青のスーラ

月芝

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16 領都ホルンフェリス

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 爺ことアンケル・ランドクレーズ率いる一行が目的地に到着したのは、オレが馬車に同乗するようになってから十一日目のことだった。大きな馬車と警護の隊を引き連れて、休憩を交えての行程だったので一行に貴人がいなければ、たぶん八日ぐらいで済んだんじゃなかろうか。
 ちょろちょろとモンスターと遭遇するも戦闘にまで発展したのは、わずかに二度だけ。それも騎士と兵士たちに、あっさりと返り討ちにあって夕食の席の主品になっていた。

 城塞都市キャラトスよりも高く厚い城壁、デカい門、多い人の列、それを尻目にオレたちの馬車は貴族専用の出入り口へ向かう。先導している騎士が二言三言、専用門の衛兵と言葉を交わしただけで、馬車は一切制止されることもなく壁を越えた。

 領都ホルンフェリス。
 八大公家の一家、ランドクレーズ家が有する広大な土地のほぼ中央に位置する都市。ランドクレーズ家は代々商業に力を入れており、当主は商人の自主性を尊重し、こと商取引に関しては公明正大であることで知られている。真っ当な商いで身を立てたいのならばホルンフェリスを目指せ、と云われるほど。長年の信頼と実績が結実したことにより、ここは国内外から人と金と物と情報が集まる、広域物流網の中心として栄えている。
 ちなみにアンケル爺は前当主の二番目の弟で、分家筋にあたるんだとか。

 アンケル爺は若い頃より文官執政官として内政に尽力。領内のインフラ整備を敢行したことにより、ランドクレーズ領は飛躍的発展を遂げる。その手腕を買われて王都中央に招聘、堅実な仕事ぶりにて王の信任を得てからは特命大臣に就任。これは当時いささか傾いていた王国内の諸々を解決するために設置された職務で、彼は就任直後から数々の行政税務組織改革を断行する。激しい抵抗を見せる既得権益に群がる亡者どもを、千切っては投げ千切って投げの快刀乱麻の大活躍。
 八大公家以下、主要子家が勢揃いする王国御前会議の席にて、敵勢力から差し向けられた四十八人もの刺客をたった一人にて完膚無きまでに論破、見事に返り討ちにしたエピソードはあまりにも有名。邪魔をする者はたとえ王族関係者だろうと容赦なし、その鬼気迫る仕事っぷりに敵味方から「魔王」と渾名され恐れられた。
 彼の働きによって、すっかりスッキリとなった王国、彼を大臣に任命した王様も鼻高々で大満足。感謝した王様が褒美として何を望むかと彼に訊ねたら「二度とつまらないことでオレの手を煩わせるな」と答え、その場に居合わせた全員を絶句させたという。

《なんたる剛毅! アンケル爺!》

 オレが想像していたよりも、爺はずっと大物だった。
 おっさんは即決にて長いモノに巻かれることにした。
 なおこれらの情報はすべてメイドであるエメラさんから教えて貰った。
 日頃の行動からか、アンケル爺共々、オレの知能の高さを疑っているらしく、彼女はあの夜以来、なにかと一方的に語りかけてくるようになった。オレとしても情報が手に入るのは素直にありがたいが、うっかりバレて実験室送りとか、高価買取とかにはなりたくないので、なるべく自重しようと心がけている。

 領都内は交通網もきちんと整備されており、馬車用の車線もあって移動が滞ることはない。それでも最終目的地となるアンケル爺の屋敷に到着するまでに、壁を越えてから更に半日近くを要した。領都の規模の桁違いぶりに、オレの開いた口が塞がらない。

 アンケル爺の屋敷は領都の中心から離れた閑静な場所にあった。
周囲は林と畑に囲まれており、絶えず賑わっている中心部とは対照的に人影もまばら、ぶっちゃけ同じ領都内とは思えない。

