青のスーラ

月芝

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 この世界にて、基本的にスーラという存在は、周囲から放置されている。
 オレはこれを逆手にとり、現在「ギリギリを攻めること」に挑戦している。
 人間の生活領域において、どこまで踏み入ることが許されるのかということを、見極めるために。

 ある日のこと。
 何度か深夜に潜入したことがある冒険者ギルドに真昼に訪れた。いつものように裏口からコソコソではなく、正面から堂々と。ここは朝のうちは依頼を求める冒険者らで賑わっているが、昼間のこの時間帯は人の流れが途切れ閑古鳥が鳴く。
 オレはほとんど無人となったフロアを散策する。たまに足元をうろつくオレに、胡乱そうな目を向けてくる者もいたが、それだけだった。
 依頼書が貼られてある掲示板を眺める。ざっと目を通すが碌なモノがない。それもそのはず、目ぼしい依頼はすでに朝の段階で受領されてしまっているので、現在残っている依頼は報酬が割に合わないものか、冒険者らから敬遠されているやっかいな案件ぐらいである。
 掲示板の端っこ、特に長い間放置されてすっかり黄ばんだ状態の依頼書が二枚。
 中身は『ドラゴンの鱗を求む』と『マニューラの瞳。綺麗な状態で』だった。
 あのドラゴンにちょっかいを出せとは、無茶ぶりにもほどがある。最悪、逆鱗に触れたら国ごと葬られるというのに、この依頼主は阿呆なのだろうか。

 …………依頼主は、この国の王族だった。

 二番目の側妃で第三王子の母親、なんでも我が子のために鱗で立派な鎧を作ってやりたいとか云々の事情が書かれてある。我が子可愛さにドラゴンと戦って来いとか、親馬鹿度が高すぎる。オレはちょっとこの国の行く末が不安になってきた。
 マニューラの方も難易度が激高だ。
 実際に戦ってみたことがあるからわかる、あのゴリラは強い。
 野趣溢れる外見ながら、丸太のような四肢から繰り出される攻撃はどれも流麗にして一撃昇天レベル、モンスターの破壊力と武術の達人にも匹敵する技を合わせ持つ難敵だ。
 本気で狩るなら最低でも複数のパーティー、もしくは兵隊が必要だろう。個人であのスピードとパワーに対抗するのは大変だ。
 しかも難儀なのがこの依頼書にある『綺麗な状態で』という言葉、アイツって死んだら六つある瞳が即白濁するんだよ。事実上の生け捕り指令だよね、これ。ドラゴン同様に依頼が放置されているのも納得の一枚だ。ちなみに依頼主は錬金術ギルドとなっていた。ドラゴンの場合と違って、こちらは純粋な研究目的みたい。
 錬金術ギルドにも一度だけ忍び込んだことがあるが、すぐに退散した。
 なんというかあそこはヤバイ臭いがぷんぷんしていた、実際に怪しげな臭いも漂っていた、なにより真夜中に変なテンションで奇声を発しながら、ノリノリで大鍋をかき回しているような連中がゴロゴロいた。
「ぜったいに関わっちゃダメ!」という心の声にオレは素直に従い、まわれ右をした。

 古ぼけた依頼書を眺めつつ、あの時のことを思い出していたら、不意にオレの体がひょいと持ち上げられる。何事かと思えば冒険者ギルドの制服を着たお姉さん。

「ほらほらダメですよー。こんなところまで入って来ちゃあ」

 おっとり系の美人さんはオレを抱え上げると、そのままギルドの入り口へと向かう。
 彼女のたぷたぷとオレのぷにぷにの夢の共演、でも愉しい時はあっという間に終わる。
 外へと出た彼女は入り口脇の道端に青いスーラをそっと置くと、「じゃあね」と小さく手を振り職場へ戻っていった。

