青のスーラ

月芝

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10 スーラ

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 おっちらおっちら街道を東に進む。

 大人の足で半日ほど過ぎたところで、途中から道が枝分かれしているところが、ちらほら現れ始める。それと共に移動する人や荷馬車なんかも姿を現してきた。
 オレは用心しつつ、距離をとりながら人の流れに乗る。
 するとじきに視界の前方に壁が出現した。更に近づくと大きな門扉があって、人の流れがそこへと連なって列を成している。門のところには門番らしき兵士の姿もあった。きっと出入りする人間や荷物をチェックしているのだろう。

 オレは列に並ぶことなく近くの草むらの中へ飛び込む。
 そこから人目を避けて壁へと近づく。
 壁をしげしげ見上げ観察する。

《造りは石。高さは三、四メートルといったところか。結構ゴツイぞ》

 ぽんぽんと触れてみると、重量感のある石の感触が返ってくることから、たんなる張りぼてじゃないことがわかる。つなぎ目だってほとんど見られないし大した技術である。これならば簡単には外部から侵入できやしないだろう。もっともオレは余裕だが。

 一通り確認をし終わったところで、再び門扉に並ぶ人の列の後方の草むらへと移動し、そこで次なる方針を思案する。

《さてと、この先はどうしたものか……夜陰に紛れて城壁を超えるか、それとも正々堂々と門から入るか》

 いらぬ騒動を避けるのならば前者だが、ここにきてオレには気になっていることがある。
 スライムに対する人間たちの反応である。スライムのスルースキルは半端ない。
 オレは森の中であらゆる生物らに無視されまくった。でも人間だったら? ……これはどう考えても検証が必要だろう。
 こちらとしては人畜無害なつもりだが、もしかしたら自分が知らないだけで、世の中には凶悪なスライムが存在しており、人間たちと敵対している可能性もゼロではない。これは早いうちに、確認しておくのがいいのではなかろうか。

 オレは悩んだ末に、やはりこの場にて人間たちの反応を見てみることにする。
 最悪ここならば急いで森に逃げ帰ることも出来る。

《よし! いっちょ試してみよう》

 オレは覚悟を決めた……とはいえ、ゴリゴリの冒険者や大人相手で、人類とのファーストコンタクトは怖い。初体験は出来れば優しそうなお姉さんか、可愛げのある女の子が望ましい。
 そこで並んでいる人の列をじっくりと観察し、手頃な接触相手を吟味する。するといい感じの荷馬車の家族連れを発見!

 朴訥として働き者そうな父親、ほどほどに美人で優しそう母親、これまた優しそうで将来が楽しみな姉、そんな姉をまんまちっちゃくした愛らしい妹の四人家族。馬車の荷台には芋っぽい収穫物が詰み込まれていることから、これを捌くために一家揃って街へお出かけしてきたといった風の御一行。しばらく様子を伺っていると夫婦は仲良く話をしており、姉のほうは馬車の荷台で大人しくしている、しかし妹のほうは退屈らしく荷台から足を出してぶらぶらさせていた。
 オレはこの妹に接触することに決めた。

 草むらからモゾモゾと姿を現す……と、その前に忘れないうちに体のサイズを調節する。
 小さな子供向けに五十センチほどのクッションサイズに縮まる。
 体のサイズを変える、オレが森の中で編み出した技のうちの一つだ。体を伸ばしたり縮めたり変形したりを繰り返していたら、いつの間にやら出来るようになっていた。スライムボディは最大で二メートル、最小で五十センチほどに体の大きさを変えられる。これはただの見掛け倒しではなくて、ちゃんと質量まで伴う優れもの、おかげで本体を維持したまま、増やした分で武器を作ったり出来るので助かっている。

