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9 旅立ち
しおりを挟む転生を自覚してから六年近くの歳月が過ぎた。
まさかスタート地点の森の中に、こんなに長く引き篭ることになるとは……、我ながらスロースタートにもほどがある。
色々あったが、それなりにやれるようにはなったと思う。
森の中にいる大概の奴には勝てるようになったし、大技から小技まで沢山開発習得した、一部ヤバ過ぎて表に出せそうにない技もあるのはご愛敬。
だからそろそろ旅立とうと思う、とりあえず人里近くに降りようかなと。
あぁ、そうそう、人間いました。
あれは今から三ヶ月ほど前のこと。
オレが縄張りにしている泉から、遠くに見える山脈に向かっていくほどに、森が濃く深くなって、危険度も跳ね上がる。逆に山脈から遠ざかるほどに、危険度は下がる傾向にある。
そこである日、気まぐれで山脈から遠ざかってみた。特に目的はなかったが、とりあえず徹夜にて、丸三日ほど進んだところで、五人組の人間たちを見かけた。
太陽の位置からして時刻はお昼頃。
革の鎧を着て、剣に槍に弓に杖に盾を、それぞれに装備した小集団。
風貌からして冒険者という職種の人間たち。木陰にて様子を伺っていると、三人が周囲を警戒しながら、残りの二人が、何やらせっせと採取していた。
《採集依頼とかいうヤツかな》
冒険者たちは手慣れた様子で、目的の品を丁寧に梱包しては、背負ってきたリュックの中へとしまっていく。個人的に冒険者って荒くれ者のイメージを勝手に抱いていたが、その仕事ぶりは真逆の印象を与えるものであり、オレは好感を抱いた。
しばらくして目的を達したのか、冒険者たちが動き出す。
オレはその後をこっそりとつけた。
冒険者たちは常に周囲への警戒を怠ることなく、さりとて足を止めることもなく、黙々と進んでいく。そして空が茜色に染まり始めると、即座に野営の準備を始めた。野営といってもテントを張ったりはしない。付近に落ちていた枝で火を焚き、保存食にて簡単に食事を済ませ、交代で見張りをしながら、マントを羽織り体を休める。見張りに立つ者は周囲の闇に眼を光らせ、横になっている者も武器を手放すことはない。そこには油断なんて微塵もなかった。森の中で一夜を過ごす危険性を熟知している。
先ほどの仕事ぶりといい、彼らはきっと優秀な冒険者なのであろうと、オレは感心しきり。
翌朝、空が白じみ出すと、そそくさと身支度を済ませた彼らは一斉に動き出す。
オレも引き続き追跡を開始する。
半日ほど過ぎたとき、森を抜けた先にある街道らしき場所に辿り着いた。
東西にのびた街道、舗装はされてない、道幅は五メートルぐらいある。
東のほうは、途中で丘陵地帯を挟んでいるせいか、緩やかな傾斜があって、その先はここからでは確認できない。彼らはそちらへと向かって歩いて行く。
オレはその背中を黙って見送る。
彼らの姿が丘の向こうへと完全に消えるのを待って、森から出た。
西のほうは森の外縁部に沿って道が続いている。
オレは視覚を強化して道の先に目を凝らす……感覚的には、望遠鏡かライフル銃のスコープに近い。なお視覚能力の有効範囲は、最大で二キロメートルといったところ……それを試してみるも、道の端はみえない。
街道は森に沿うように平行して通されてある。足元を調べてみると、適度に踏み固められた地面には、轍の跡も見られた。
《少なくとも、この道なりのどちらかに行けば、人のいる場所に辿りつける》
オレは人間の有無と、街道の存在を確認出来たことに満足して、その日は帰路についた。
旅立つことにしたオレは森を出るにあたって、とりあえず街道まで進み、そこからは冒険者たちが向かった方に行ってみることにする。
実際に人里に、スライムの身で入れるかどうかはわからないが、転生六年を経て、かなり人恋しくなっている。無視されるか、追い払われるかはわからない、不安だらけである、それでもとりあえず行ってみたい。なにより世界についての情報が欲しいのだ。この世界のこと、文化風習、国や人、モンスターとの関係、あと宗教や価値観なんかも知っておきたい。もしかしたらとってもRPGチックな世界だから、どこかに優しい女神さまの一人でも住んでいるのかもしれない。そしてオレの現状を、どうにかしてくれたら非常に嬉しい。
そんなわけで、おっさんは旅に出ます。
旅立つにあたって準備は特にありません。
一応、師匠には別れを告げた、言葉は出せないので心の中で。もっともまるで相手にはされなかったが。
この数年、いろいろとコミュニケーションをとろうと努力したが無駄だった。
生粋のスライムである師匠と、イレギュラーなスライムであるオレとの溝は深かった。
仕方がないので一方的に「どうかお元気で」と別れを告げた。
師匠と別れてから夜通し走り、街道まで丸一日にて到着。
どうだい? 早いだろう?