《うむ。けっこうなお点前》

 オレはお姉さんに感謝を述べ、冒険者ギルドを後にした。

 ……と、まぁ、こんな具合にあちらこちらに顔を出しては、スーラに対するみんなの対応を測っている。
 通りや家の軒先、庭などは問題ない。職人の仕事場とかは、あまりいい顔をされない。子供が遊び場にしている場所は危険。飲食店の類は基本的に門前払い、でもオープンスタイルの酒場ではわりと酔払いに歓迎されていじられる。他の商店は店主により反応がまちまち。下町や中町だけでなく上町から中央の偉い人たちの屋敷なんかにも足を運んでみたが、対応はおおむね同じ、勝手に家の中に入るのは駄目でも、庭ぐらいなら笑って許してくれる。
 そういえば上町を探索しているときにこんな事があった。

 まだ朝靄が残る早朝のこと。
 かなり中央よりのところに建っている、立派な屋敷の裏庭をオレが通りがかると、屋敷の裏口の扉がそっと開く。てっきり雇われているメイドでも顔を出すのかと思われたが、扉から姿を現したのは、ピンクの可愛いらしい寝間着姿の金髪幼女だった。
 整った顔立ちをしており、円らな瞳は青く、短い手足にてちょこまかと動く仕草がこちらの笑みを誘う。そのくせ肌は白磁器のように美しく、どこか艶やかさを帯びており、オレをドキリとさせた。
 将来、美人になること間違いなしの金髪幼女、ただしその行動が見た目にそぐわない。
 扉の隙間からひょっこりと顔を出した幼女は、円らな瞳をせわしなく動かして周囲の様子を伺っていたかと思うと、白い布の塊をえっちらおっちらと引きずって出てきた。
 朝、幼女、大きな白い布、そして不審な行動ときて、オレはすぐにピンときたね。
 朝起きたらシーツに地図が出来ていたっていう、アレだ。
 三歳前後の幼女の年齢を考えれば別におかしな話じゃない。「ごめんなさい」と母親に頭を下げればいいだけだ。だがそこはそれ、幼くてもレディなわけで、乙女の沽券にかかわるというもの。
 彼女の行動を観察するに、幼女は証拠を隠滅してしまうつもりなのだろうが、それはたぶん無理。きっとすぐにバレる、そして怒られる。しかしそれもまた人生、そうして幼女は一つ少女への階段を昇るのだ。
 だからオレは幼女の成長を祈りつつ、このまま見て見ぬフリをして素通りしようと思った、思ったのだが……パキッ……うっかり小枝を踏んでしまい、幼女に見つかるという凡ミスを犯す。

《………………》

 見てはいけない現場に居合わせてしまったオレの気まずさ、見られたくないものを見られてしまったという幼女の戸惑い、二つが合わさってこの場に微妙な空気が漂う。
 先に動き出したのは幼女のほう。
 円らな青い瞳がうるうる、じんわりと濡れていく。
 ヤバイっ! と思ったときには、反射的にオレの体は動いていた。

 咄嗟に触手を伸ばし幼女からシーツを奪う。無造作にシーツをオレの体内へ放り込む。
 そして繰り出される特殊技能「洗浄」なる妙技。
 ミクロの細かい泡がオレの体内に発生し、シーツの繊維から汚れを完全に剥離除去。なおこの技は、乾燥までが一連の動作に組み込まれている。
 オレは染みひとつない新品同様になったシーツを体内より取り出し、これを空中にてバサっと広げ、手早くサササッと四つ角をきちんと合わせて折りたたむ。
 この間、わずか五秒。
 完璧に仕事をやり終えた俺は幼女の前にそれを差し出す。なおシーツの中に汚れたパンツも混じっていたので、ついでに処理しておいた。渡す際には表から見えないようにシーツの中にそっと忍ばせておく配慮も忘れない。

 金髪幼女は目をぱちくりしながら綺麗になったシーツを受け取る。
 花の蕾のような小さな口をあんぐりとし、何が何だかわからないといった表情の金髪幼女。おっさんはそんな彼女を残し、颯爽とその場を後にした。

《いやはや、女子供の涙には勝てんよ》

 おっさんはなんとなくカッコいい台詞を口にするが、彼は肝心なことに気がついていない。
 森での厳しい修行生活の中で編み出した「洗浄」にて最初にやったことが、「幼女のパンツを洗う」というアウトな行為であったということを。自分でも意図せずして違った方向の、ギリギリを攻めてしまったということを。

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