 随分と可愛らしいサイズになったオレが草むらより姿を現す。その音につられて妹ちゃんの顔がこっちを向く。
 少なくともその顔に恐怖の色がないことに安堵する、だが油断はしない。
 いきなり距離を縮めるような真似はしない、驚かせたり警戒されては元も子もない。
 オレはスライムボディにてぴょんと跳ねる、体をぷるぷる震わせてみたりもする、リズムにのせて横だけでなく縦や円などの動作を交えて、ちょっとしたお遊戯ダンスを披露する。
 自分でやっておいてなんだが、あざとすぎるそのコミカルな動きに、妹ちゃんの視線はもう釘付けだ。
 前世の会社のイベントにて、無理矢理やらされた着ぐるみ仕事が、日の目を見る時がこようとは人生ならぬ転生、何が起こるかわからない。

《ほらほら、怖くないよ。極上のぷにぷにだよ、一緒に遊ぼうよー》

 もう気分は園児をあやす保育士さんか歌のお兄さんだ。
 恥や外聞? そんなもの、端からない! だってスライムだもの。
 とにかくオレは己の中の羞恥心をかなぐり捨てて、全力でがんばった。
 そして……そして……、オレはついにこの闘いに勝利した。

「あっ! スーラだ!」

 声を上げた妹ちゃんは荷台からピョンと飛び降りると、真っ直ぐにオレの方へトテトテ近寄ってくる。
 妹ちゃんはためらうことなく、勢いのままにオレをムギュウと抱きしめ、そのまま荷馬車へとお持ち帰りされた。

「おねえちゃん! おねえちゃん! スーラ!」
「あら? 本当……、うちの近所にいたのとは違って、随分と綺麗な子ね」

 ぎゅむぎゅむオレを抱きしめながら興奮気味な妹ちゃん、対するお姉さんは落ち着いた感じの対応。

《どうやらオレの取り越し苦労だったようだな》

 姉妹の反応にひとまず安堵するも、なんだかファーストコンタクトのドサクサで、色々と判明したな。
 オレって勝手に自分はスライムだとばかり思っていたけれども、正しくは「スーラ」って生き物だったんだ。あと近所でも見かけることがあるらしい。野良猫みたいなもんかな。

 荷台にて姉と妹に大人しくぷにぷにされているオレ、それを咎めることなく温かい目で見守るご両親。
 この様子からオレは、自分が危険物指定を受けていないことを確信した。


 オレは妹ちゃんの膝の上に載せられたまま城壁を通過する。
 荷台を調べられている間、青いスーラを抱く妹ちゃんの愛らしい姿に、門番の兵士らの頬が緩みっぱなしだった。

《わりと強面揃いのくせして子供好きとか、とんだギャップ萌えだぜ》

 おっさんだけど不覚にもちょっと萌えちまった。

 こうして無事に街の中へ入れたわけだが、最後にちょこっと問題が起こった。
 すっかりオレを気に入った妹ちゃん。
 
「この子飼うのー。お家に連れて帰るのー」と駄々をこねたのである。

 だがしかし、両親たちはこの願いをやんわりと拒否。
 まぁ、よくある話だな。
 ほら、子供が捨て猫とか捨て犬を拾ってきてはお母さんに、「元のところに返してきなさい」とにべもなく断られるアレだ。
 実際、生き物を飼うのって大変だし、お金だってかかるし、責任だって生じる。一時の気まぐれでやっていい事ではない。その辺をちゃんとわかっている、このご両親はしっかりしていると思う。だがいくら大人が優しく諭そうとも、感情が高ぶった子供はなかなか引っ込みがつかないこともある。
 そこでオレは自らを処することにした。

 体を捻りスルリと妹ちゃんの腕の中から抜ける。そして彼女が止めるのも聞かずに距離をとる。チラリと振り返ると悲しそうな妹ちゃんの顔、後ろ髪が引かれそうになるが、そこはグッと堪えて男を見せる。少し離れたところで別れの挨拶だとばかりに三度、ぴょんと跳ねて見せる。
 そしてオレは彼女と別れた。

《いい女になれよ、嬢ちゃん》

 おっさんは泣き縋る女を振り払い、街の雑踏の中へと消えた。

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