なにせスライムボディと魔法を駆使したからな。
転生初期から移動手段の確保は、オレの中では優先順位がかなり上位だったから、そりゃあ知恵も絞るさ。ずっとぴょんぴょん跳ねたり、転がったり、ヌメヌメ移動するのは大変なんだよ。少なくとも長距離移動には向かない。そこで自己開発の一つとして、色々考えては試した。
初めの頃は、カッコいい車とかバイクを目指したが、ギミックが複雑すぎて、いかにオレのスライムボディを駆使しても再現できなかった。戦車っぽいのにも挑戦したが、同時に動かさなければならない箇所が多すぎて、動くには動くがかえって遅くなる始末。
そこで次に思いついたのがヨット、帆に風を受けて進む構造を参考にした。実際に陸上を走るランドセーリングというのもあるしな。でも本体の車輪部分は早々に諦める。シャフトを固定して車輪を設置し、回転させる構造自体は難しくはない。しかしこれでも同時に維持すべき部位が多すぎて、負担が馬鹿にならなかった。
それでスライムボディの変形性と変質性を使って、底面をツルツルにしたボードに帆を付けて、ここに魔法で風を吹き付けて進む形式にした。これはうまくいった。小回りこそ利かないが、結構な速度も出るし、体への負担も少ない、だが欠点もあった。木の根やら石やらで泥濘やらで、デコボコした森の地面の上を進むと、体が跳ねること跳ねること、しかも小回りが利かないので木が多いところでは使えないし、帆が邪魔になってわりとあちらこちらにぶつかる、少なくとも森の中で使う形態ではない。
このように試行錯誤を続けた末に、オレが辿り着いたのが空気浮揚艇である。
ゴムボートのお化けみたいなのに、でっかいプロペラをつけて推進力を得て進む乗り物、ホバークラフトといったほうが馴染み深いか。本来は水上を走るモノだが陸上でも問題はない。
本体オレ、パイロットもオレ、プロペラは止めて推進力を噴き出す管を作り、風を魔法で発生させるのもオレ。本体にクッション性を持たせたので、デコボコ道でも暴れることはない。 底面をツルツルにし、地面との接地面の抵抗を失くし、体を柔らかくする、風を吐き出す。同時にこなす作業がこの三つだけになったことによって、かなり操作が簡易になった。しかも機動性が大幅にアップ、風を吐き出す箇所を任意に変えて、小回りが可能となり、また増やすことで、速度を増すことも可能となった。
これにより華麗なるドライビングテクニックにて、森の中でもスイスイと進めるようになった。ぶっちゃけ無茶苦茶速い。森の中でもびゅんびゅん走る。おまけにスライムボディのエアクッション付で、安全性もばっちりだ。
《完全にぶっちぎったね、超えたね。前世の最新車を》
おっさんかなり得意げである、でもそれも街道に出るまでの話。
本当は道なりに飛ばしたいところだが、うっかり誰かに目撃でもされたら、大騒ぎになりかねない。目立っても碌なことにはなるまい。だからこれからはちょっぴり自重するつもりのおっさんであった。
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