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22 受難のクロア 5
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断罪劇もいよいよ大詰め。
場が重苦しい空気で満ちている。それはこの場を支配する者の怒り。
アンケル・ランドクレーズ。八大公家の領主一族に連なる怪物、かつて魔王と呼ばれた男の怒りだった。
「それで……どうするつもりかな。ジンワルド殿」
アンケルが声を荒げることはない。なのに声が耳の奥にこびりついて居座る。どこまでも淡々と言葉を紡ぐ。それがフリント・ジンワルドには堪らなく恐ろしかった。いっそのこと激情をぶつけられたほうがマシだと思えるほどに。
「もちろん。愚息は即刻廃嫡します」
「それで?」
「貴族籍を抹消、平民に落とし一族から追放します」
「ほぅ」
「そ、それから……それから伝手を頼みまして」
「伝手を頼んで?」
「第三国の奴隷商に売却し奴隷とします。もちろんその際に得た利益は、お嬢様への賠償の一部に充てさせていただきます」
「ふむ……」
思いつく限りの謝罪の方法を述べるフリント・ジンワルド。しかし魔王はまだ頷かない。なんとか彼の納得する解決案はないかと、必死に知恵を絞るフリント・ジンワルド。そしてどうにか絞りだした言葉が「去勢」であった。
「売り飛ばす前に愚息を去勢します。残したところでロクなことはしませんから。バッサリとやってしまいます」
男として、それも色男として鳴らした男にとって、これほど屈辱的な罰はないだろう。フリント・ジンワルドの捻りだしたこの案を受けて、ようやく魔王が首を縦に動かす。途端に気が抜けたのか、恥も外聞もなくフリント・ジンワルドはへたり込んでしまった。
去勢という言葉に反応したデュルレ・ジンワルドが激しく抵抗する。両手両足を縛られ猿ぐつわを噛まされ転がされている床の上でモガモガと暴れる。あんまりにもうるさいので、アンケルの隣にじっと控えていた執事長のクリプトがツカツカと近寄り、鳩尾あたりをひと蹴りして黙らせた。
ルテニウム家当主モース・ルテニウムが黙って席を立つ。
彼はアンケルに一礼すると、そのまま自分の娘の所まで歩いていく。
歩調は規則正しく緊迫した室内に靴音がよく響く。
椅子に縛られ猿ぐつわを噛まされモガモガしている自分の娘を黙って見下ろすモース・ルテニウム。しばらくジッと娘の顔を眺めていたモース・ルテニウムが、おもむろに拳を振るった。平手ではない、固く握られた拳である。
ガッ! 拳が当たる鈍い音。
椅子ごとキャロル嬢が床に派手にひっくり返る。衝撃で気を失ったキャロル嬢の口からは血が溢れ、鼻はへんな方に曲がっていた。
父から娘に対する突然の凶行。
アンケルもさすがにこれには驚いた。クリプトも思わず倒れたキャロル嬢に駆け寄ろうとするも、それはモース・ルテニウムに制止される。
「申し訳ありませんでした。長年の大恩ある御家に対し、娘がしたことはとても許されることではありません。つきましては当家次女キャロルは廃嫡のうえ、僻地の修道院に置きます。また娘の甘言にのせられ推薦状を書いた妻は、領地に戻し終生蟄居とします。それからこれまで斡旋して頂いていた取引のすべての権利をお返しします」
一息に言い切ったモース・ルテニウムは腰を九十度に曲げ、深々とアンケル・ランドクレーズに頭を下げた。
「貴公の謝罪、しかと受け入れた。ただし奥方の蟄居はいらぬ。せいぜい領地に戻すぐらいで勘弁してやれ。それからルテニウム家との取引は今後とも継続する」
「しかし、それでは……」
「よい。あんなモノを見せられては、ワシの怒りもどこぞへ吹っ飛んでしまったわ」
アンケルの恩情を受けて、再び深々と頭を下げるモース・ルテニウム。
これで主犯のデュルレと共犯のキャロル嬢の始末はついた。
