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232 兄と妹
しおりを挟む勇者隊が敗けた……
ヴァシリオスを一蹴した星骸二十三号がゆっくりとふり返る。
首無し女の巨人、その胸部にあらわれた不気味な顔、洞のような双眸を向けられたとたんに、連合軍陣営は騒然となった。
なぜなら次は自分たちの番だとわかったからである。
戦線は完全に崩壊し、あとに待つのは蹂躙だけだ。
陣内にてけたたましい警報音が鳴り響いている。
地上の喧騒のさなか、飛空艇ヒノハカマにて上空にいた枝垂ひとりだけが気づいていた。星骸二十三号が連合軍ではなくて、自分を見ていたことを。
「あの星骸……どうして一華が? それにあの額の宝石の気配はたぶん鉱人の……。いや、それよりもこのままだとマズイことになる!」
馬酔木一華(あせびいちか)は枝垂の種違いの妹である。
詳細は割愛するが枝垂の家庭はかなり複雑にて、妹以外の家族との関係はすっかり冷え切っていた。それこそ隙あらば互いを亡き者にしたいほどに。
そんな歪んだ家庭にあって、妹は毒親たちにちっとも似ておらず才媛、とても優秀なのだが極度のブラコンにて「枝垂命」なのが玉に瑕(きず)。
勇者召喚の儀により地球から兄が消えた後、一華がどのような歩みを辿ったのか。
かつてコウケイ国の近海へと漂着してきた一隻のタンカーがあった。たまさか世界線を越えて地球から流れてきたもの。船体はほぼ無傷であったが、船員らはどこにも見当たらず。内部が亜空間と化しダンジョン化していたことから、おそらく生身の人間は世界線をまたぐ転移に耐えられず消滅したとおもわれる。
タンカーの船室から回収された雑誌類に成長した妹が掲載されており、記事によれば一華は若くして投資家として大成功を納めた人物として紹介されていた。
その記事の写真には、彼女の胸元にて妖しい輝きを放っている真紅の宝石の姿もあった。
――鉱人の核とおぼしきティアドロップ型の大きなルビー。
世界から忽然と消えた兄を探し求めている妹と、我が身可愛さに自国と同胞らを裏切り見捨てたギガラニカの住人たちへ強い敵愾心を抱いている鉱人とが、いかにして結びついたのかはわからない。
いったい何がどうしてこうなったのか?
いや、一華は何を仕出かした?
星骸の正体は、地球からでた不用品の集合体だ。
現在進行形で悪化の一途を辿っている環境破壊、日々量産され続けているゴミ、終わらぬ紛争、消えぬ恨みつらみ、尽きぬ怨嗟、無駄に流される血、浪費される命、淀み凝り固まる負の霊的エネルギーなどなど。
それらが寄り集まっては溜まり、巡り巡っては変質変容し、異世界ギガラニカへと吐き出されるかのようにして墜ちてくるのが星骸なのである。
ここのところ星骸の出現頻度が増えているのは、それだけ地球が限界を迎えており悲鳴をあげているからなのだけれども、それすなわち、地球をより痛めつけなければ出現しないとも言えるわけで……
にしても誰がこの事態を予想しえたであろうか。
いくら兄恋しとはいえ、よもや自身が星骸となってまで、こちらの世界にやってくるだなんて!
どこまで一華の意識が残っているのかはわからないけれども、浅ましい姿となってもなお兄の姿を追い求めているのだけはたしか。そして妹はついにこの戦場で兄を見つけた。
一華にとっては兄の枝垂以外はどうでもいい。
だからこそ、この位置はマズイ!
真っ直ぐに突っ込んでこられたら地上の陣営は壊滅する。急ぎ撤退作業へと入っているみたいだが、とてもではないが間に合わない。
「すぐにこの場所を離れて! できるだけ陣地から遠ざかってっ!」
枝垂がかいつまんで事情を説明すると、察しのいいエレン姫がすぐに理解して艦長をうながしてくれたおかげで、飛空艇ヒノハカマは急速回頭を開始した。
戦線を離脱し味方より距離を置こうとする。
すると案の定であった。星骸二十三号の進路が変わり、枝垂たちを追いかけ始めた。
『おいっ、勝手に持ち場を離れるな、どこへ行くんだ!』
ムクラン帝国の飛空艇ダライアスより、緊急入電。
それには『自分たちが囮となって星骸二十三号をできるだけ引きつけるので、いまのうちに味方の退避を急がせてくれ』と返答し、ヒノハカマは進路を北東にとり、単身陣営より遠ざかっていく。
向かうのは荒野の中心部である。
そこは原始の星骸との激戦の名残りがいまなお色濃く残る地にて、峡谷が大地に刻まれた深い傷のようになっている。
峡谷は上空からみれば自然の迷路のような形状にて、そこへ星骸二十三号を誘い込み、迎え撃つ!
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