青のスーラ

月芝

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20 受難のクロア 3

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 早朝から屋敷内が騒々しい。
 気配を探ると何人もの人が頻繁に行き来している。
 クロアはそんな屋敷の様子に気づくことなく、いつもの時間に目を覚ます。
 眠そうな目をこする彼女の起床に合わせて、部屋付のメイドさんが姿を現し、甲斐甲斐しく世話を焼く。
 ここまでは普段通りであったが、この後が少し違った。
 いつもは一緒に朝食の席につくクロアとアンケル爺だが、今朝は爺の指示によりクロアは自室にて、メイド長のエメラさんに付き添われての一人飯、一応オレもいるけど。

 騒動の原因はわかっている。種を撒いたのはオレだ。

 昨晩、クロアを虐めるクソ講師の部屋から拝借した手紙の束を、そのまま事務室にある執事長のクリプトさんの机の上に投げ込んでおいてやった。本当は爺の執務室に直接投げ込んでやろうかとも考えたが、屋敷において爺の部屋はとっても重要な場所、そこにホイホイ外部からモノが投げ込まれるなんてことは、防犯上あってはならない。
 いささか乱暴な手段ではあるが、なにせ時間がない。次のクソ講師の授業までに片をつけないとクロアがまた傷つく、それだけは絶対に避けなければならない。
 スーラという居候の身の上で、なんとか周囲に正体がバレないように、情報を流す方法も考えたが、妙案は浮かばなかった。なんか色々考えているうちに面倒くさくなった。どう繕ったところで無理がある。そもそも前世、唯のおっさんのオレに緻密な計画を練って、敵を追い詰めるなんて高等な芸当が出来るわけもない。それに金髪幼女が辛い想いをしているのに、おっさんのオレが自己保身に走ってどうするよ。格好悪いにもほどがあるだろうが。だから諸々の過程はすっとばして結果だけを求めよう。
 一番大切なのは何だ? クロアを救うことだろう。だったら迷うことなんかあるもんか!
 深夜にホバークラフト形態で爆走したテンションのままに、オレは行動した。
 後悔は……ちょっぴりしている。

 クロアに寄り添っているエメラさん。いつもなら朝食の後はお勉強の時間なのだが、本日はそれも急遽取り止め。自室にて許可が下りるまで待機を命じられている。さすがの彼女も屋敷を包む異様な雰囲気に、遅まきながら気がついたらしく緊張した面持ちを見せる。

「大丈夫ですよ、クロア様。何も心配いりません。ほんの少しの辛抱ですから」

 不安そうに見上げてくるクロアの頭を撫でるエメラさん。優しい手つきに気持ちよさそうに、くすぐったそうに目を細めるクロア。そのやり取りで彼女の中の不安や緊張はたちまち霧散してしまった。
 クロアを見つめるエメラさんの瞳には慈愛が満ち満ちている、それこそ溢れださんぐらいに。エメラさんがクロアに微笑みかける。クロアもエメラさんに微笑みかえす。実に心温まる光景である。
 ふふふと愉し気に微笑みあう二人。さっきまでの心配顔も何処へやら、日頃は何かと忙しいメイド長のエメラさんを独占できて、クロアは嬉しそう。
 だがオレは気づいている。いや、知っている。
 女の微笑みの裏には色々と隠されているということを。
 クロアから視線を外し、ふと窓の外を眺めるエメラさん。その時の彼女の表情を目撃して、オレのぷるぷるスーラボディがカチンと固まった。

《エメラさん……滅茶苦茶怒ってる》


一方、その頃のアンケル爺はというと。

 屋敷内の会議室にて、アンケルが黙って鎮座していた。
 アンケルの側らには執事長のクリプトが控えていが、こちらも無言である。
 机の上には何通もの手紙が投げ出されている。
 会議室に出入りする黒服の男たち。クリプト直下の部下である執事隊所属の面々。彼らの手によって続々ともたらされてくる情報。報告を受ける度にアンケルとクリプトから、スルリと表情が抜け落ちていく。それに比例して冷たく重くなっていく室内の空気に、報告のために会議室を訪れた黒服たちは息を呑む。
 何者かの手によって昨晩のうちにもたらされた手紙の束から露見した、許しがたい出来事。手紙の内容の裏付け調査のために、未明から動きだしていた屋敷の人間たち。届けられる調査結果は、どれも黒、黒、黒の真っ黒。
 もはや疑う余地もない。アンケルが静かに命を下す。

「愚か者どもを全員ここに連れてこい。いま直ぐに」

 当主の命を受けて屋敷より飛び出す旗下の者ども。
 黒服とメイドの混成部隊が、いくつかの集団に分かれて疾風の如く駆けていく。
 みな怒っていた。夜明け前に叩き起こされたことを、朝の忙しいときに余計な仕事が増えたことを、何よりも自分達の愛すべきお嬢様に、害がなされたことに激怒していた。
 領内を憤怒の形相にて、もの凄い速さにて走り抜ける一団。
 運悪く遭遇した働き者の農民の老人が驚いて腰を抜かす。老人を放置せずに、すかさずフォローにまわるメイドの一人。彼女の迅速かつ的確な対応により、大事にならなかった老人。彼の家にはその日のうちに当主からお詫びの書状と品が届き、老人はまたもや腰を抜かすハメになる。

 アンケルが命を下してから、ほどなくして捕縛に向かった部下から先触れが届く。

「こちら一班、目標捕捉。確保の際にトイレに立てこもり抵抗を見せるも、扉を蹴破り制圧。拘束して現在こちらに輸送中です」
「こちら二班、宿の一室にて目標捕捉。オマケあり。ついでに連行します」
「こちら三班、目標自宅に不在。探索を続けますか」
「こちら四班、目標に接触するも現場が混乱。面倒なので昏倒の後に輸送します」
「こちら五班、目標に接触。協力的で直ぐにこちらに向かうとのことです」

「了解した。三班の探索は不要、戻ってこい。一、二、四班は迅速に物を運搬。五班は丁重にお供してこい」

 先触れに対し執事長のクリプトが追加の指示を飛ばした。
 アンケルは椅子の背もたれに身を預けたまま、ずっと瞼を閉じている。先触れの報告の際にも彼の瞼は固く閉じられたまま、だが寝ているわけではない。
 クリプトは知っている。己の主人がこのような状態であることの意味を。それは濁流によって決壊寸前の堤、あるいはマグマが噴き出す直前の火口、虫の居所の悪いドラゴン、ようは触れるな危険の状態なのだ。

 これから始まるのは断罪劇。
 演者は五人。おそらく無事に舞台を降りられる者は誰もいない。

 一時間ほどして五人の人物がこの場に揃った。
 そして舞台の幕が開ける。


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