青のスーラ

月芝

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 オレが金髪幼女クロアに捕獲されて、早や五日が過ぎた。
 最初の三日間は馬車の中に完全に缶詰状態だった。
 クロアが放してくれなかったというよりは、スーラという生き物に対する、世間一般の信用のなさに基づく缶詰状態だったことを補足しておく。なにせスーラは神出鬼没、媚びない、懐かない、落ち着かない、気分屋で奔放。いたかと思ったら煙のごとく消えて失せていたり、消えたと思ったらひょこり姿を現したりと、とにかく気まぐれ。過去に数多の挑戦者らを退けてきたのは伊達じゃない謎生物。これではオレがいかに従順な態度を示したところで、警戒されてもしかたがない。

 馬車での旅は、日中は移動、日暮れ前に村か町に到着という行程を繰り返す。
 一度だけ野営もあった。その野営の時のこと。
 野営とはいっても主人格らが外で寝ることはない。就寝時には馬車の中で休む。豪華仕様のこの馬車は、座席を操作することでベッドに早変わり。
 夕食後、お子様なクロアは大人たちよりも先に夢の国へと旅立つ。睡眠を必要としないオレも彼女のお供として抱き枕と化す。体温調節にて適宜な温もりを与えるオレのスーラボディは、感触と相まって極上の抱き心地を幼女に提供している。おかげでクロアは涎を垂らしながら朝までぐっすり。
 そんな俺の耳に車外での会話が聞こえてくる。スーラボディは意識すれば聴覚も高まるので、防音性に優れる車内であっても外部の声が聞き取れるのだ。

「アンケル様、本当にあのスーラを連れて帰るおつもりですか」

 聞えてきた声の主はオレをあっさりと捕まえたあのメイドさん。常に主人である爺かクロアに付き従っており、名をエメラという。スラっとした長身ながら出るところは出ているという美人さん。ちょっとした動作の折に、肩甲骨辺りにまで伸びた銀の髪をかき上げる仕草が実に艶めかしい。

「うむ。出来ればそうしたいと考えておる。なにせクロアが気にいってるからな」

 そう答えたのはこの一団の長である好々爺、名をアンケル・ランドクレーズ。ロマンスグレーの老人。姿勢がやたらといい。中肉中背ながらも存在感が半端ない人、いったい何者なの?

「しかし……」

 なおも懸念を示すエメラさん。スーラという生き物を知っていれば当然の反応である。どれだけ愛情を注いだところで答えない。徒労の果てに虚しい想いをするだけ。その時の幼女が受ける心の傷を、きっと彼女は慮っての懸念なのであろう。優しいメイドさんである。

「エメラの言いたい事もわかる。だがワシはたぶん大丈夫ではと考えておる」
「その根拠をお訊ねしても」
「そうさなぁ。まず、あ奴が常のスーラとはあまりにも違うということが一つ。クロアに黙って付き合っているのが一つ。なにより不自由な生活を強いられているというのに、嫌がっている素振りが見えない。まぁ、これはワシの勝手な思い込みかもしれんがな」
「確かに私もちょっと変だとは思っておりました。まるで意識してお嬢様に寄り添っているのでは? と思えることもありましたし」
「ほう。それは一体どのような……」

 エメラさんがアンケル爺に促されるままに話した内容は、なんてことはない。寝ているクロアの小さな体が転がるたびに、オレが体を動かして、そのフォローをしていただけのこと。おっさんとしてはさり気なく男の優しさを示していたつもりであったのだが、どうやらエメラさんにはバッチリと目撃されていたみたいだ。

 こんな会話がなされた翌日、オレは晴れて馬車の中から外へと出ることを許された。
 逃げ出さないかと警戒したクロアがピッタリと張り付き、ついぞオレの側を離れることはなかったが。
 久しぶりのシャバの空気はたいして旨くない。むしろ生々しくてちょっと青臭く感じる。空調の効いた馬車の中のほうがずっと快適だった。だからオレは早々に自主的に馬車の中へと戻った。
 エメラさんとアンケル爺が、信じられないモノを見たと言わんばかりに、目を見開いてこっちを凝視していたが、その視線には気づいていないふりをする。

 ちゃんと馬車という仮初のホームに帰ったオレを金髪幼女が「いいこ、いいこ」とナデナデした。

《なんだか悪くない気分だ》

 ほんのちょっぴり主人に愛される飼い犬の気持ちがわかった、おっさんなのであった。

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