青のスーラ

月芝

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12 モンスター図鑑

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 こんばんわ。おっさんです。

 現在の時刻は草木も眠る頃合いです。場所は冒険者ギルド二階にある資料室。
 本日は資料をこっそりと拝見するために潜入しました。

 文字を学習し終えたオレは、以前より目をつけていた資料を読むためにここにきました。
 ギルド秘蔵の書「モンスター図鑑」。
 数多の冒険者らが己の命を対価に挑んだ賭けの成果が、ギュッと濃縮された内容の本。
 充分に武器として流用できそうな凶悪な厚さの本が七冊、棚にならんでいる。
 この中にモンスターたちの生態や特徴、分布域などが網羅されてあるのだ。

「討伐依頼を受けるかどうかは、先に『モンスター図鑑』を調べてから決めなさい」

 冒険者ギルドの受付のオバさんが、若い連中に口を酸っぱくして言っているのを何度か目にした。受付のオバさんの言っていることは正しい。対象の情報が事前にあるかないかの差は大きい、それこそ生存率、依頼の達成率に直結するはずだ。
 だが残念なことにオバさんの助言を、素直に聞く若い連中はあまりいない。とかく勢いのある若いうちは年上や先輩らの繰り言なんて聞きやしない。
 上を目指す気概もあり、体力もあり、腕も悪くない、自分たちならばやれるという根拠のない自信、そして見栄なんてものまで絡んで突き進む。
 いったいあの連中のうちの何人が生き残れるのだろうか。
 そんな危なっかしい連中を何人も見てきたのであろう。難しい顔をしたオバさんの眉間の皺は深かった。



 オレは真っ暗な室内にて目当ての本を開く。
 暗視能力があるので、暗闇でも文字がばっちり読める。
 本当はじっくりと全部に目を通したいところだが、とりあえずの目的は「スーラ」についての情報である。これまで森の中でのサバイバル生活やら、街での諜報活動を経て色々と分かってきたが、やはり客観的な情報も欲しい。第三者の目に「スーラ」と呼ばれる生き物がどのように映っているのか、そこんところが知りたい。

 索引とかあれば便利だけど、なかったら片っ端から頁をめくることになる。
 それは大変だなぁ、と考えながらの一ページ目……なんと、ありました! 探していた頁が初っ端に。
 自身のあまりの引きの強さに喜ぶも、それもすぐに沈黙に代わる。
 そこに書かれてある文字の羅列に、オレは困惑を隠せない。

『この世界の数多の謎が究明され、我々が神々の御座へと至ろうとしても、残るであろう謎がある。それがスーラ』
『すべての謎はスーラに始まりスーラに終わる』
『たとえ世界が滅びようともスーラだけは生き残るであろう』
『この世でもっとも不可解で、もっとも愛らしいもの、それはスーラ』
『おおスーラ! その存在、その行動、その容姿、すべてが謎だ』
『千の顔を持つもの、スーラ』
『こんなにもすぐ側にいるのに……スーラ……君の心に触れられない』
『スーラには関わるな。時間の無駄だ』
『魔性の手触り、人を堕落させる地獄の先兵、スーラ』
『もしもあの女帝の胸がスーラのようであったならば、亡国の歴史は違っていただろう』
『年頃の男子ならば誰もが一度はスーラで夢想する』

 スーラについてという頁に掲載されている内容。
 学者、研究者、文学者、詩人、役者、冒険者、一般の方らのスーラに対する想いが集約されてある。

《えっと……、ナニコレ?》

 ちょっと格言っぽい文言から意味不明な文言まで、つらつらと綴ってある。
 うーんと唸りつつ小首を傾げ、とりあえずオレは頁を捲る。
 次のページからはスーラを対象にした研究者のレポートの要約が、何本か掲載されてあったが、結果はどれも散々だったみたい。

 ある研究者はスーラを檻に閉じ込めて飼育観察を試みる。
 研究期間は延べ三年。
 しかしスーラは檻の中にて石像のように固まり微動だにしない。
 あまりの反応の無さに研究者のほうが先に音を上げた。
 この際の研究日誌の一部が抜粋されて掲載されてあったが、その内容がまた酷い。
 研究日誌には日付と天気と気温と「今日も奴は動かない」の文字が序盤からずらっと並んでいた。しかも最後の方にはそれすらも無くなり、研究者のプライベートな愚痴が延々と書き殴られてあった。

《もうこれ……、ただの日記じゃね?》

 ある学者はスーラをガラスの密閉容器に入れて経過観察を試みる。
 数日後には、固く封をしたというのに、いつの間にやら中身が消えていた。
 もしや容器に漏れでもあったのかと、水を入れて調べてみたが容器に異常はない。
 蓋周りも一層厳重にして同様の実験を繰り返す。その数百十八回……、でも結果は同じ。
 学者はぶち切れて、ついに容器を叩き割ったという。

《イリュージョンが過ぎる。もしかして転移魔法とか使えるようになったりするの?》

 高名なテイマーの話。
 ちなみにテイマーとはモンスターを飼育、使役する職業のこと。天性の才能だかでモンスターに好かれる体質の人が一定数いるみたい、サーカスの調教師みたいなもんかな。それで従順に躾けてペットとして販売したり、冒険のお供にしたり色々と役立つんだとか。
 まぁ、結果は躾け以前に飼育すら成立しなかったというオチ。

《なにせ懐かないからねぇ、スーラは。同胞ですら無視するし……》

 結構大きな研究所で本格的に調査したケース。
 どうやらその丈夫さに目を付けたよう。五匹ものスーラを同時に観察して、共通項を抽出して特徴を炙り出そうとした実験。閉じ込めても逃げ出すので広大な敷地を確保して、その中で自由にさせていた。
 狙いは悪くなかったと思う、でもやっぱり失敗したみたい。
 どうやら個体差の癖が強すぎて、比較検証にならなかった模様。
 莫大な国家予算を投じて思うような成果を得られなかったので、研究所は廃止になり関係者らは散り散りに。

《おそらく責任を取らされて、クビか左遷だな》

 ある宮廷魔法師の話。
 圧倒的火力を誇り、当時世界屈指の実力者と云われた彼。
 野外での酒の席にて興が乗った彼が、たまたま近くにいたスーラに魔法を放つ。
 燃え立つ火柱、熱風が辺りを吹き抜けた、なのにその中心にいたスーラは無傷。これにイラ立った彼は更に攻撃を加えるも、スーラはへっちゃら。ゆらゆら揺れるスーラの姿にカチンときた彼は周囲の人たちが制止するのも聞かずに、最大規模の魔法を放つ暴挙に出る。おかげで現場は騒然である。しかしスーラはまったく平気、これにすっかり自信を無くした彼は宮廷魔法師の職を辞し、「修行の旅に出る」との書置きを残し何処かに消えた。以後彼の姿を見た者は誰もいない。

《スーラボディって物理だけでなく魔法耐性もイケる口か! これは新発見!》

 スーラについて書かれてあった箇所を読み終えたオレは、静かに本を閉じた。
 読後、なんだかすごく時間を無駄にしたような気分である。でも魔法耐性が高いことがわかったのは収穫であった。あと自分の正式名称も判明した。
 モンスター図鑑には『スーラ=イ=ラーライ=ムーノリア』と記されてあった。

《長いっ! それに無駄に立派だよ!》

 オレは心の中でツッコんだ。

 冒険者ギルドを後にしたオレは裏路地をトボトボと行く。
 結局、自分自身の謎が深まったというだけの結果に、おっさんの足取りは微妙に重い。
 建物の間から見上げた夜空は厚い雲に覆われて、星のひとつも見えやしない。


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