 一行が近づくと鉄門が勝手に開く、魔道具による制御らしい。後ろ手に門がカシャンと閉じる音を残し、馬車は進む。整えられた並木道を抜け、ようやく屋敷が顔を見せた。
 それを見てオレが抱いた感想は、ズバリ「田舎の小学校」である。しかもコンクリートの塊じゃない、木の温もりを感じる古いタイプだ。
 散策ついでにいくつもの貴族の屋敷を拝見してきたが、そのほとんどが石造りで白を基調とした洋風の豪奢な建物ばかりだったので、コレには正直たまげた。

 玄関に横づけされた馬車の扉が開くと、オレたちをズラッと並んだ執事とメイドら家人たちがお出迎え。

「お帰りなさいませ。アンケル様、クロア様」

 馬車から降りたオレたちに真っ先に声をかけてきたのは、黒の執事服が決まっている伊達紳士。落ち着いた声音も渋い。彼の名前はクリプト、この屋敷に仕える人事を統括している執事長にしてアンケル爺の盟友、懐刀のひと振り。頭の上にぴょこんと立った耳と固そうな毛並みの尻尾を持つ狼系ハーフの獣人である。
 なお出迎えた一同が全員、オレの姿を見て一瞬不思議そうな顔をしていたが、誰も何も言わなかった。よく出来た家人らである。

 護衛についていた騎士と兵士らとはここでお別れ。オレたちの身柄をクリプトさんら家人に引き継ぐと、屋敷の脇の方へ消えていった。たぶん馬房とか兵舎がそっちにあるのだろう。

 挨拶もそこそこに立ち話にてクリプトさんから留守中の屋敷の様子などの報告を受けるアンケル爺。そんな姿に二人がただの主従関係を超えた信頼関係にあることが容易に察っせられる。エメラさんもメイドたちと挨拶を交わしつつ報告を受けている。これによりエメラさんは報告を受ける立場、この屋敷のメイド長である事実も発覚した。ちなみに彼女はハーフエルフであるとのこと。年齢は秘密、人間寄りの容姿をしているので本人に言われるまでわからなかったよ。
 主人らと出迎えの家人らで、ちょっとした賑わいを見せる屋敷の表玄関。クロアもにこやかに周囲に応えていた。
 ようやく賑やかな挨拶も終わり、アンケル爺は執事長のクリプトさんを伴い執務室へ、メイド長のエメラさんは旅を荷ほどきに、クロアは自室へとスタスタ一人向かう。貴族のご令嬢ならば常にメイドか従者を侍らしておいてもよさそうなものだが、少なくとも屋敷内でのクロアはそうではないらしい。いささか不用心な気もするが、どうやら屋敷の内外はオレが想像しているよりも、ずっと警備体制がしっかりと成されているようだ。ザッと周囲の気配を探りオレは納得する。

 勝手知ったる屋敷の中をクロアはズンズンと進む。オレはひょこひょことクロアの後をついて行く。板張りの廊下がところどころ微かに音を立てる。

《これは、わざとかな?》

 庭の玉砂利、廊下の板、玄関や部屋の扉、防犯対策であえて音が鳴るように造ることもあるというから、計算の上なのであろう。

 クロアの足がようやく止まる。
 そこは自分の部屋の扉の前ではなかった。
 長い廊下の行き止まりに位置する場所、壁には一枚の絵が飾られてある。
 若い男女が並んで立つ肖像画。
 男性は片眼鏡をかけており理知的、青い瞳がどこか氷を連想させ、見る者に鋭利な刃物のような印象を与える。そんな男性の腕に自分の腕を絡ませているのは、腰まで伸びた柔らかそうな金色の髪が緩やかな波を描き、表情も穏やか、今にもコロコロと笑い出しそう色白の綺麗な女性。
 まるで対照的な二人、オレならこの絵にタイトルをつけるとしたら「月と太陽」か。
 そんな肖像画の前に立ち止まるクロア。
 しばらく、じっと絵を見つめていた彼女が発した言葉は、「ただいまもどりました。おとうさま、おかあさま」だった。

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