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3 岩の上にて
しおりを挟む恐怖の一夜が明けた。
陽はまた昇り、新しい朝が来た。
希望の朝だ。
本日も晴天なり。
そして相も変わらず動けないオレがいる。一晩たっても状況は好転していない。
とりあえず外敵に襲われる心配はない模様、さりとて安心は出来ない。
だってこのままだと飲まず食わずで過ごすハメになる。
このスライムボディの耐久性が、いかほどかはわからないが、早晩のうちに活動停止へと追い込まれることになるであろう。ゆえにオレの目下のやるべき事は、自分の体を把握して、最低限は動けるようになること。細かい検証は後回しだ。
まずは生き残る。そのことだけを考えよう。
こうしてオレの孤軍奮闘は始まる。
孤軍奮闘を始めること早や一週間が過ぎた……、なのにオレは変わらず泉の水辺にある大岩の上にいる。
そう、あれから一歩も動けていない。
いや、この一週間まったく成果がなかったわけではない。
強く念じると体がぷるぷる震えるようになったのだ! 以前の固いゴムの塊のように、微動だに出来なかったことに比べたら、これは革新的な進歩といえよう。きっとそうに違いない。そうとでも考えなければやってられない。
あと不思議なことに、腹が減らなければ喉が渇くこともない。理屈は分からないが、思った以上にスライムボディは丈夫なようで、正直助かっている。
更に一週間が過ぎた。
オレはまだ岩の上にいる。
全身をある程度は任意にぷるぷると震わせられるようになったが、体を動かすには至っていない。まるで根が張ってしまったかのように、ここから動けない。
この一週間で二度の雨が降った。
雨の中に野ざらしというのは、精神的にくるものがある。無性に惨めな気分となり欝々する。だが発見もあった。なんとスライムボディは濡れそぼることがないのだ。脅威の撥水効果を発揮して、雨粒をものともせずに弾く。
そしてやはり空腹も喉の渇きも憶えない。
自分の体ながらちょっと凄くない?
一ヶ月が過ぎ、三ヶ月が過ぎたあたりで、日数を数えるのが面倒くさくなってきた。
結局、オレが岩の上から動けるようになるまでに、半年近くもかかってしまった。
まさかこんなにも時間がかかるとは、誰が想像しえようか。
しかもこれだけの時間と労力と情熱をつぎ込んで、出来たのは「ぷるぷると震えること」と「のそのそと動くこと」だけ。そんじょそこらの「のそのそ」具合ではない。たぶん亀にすら追いつけない「のそのそ」具合だ。ただしこれは前世基準の亀の話、今世の亀はわりと機敏に動くし、回転して空も飛ぶ。
己のあんまりな能力の低さに絶望しかけるオレ、そんなおっさんを救ったのは同胞だった。
たまたま森の中で見かけた同胞は、毒キノコっぽい色で悪夢のような水玉模様をしていた。
ちなみにオレのスライムボディは、コバルトブルーな空色で、透明度の高い仕様である。
この際、奴のけばけばしい容姿には目を瞑ろう。問題はその動きにある。
奴はぴょんぴょんと跳ねていた。にょろんと体を伸ばして、木の枝にぶら下がったりもしていた。あと丸まってゴロゴロと転がったりもしていた。
その姿を目撃したときの、おっさんの受けた衝撃たるや筆舌にし難い。
オレは元気に動き回る奴に、大いなる希望を貰った。同胞に出来るのならば、オレに出来ないわけはないのだから。
あまりの嬉しさで同胞に声をかけようとしたが、それは叶わなかった。
だってスライムには声を発する器官なんて備わっていないもの。
それどころか内臓も心臓も脳すら見当たらない。透け放題な体だからよくわかる。
前世で読んでいた物語では、スライムには核となる玉があって、これが弱点だったり素材として高価買取されていたりしていたのものだが、それすらも見当たらない。
よってスライムは鳴かない。これも岩の上にて過ごした半年の間に悟ったことである。あと飲まず食わずでも全然平気だった。まったくもって不思議生物である。そもそも生物であるのかどうかも疑わしい。
希望を見出したオレは自分の体の可能性を信じて修行に励む。
とりあえずは赤ちゃんのハイハイぐらいの速度は手に入れたい、とおっさんは考えている。
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