残るはただ一人、ある意味もっとも残酷で卑劣な実行犯である講師の男のみ。
ただ、どうしてかはわからないが、すでに虫の息ではあるが。
「さて、それでは何か申し開きはあるか」
「ない……それよりもどうして、ソレがここにあるんだ」
「さて、ワシは知らんよ。どこぞの親切な奴が、お節介を焼いてくれたのだろうよ」
「くそっ! 巧くいっていると思っていたのに」
弱々しく悪態をつく講師の男。
それを対する返事だとばかりに、大袈裟に首を横に振って見せるアンケル。
「やれやれ。お主はちっともわかっておらんな」
「何をだ」
「ワシはそれなりにお主には期待しておったのよ。少なくとも学生時代に頑張っていたのは間違いないであろう。あの頃のお主は、みなに認められようと必死だったであろう」
「それは……でも、誰も俺を……」
「いささか歪んだ人格と動機とはいえ、積み上げた努力は本物だろうに。それを裏切ってしまった。お主は結局、自分自身を信じ切れなかったのだよ。お主は一番手放してはいけないものを、自らの手で捨ててしまったのだ」
「裏切った……? 自分……を。そんな馬鹿なっ!」
「そんなお主にピッタリの罰を用意してある。それはな……」
講師の男……いや、もう講師ではなくなった男に下された罰。それは「学位及び学歴の剥奪」というモノ。これまでに発表した論文も提出したレポートも、学院での輝かしい成績も、在籍していたという履歴さえも完全に抹消される。
これをそれだけの事と捉えるか、あんまりな事と捉えるか。
男は後者だった。男にとっては自己を守る拠り所、それが根こそぎ奪われる。
「ああああああああああああああ!!!」
絶叫する男。ようやく自分がしたことの罪深さを理解するも、すでに遅い。
男に冷めた目を向けるアンケル・ランドクレーズ。
執事長のクリプトの指示により、壊れたように泣き喚く男は、二人の黒服たちに引きずられて部屋を出ていった。
こうして断罪劇の幕は閉じる。
観客の拍手はない。それも当然であろう。
なにせラストシーンが演者の叫び声という、最低の舞台であったのだから。
場が重苦しい空気で満ちている。それはこの場を支配する者の怒り。
アンケル・ランドクレーズ。八大公家の領主一族に連なる怪物、かつて魔王と呼ばれた男の怒りだった。
「それで……どうするつもりかな。ジンワルド殿」
アンケルが声を荒げることはない。なのに声が耳の奥にこびりついて居座る。どこまでも淡々と言葉を紡ぐ。それがフリント・ジンワルドには堪らなく恐ろしかった。いっそのこと激情をぶつけられたほうがマシだと思えるほどに。
「もちろん。愚息は即刻廃嫡します」
「それで?」
「貴族籍を抹消、平民に落とし一族から追放します」
「ほぅ」
「そ、それから……それから伝手を頼みまして」
「伝手を頼んで?」
「第三国の奴隷商に売却し奴隷とします。もちろんその際に得た利益は、お嬢様への賠償の一部に充てさせていただきます」
「ふむ……」
思いつく限りの謝罪の方法を述べるフリント・ジンワルド。しかし魔王はまだ頷かない。なんとか彼の納得する解決案はないかと、必死に知恵を絞るフリント・ジンワルド。そしてどうにか絞りだした言葉が「去勢」であった。
「売り飛ばす前に愚息を去勢します。残したところでロクなことはしませんから。バッサリとやってしまいます」
男として、それも色男として鳴らした男にとって、これほど屈辱的な罰はないだろう。フリント・ジンワルドの捻りだしたこの案を受けて、ようやく魔王が首を縦に動かす。途端に気が抜けたのか、恥も外聞もなくフリント・ジンワルドはへたり込んでしまった。
去勢という言葉に反応したデュルレ・ジンワルドが激しく抵抗する。両手両足を縛られ猿ぐつわを噛まされ転がされている床の上でモガモガと暴れる。あんまりにもうるさいので、アンケルの隣にじっと控えていた執事長のクリプトがツカツカと近寄り、鳩尾あたりをひと蹴りして黙らせた。
ルテニウム家当主モース・ルテニウムが黙って席を立つ。
