青のスーラ

月芝

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21 受難のクロア 4

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「ようこそ。急な呼び出しで悪かったな」

 全然悪そうな顔をしないで、目の前の人々に話しかけるアンケル。

 彼の前に居並ぶのは五名の人物。
 一人目はアンケルの遠縁にあたる青年のデュルレ・ジンワルド。
 デュルレは下着一枚の姿で両手両足を縛られ、猿ぐつわを噛まされた状態で冷たい床に転がされている。
 二人目は転がる青年の父親であるジンワルド家当主フリント・ジンワルド。彼は呼び出された理由がわからずに青い顔をして、用意された席に縮こまっている。
 三人目は孫娘であるクロアの講師の男。
 男は憔悴し切っており、そのズボンが濡れて異臭を放っているが、みな顔を顰めるのみで無視している。
 四人目はアンケルの家と商売上の付き合いのある、ルテニウム家の次女キャロル嬢。
 彼女のドレスの胸元や裾は乱れており、娼婦と見紛う姿。こちらもキーキーとうるさいので猿ぐつわを噛まされて椅子に縛られている。
 五人目はそんな彼女の父親であるルテニウム家当主モース・ルテニウム。彼は娘に苦々しい視線を向けるのみで、黙って着席していた。

「さて、それではまず何から話そうか……」

 混迷している場の空気にはかまわず、アンケルは静かだがよく通る声にて語りはじめる。



 あるところにデュルレ・ジンワルドという貴族の青年がいました。
 彼は次男で家は継げません。だからがんばって自分で身を立てるしかないのです。ですが残念なことに、彼は見た目以外はさっぱりでした。そこで彼は遠縁の老人を利用することを思いつきます。
 老人はお金を持っており、好都合なことに身内は小さな孫娘の一人きり。
 好青年を演じて老人に取り入り、孫娘を誑かし、ゆくゆくは婿養子なんかに納まれば労せずして欲しいモノが手に入ります。そこでデュルレ・ジンワルドは老人の家に厚顔無恥にも出入りし始めました。ですがちっとも上手くいきません。老人には軽くあしらわれ、家人らには鼻で笑われ、孫娘には無視される。
 どうにも自分の計画通りにいかないと焦るデュルレ・ジンワルド。
 そんな時です。孫娘の為に講師が集められることを耳にします。もしも講師に雇われたらぐっと孫娘との距離が縮まります。家の中にだって深く入り込めます。しめしめと彼は講師に立候補しますが、速攻で弾かれました。なにせ彼は見た目以外がさっぱりですから。ですがさっぱりな彼は諦めません。その諦めの悪さを他の事に向ければいいのに……。
 デュルレ・ジンワルドは閃きます。自分が駄目ならば、自分の息のかかった人物を送り込めばいいのではないか、と。
 頭が良くて自分に都合がいい人物。
 そんな都合のいい人物なんて、そうそういるわけが……いました!
 ちょうどおあつらえ向きの男が一人。
 デュルレ・ジンワルドの学生時代の同級生で勉強は優秀だけれども、妙に我が強いところがあって、融通が利かず周囲に反発ばかりして孤立していた男。
 
