青のスーラ

月芝

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17 幼女と青いスーラ

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「ただいまもどりました。おとうさま、おかあさま」

 幼子が肖像画に向かって挨拶をする。その意味、その理由は否が応でもわかる。
 この絵の人物、クロアの両親は亡くなっているのだ。
 じっと絵を見つめる青い瞳。そこに込められた想いは思慕か、憧憬か。
 盗み見た横顔から彼女の本心を知ることは適わない。

 オレは静かにクロアが両親に挨拶を済ませるのを待った。



 クロアの自室は……なんていうか、もう、そこかしこがヒラヒラだった。
 ベッドもヒラヒラ、天蓋もヒラヒラ、カーテンもヒラヒラ、テーブルもソファーも鏡台も縁がヒラヒラ。部屋全体が白やピンクのヒラヒラに占領されている。そういえば初めて出会ったときの彼女の寝間着もピンクのヒラヒラだった。普段着にもヒラヒラが多いなとは思っていた。
 絵に書いたような少女趣味な部屋にオレはゲンナリする。おっさんの感性からすると辛い空間である、尻の辺りがムズムズする、居心地が悪いことこの上ない。とはいえ可愛らしい金髪幼女のクロアには部屋の雰囲気が、とても似合っていることは認めざるを得ないところが悩ましい。
 オレのそんな小さな苦悩を知らないクロアは、部屋付のメイドさんの手を借りて旅装を解いて普段着にお着替え中。

「お嬢様、お召し物はどれにしましょうか。こちらの水色の品なんてどうですか」

 いくつか用意された着替えの中から、メイドさんが勧めたのは水色を基調にしたドレス。袖口や裾に白いレースのヒラヒラが付いており実に優雅。なんだかオホホホと高笑いが聞こえてきそうなデザインだ。

「それはすきじゃない。そっちのキイロがいい。うん。そのヒラヒラがないやつ。アレめんどくさい」

《ヒラヒラ面倒くさいって言った!!》

 金髪幼女の発言にオレ、びっくり。
 どうやら誤解があったようだ。この部屋は彼女の趣味じゃない。むしろ彼女はこんなゴテゴテしたものは好まない。なにせクロアが選んだのは飾り気のないシンプルなワンピースタイプのドレス、淡い黄色の生地で目にも優しくて動きやすそう。
 改めて思い返してみればクロアは馬車での旅での休憩時間中、わりと活発に動いては周囲の大人たちが気を揉んでいた。
 お人形のごとき愛らしさを誇るお嬢様。アンケル爺をはじめとする周囲の大人達は、彼女にヒラヒラを着せて蝶よ花よと愛でたい。当のお嬢様は実はとっても闊達な気質。まるで反する両者の主張、普通ならば揉めそうなのだが、そこは幼子が空気を読んで我慢しているという……なんというか色々とがっかりなことである。

 ほら、そこのメイドさん。お嬢様の選択にちょっと残念そうな顔をしない。


 なんだかんだでオレの寝床はクロアの部屋になった。
 大人たちは飼育小屋なり、別に部屋を設けるつもりだったようだが、クロアが頑なにこれを拒否。普段は聞き分けのいい彼女にしては珍しい我儘に、大人たちが速攻で折れた。金髪幼女の上目づかいのウルウルお願い攻撃を前にして、抗える豪の者は誰もいなかった。
 自分の願いが叶えられて嬉しいとはしゃぐクロア。
 オレを抱きしめながら「これからはずっといっしょだよ」と言ったときの、アンケル爺の顔が忘れられない。側にいたクリプトさんとエメラさんもギョッとして、思わず一歩身を引いていた。アレは本当に怖かった。


 オレの屋敷での仕事はクロアのお供。
 クロアの朝はお子様としてはわりと早い。朝食をアンケル爺と一緒にとるためだ。
 一線を退いたといってもアンケル爺は忙しい。
 特務大臣を辞してからは地元に戻り、表向きは担当している地区の管理、裏では色々と現当主の相談にのっているらしい。現役時代に爺が手掛けた継続案件も多く、その関係者らも助言を求めてちょくちょく屋敷を訪れる。自分が手掛けている商売もいくつかあるらしく、そちらの仕事も少なくない。だからといって孫娘と同じ屋敷に住みながら顔を会わせられないなんて、とても耐えられないと爺の要望により朝食は一緒になっている。眠い目を擦りながら、パンをもぐもぐしているクロアが不憫である。
 午前中は講師によるお勉強やマナーの授業。
 昼食は家人らと一緒に食堂で食べる。
 高位の家では考えられないことだが、この家では当主がコレを許可している。幼い女の子が広い部屋で一人で食事なんて、あんまりにも寂しすぎる。幼くして両親を亡くした孫に対する爺なりの配慮だが、家人らとの和気藹々とした食卓をクロアも喜んでいる。
 昼食後はお昼寝。その後は夕方まで自由時間、クロアは晴れの日には、たいてい外を元気に走り回り、雨の日には屋敷の中を元気に走り回っている。オレはそんな彼女の後ろをちょこまかとついて回っている。
 遊び回って汗をかいたらお風呂、そして夕食は日によってまちまち。
 爺に時間があれば一緒に二人で食べているし、時間がないときは家人らと食べる。ただし夕食の席ではマナー教育も実施されており、昼食時とは違って静々と食べされられている。
 風呂も入り晩飯も食えば、あとは部屋に戻って眠るだけ、こうしてクロアの一日は終わる。
たまに夜中にこっそりと孫の寝顔を覗きにくる、アンケル爺のにやけ顔が、ちょっと気持ち悪い。

 こんな感じでオレとクロアの日常は過ぎていく。
 遊びでも勉強でも彼女は何事にも全力投球だ。上手に出来れば笑顔で喜び、出来なければ本気で悔しがって、出来るまで何度も挑戦する。三歳児とは思えない根性におっさんは胸が熱くなる。ころころと変わる豊かな表情におっさんは癒される。そんなクロアなのに彼女の明るい表情が翳る時がある。

 それはアイツがいる時だ。
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