青のスーラ

月芝

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4 三年

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 ちょっとそこの奥さん、聞いてくださいまし。
 三年ですよ、さ・ん・ね・ん。

 何がですって?
 おっさんのスライムボディが、ある程度動かせるようになるまでですよ。
 もうっ、ほんっ当に大変でした!!

 地味な反復練習を延々と繰り返すだけの日々。
 動かしたい体の部位に意識を向けてひたすら念じる。
 
「うごけ~、うごけ~」と。

 初めはうんともすんともいいません。それでも挫けずに続けます。それこそ何時間でも何日でも続けます。連日連夜徹夜です。
 幸いなことにスライムボディは、人間の三大欲求がごっそり抜け落ちているようで、寝る喰う盛るがありません。疲れ知らずで24時間365日戦えます。
 なんなんでしょうか、この生き物。

 そんな無茶を続けていると、じきに命令を受けた部位がピクピクと痙攣しだします。
 更に頑張るとモコモコ動き出します。そのうち遅々として伸びたり縮んだりしているうちに、徐々にですが動作がスムーズになっていきます。
 こうして一つの動作が可能となるわけですが、満足いく速度や可動域を求めると、更なる精進が必要となります。

 ぶっちゃけ凄く大変です、主に精神的に。
 でも出来ることが増えていくというのは嬉しいもので、オレはまるでとり憑かれたかのように訓練に没頭していく。まぁ、他にすることもなかったしね。

 ひたすら己を磨く日々。
 気が付けば推定三年ほどの歳月が流れていた。日数の換算は森の自然の移ろう季節にて目測。
 ぴょんぴょん跳ねれるし、ゴロゴロ転がれるし、するする地面を滑るように動けるし、任意の体の箇所を触手みたいに伸ばして物を掴んだり、投げたり、木の枝にぶら下がったりも出来るようになった。
 散々に苦労はしたが、努力が報われて出来ることが増えていく。

 修行をしていうるうちに、意識によって体の形が変えられるのもそうだが、硬度やら粘度まで変えられることを知ったときは、本当に驚かされた。それこそぷるぷるゼリーからカッチカチの岩質にまでなれる。ゴムのような伸縮性も持たせられる。粘度を調節すればトリモチや蜘蛛の糸のような芸当も出来る。
これを利用して森の中を、枝から枝へ触手を伸ばして移動したりして、ターザンごっこも堪能したよ。
 恐るべき身体能力、寒暖差等の環境の変化をものともせず、生物の三大欲求を必要としない頑強ボディ。まだまだ未知なことだらけの我が体ながら、おっさんは戦慄を禁じ得ない。

 そんなこんなで少しずつだが、判明していく自分の体の能力と使い方。
 とにかく知れば知るほどに、スライムの体にはオレの前世の常識が一切通用しないことを思い知らされる。内臓もない、心臓も脳も見当たらない。骨も筋肉も、たぶん神経もない。目もないのに視界は良好、それどころか遠近両用全方位対応暗視つきという高性能を誇る。
 脳ミソもない自分が、どこで考えて行動しているのか見当もつかない。そのくせ意識はちゃんとある。
 地道な訓練を繰り返していると、なんとなしにわかってくることもある。
 それは人間とスライムとの体の相違点について。
 肉体的な機能云々の話ではない。単純なあるなしの問題でもない。
 基本的に人間は脳で指令を下し、神経を通じて筋肉を動かして、望んだ動作を実現する。 対してスライムは意識が指令を出して動作が発動される。つまり間の諸々の過程がごっそりと抜けているのだ。ことスライムの体においては、自分自身がきちんと認識することから、すべてが始まるといっても過言ではない。ただこれは逆に言えば認識しなければ、体は応えられないとも言える。どうやらこれこそが、オレが初期に陥っていた動けない原因であったらしい。

 前世の記憶に引きずられて人間の感覚でスライムの体を動かそうとしたから、スライムボディは反応を示せなかった。足がないのに足を動かせと云われても、そりゃあ体も困ったことであろう。
 人間とスライム、転生して記憶を蘇らせた直後に生じた二つの種族間の齟齬は、想像以上に大きかったということだ。齟齬を一つ一つ塗りつぶしては、修正して互いに感覚をすり合わせていくのであるから、結果的に満足に動けるようになるまで、三年という月日がかかったとしても、しょうがなかったのかもしれない。

 ようやく思うように動けるようにはなった。
 だが、まだそれだけだとも言える。
 言わば基本編が終了したに過ぎない。こっから創意工夫を凝らした応用編が幕を開ける。
 おっさんは馴染みとなった泉の辺の岩の上で、今後の展望について思いを馳せる。

《せっかくの異世界だし満喫したい。でもいまの状態では、まだまだ森の外へと出る勇気はない。もちっと手札を増やしたい。そこで思いつくのは、やっぱりアレだよなぁ》

 アレって何かって?
 もちろん異世界ファンタジーの定番『魔法』のことだよ。

 これからおっさんは魔法に挑戦します。

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