女が一方的にオレに熱い視線を送っている形になるが。
じきに飽きたのか室長さんは再び仕事に戻る。
オレは読み終えた本を棚に戻すために席を立った。
本を戻し終え、次の本を物色していると、乱れている棚を発見。
司書さんは忙しそうだし、ちょっと手伝うことにするおっさん。
スーラボディを駆使すれば、こんな作業は朝飯前。
実際に今は朝飯前だけどねー、ププププッ。などとくだらない冗談を垂れながら、ちゃっちゃとお片付け。一度に六本の触手を伸ばして、一気に仕上げる。
秘技「阿修羅ウィップ」を駆使すればわけもなし。なおこの技の上位版「千手ウィップ」もあるが、本当に千本も触手があるわけではない。
棚の片づけをしているうちに楽しくなってきたオレは、他にも散らかっている棚を見つけては綺麗に並べ直すを繰り返す。特に順番が違っていたりすると気持ちよくないからね。
《おっと? またもやペンの音が消えている》
司書さんの方を見ると、彼女がこちらをガン見していた。
《おっさん、ちょっと調子に乗ってやり過ぎたみたい》
居たたまれなくなったオレは、さっさと棚の整理を終わらせると、図書室から退散することにした。
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