「自分は悪くない。悪いのは俺を認めないお前たちだ」

 そんな台詞を臆面もなく吐ける男。クラスメイトだったという以外に接点がないデュルレ・ジンワルドでしたが、男は自分の計画には適任です。そこで男の現状を調べてみると案の定、周囲と軋轢を起こし上手くいっていない近況が知れます。男は学生時代よりも諸々を拗らせており、すっかり世に擦れていました。提示された報酬目当てにデュルレ・ジンワルドの誘いに乗ってしまいます。
 デュルレ・ジンワルドの計画はこうです。
 男が講師として孫娘に近づき、彼女を追い詰めます。暴力なんて野蛮なことはしません。小さな女の子の心を攻めるのです。言葉巧みに「自分は駄目だ」「自分に存在価値はない」「自分は誰からも愛されていない」「自分は誰からも必要とされていない」そんなことを延々と吹き込みます。心無い言葉を浴びせられてボロボロになっていく孫娘。
 そこでデュルレ・ジンワルドの出番です。すっかり参っているところに、優しく接してコロがしてしまうという企み。孫娘の心さえガッチリ掴んでしまえば、後はこっちのもの。孫娘さえ捕まえてしまえば、老人なんてどうとでもなります。なにせ老人は孫娘がとってもとっても大切ですから。
 デュルレ・ジンワルドのこの計画に男も賛同します、でも一つ問題が。
 それはどうやって男を孫娘の講師陣の中に紛れ込ませるのかということ。
 講師の働き口は広く外部に求められているので、素直に応募するという手もありますが、そこは貴族社会のこと、少しばかり押しが弱い。やはり推薦状の一枚でも欲しい。有力者の推薦状があれば、強力なコネになり確実性が高まります。かといって蛇蝎のごとく嫌われている自分では駄目ですし、自分の生家も同じでしょう。そこで第三者の協力が必要になりますが、これまたおあつらえ向きの人物がデュルレ・ジンワルドのすぐそばに!
 ここにきてキャロル・ルテニウム嬢の登場です。
 ルテニウム家の次女の彼女はデュルレ・ジンワルドの情婦です。甘いマスクにコロリと騙され、親の目を盗んでは屋敷を抜け出して密会を重ねているアバズレです。知らぬは親ばかりなり。
 寝物語にデュルレ・ジンワルドから頼まれて、深く意味を考えることもなく引き受けるキャロル嬢。キャロル嬢は自分に甘い母親にお願いをして、情夫のためにルテニウム家名義の推薦状を書いてもらいます。
 ルテニウム家は老人の家と商売上の付き合いが古く、推薦状の名義としては申し分ありません。もちろんデュルレ・ジンワルドもそれを狙ってのことでした。
 よもや古くからの知己からの推薦状に、このようなカラクリがあろうとは、夢にも思わない老人は不覚にも講師として男を雇い入れてしまいます。
 デュルレ・ジンワルドは天に感謝しました。
 だってこんなにも都合よく事が運んだのですから。自分で企んでおいてなんですが、神の思し召しとしか思えません。自分に天下を取れと……、もちろん盛大なる勘違いですが。
 着々と計画は進行中。小まめに連絡を取り合い、情報を共有し計画に齟齬がないように注意を払う。待っている時間はもどかしかったが、後に待つ栄光を想えばそれすらも楽しい。
 そろそろ次の段階に移ってはどうか、という男からの連絡も来た。
 デュルレ・ジンワルドは笑いが止まりません。世の中のすべてが自分の思い通りに動いているような錯覚に陥ります。すっかり気が大きくなったデュルレ・ジンワルドは、夜ごとにあちこちで盛大に飲み歩いては「ツケておけ、オレはじきに金持ちになるから、後でまとめて色をつけて払ってやるよ」と大言を吐きます。みなそんな彼の言葉なんて微塵も信じてはいませんが最悪、彼の生家であるジンワルド家に請求すればいいやと、適当に煽てて、せいぜいお金を毟ることにしました。

 あぁ、しかし天は善良なる老人と孫娘をお見捨てになりませんでした。
 思わぬ形で奸計が露見してしまうのです。



「その思わぬ形というのがコレだ」

 馬鹿にでも分かるようにと、丁寧かつ物語風に長々と語り終えたアンケルは、一同の前に件の手紙の束を無造作に投げ捨てる。それを手にとり、ざっと目を通しては血の気がみるみる失せていくジンワルド家当主フリント・ジンワルド。額から脂汗が滝のように吹き出している。
 ルテニウム家当主モース・ルテニウムは手紙を持つ手を震わせながら、食い入るように文面に視線を走らせる。文字を追うほどに表情が厳しくなっていく。
 両家の当主たちはとっくに理解しているのだ。自分たちの身内が仕出かしてしまった事の重大さを、手を出してはいけない相手に手を出してしまったということを。

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