彼はアンケルに一礼すると、そのまま自分の娘の所まで歩いていく。
歩調は規則正しく緊迫した室内に靴音がよく響く。
椅子に縛られ猿ぐつわを噛まされモガモガしている自分の娘を黙って見下ろすモース・ルテニウム。しばらくジッと娘の顔を眺めていたモース・ルテニウムが、おもむろに拳を振るった。平手ではない、固く握られた拳である。
ガッ! 拳が当たる鈍い音。
椅子ごとキャロル嬢が床に派手にひっくり返る。衝撃で気を失ったキャロル嬢の口からは血が溢れ、鼻はへんな方に曲がっていた。
父から娘に対する突然の凶行。
アンケルもさすがにこれには驚いた。クリプトも思わず倒れたキャロル嬢に駆け寄ろうとするも、それはモース・ルテニウムに制止される。
「申し訳ありませんでした。長年の大恩ある御家に対し、娘がしたことはとても許されることではありません。つきましては当家次女キャロルは廃嫡のうえ、僻地の修道院に置きます。また娘の甘言にのせられ推薦状を書いた妻は、領地に戻し終生蟄居とします。それからこれまで斡旋して頂いていた取引のすべての権利をお返しします」
一息に言い切ったモース・ルテニウムは腰を九十度に曲げ、深々とアンケル・ランドクレーズに頭を下げた。
「貴公の謝罪、しかと受け入れた。ただし奥方の蟄居はいらぬ。せいぜい領地に戻すぐらいで勘弁してやれ。それからルテニウム家との取引は今後とも継続する」
「しかし、それでは……」
「よい。あんなモノを見せられては、ワシの怒りもどこぞへ吹っ飛んでしまったわ」
アンケルの恩情を受けて、再び深々と頭を下げるモース・ルテニウム。
これで主犯のデュルレと共犯のキャロル嬢の始末はついた。
残るはただ一人、ある意味もっとも残酷で卑劣な実行犯である講師の男のみ。
ただ、どうしてかはわからないが、すでに虫の息ではあるが。
「さて、それでは何か申し開きはあるか」
「ない……それよりもどうして、ソレがここにあるんだ」
「さて、ワシは知らんよ。どこぞの親切な奴が、お節介を焼いてくれたのだろうよ」
「くそっ! 巧くいっていると思っていたのに」
弱々しく悪態をつく講師の男。
それを対する返事だとばかりに、大袈裟に首を横に振って見せるアンケル。
「やれやれ。お主はちっともわかっておらんな」
「何をだ」
「ワシはそれなりにお主には期待しておったのよ。少なくとも学生時代に頑張っていたのは間違いないであろう。あの頃のお主は、みなに認められようと必死だったであろう」
「それは……でも、誰も俺を……」
「いささか歪んだ人格と動機とはいえ、積み上げた努力は本物だろうに。それを裏切ってしまった。お主は結局、自分自身を信じ切れなかったのだよ。お主は一番手放してはいけないものを、自らの手で捨ててしまったのだ」
「裏切った……? 自分……を。そんな馬鹿なっ!」
「そんなお主にピッタリの罰を用意してある。それはな……」
講師の男……いや、もう講師ではなくなった男に下された罰。それは「学位及び学歴の剥奪」というモノ。これまでに発表した論文も提出したレポートも、学院での輝かしい成績も、在籍していたという履歴さえも完全に抹消される。
これをそれだけの事と捉えるか、あんまりな事と捉えるか。
男は後者だった。男にとっては自己を守る拠り所、それが根こそぎ奪われる。
「ああああああああああああああ!!!」
絶叫する男。ようやく自分がしたことの罪深さを理解するも、すでに遅い。
男に冷めた目を向けるアンケル・ランドクレーズ。
執事長のクリプトの指示により、壊れたように泣き喚く男は、二人の黒服たちに引きずられて部屋を出ていった。
こうして断罪劇の幕は閉じる。
観客の拍手はない。それも当然であろう。
なにせラストシーンが演者の叫び声という、最低の舞台であったのだから。
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