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215 黒い雨

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 枝垂たちが荒野に着任してより、はや三日が過ぎようとしている。
 その間にも続々と援軍が現地入りしており、平行して陣地の構築と部隊の配置も行われ、九割がた迎撃準備を整え終えていた。
 残るはムクラン帝国の新造艦の到着を待つだけだ。
 その段階になって、ようやく連合軍の勇者隊と枝垂ら新米星の勇者たちとの初顔合わせが行われた。

 とはいえ新歓コンパのような和気あいあいとした会合なんぞではない。
 誰も無駄口のひとつも叩かず、にこりともせず、ろくに目も合わせない。
 主催側に場を盛りあげるつもりも、円滑にまわし交流を深めようという配慮もない。
 それこそ茶の一杯どころか椅子すらも用意されておらず、指定された位置にて並んで立たされている。

 会場正面の壇上では、偉丈夫が彫像のごとく佇んでいる。
 ヴァシリオスだ。屈強な体躯とターコイズの瞳を持つ歴戦の勇士にして、歴代最強と云われている男。そんな彼の前身――地球での最終経歴は、古代のテルモピュライの戦いに参加していたギリシアの戦士である。迫るペルシア軍の大軍勢、その数二十万に対して、たったの七千ちょいで立ち向かい、三十倍近い戦力差にもかかわらず、途中まで五分五分以上の戦いを続けていたというから、おそれいる。
 平和な時代から召喚された枝垂とはちがう、激動の戦乱を知る生粋の武人。
 そんなヴァシリオスはムクラン帝国の女帝スフォルツア・ウル・ムクランに忠誠を誓っている。

 壇上に向かって左側には勇者隊のメンバーたちが、右側には新米勇者たちが並び、両者は向かい合うようにして立っている。
 会場内の沈黙がずんと重く、かなり息苦しい。
 勇者隊のメンバーを紹介されることもなければ、こちらから挨拶することもない。
 先輩勇者らを前にして、新米勇者たちは顔を伏せただただ萎縮するばかり。
 同じ星の勇者とはいえ両者の間には明確な線引きというか、見えない深い溝、あるいは高い壁のようなものが横たわっている。

(なんだこれ? まとっている空気や雰囲気がまるでちがうぞ。……これが星骸との戦いを知る者とそうではない者との差なのか)

 二度の対赤霧戦を経験し、海の大型禍獣などとの戦いも経て、枝垂も自分ではいっぱしになったつもりであった。星クズの勇者だがそれなりにやれるとの自負があった。
 けれども、そんなモノは先輩勇者らを間近にしたとたんに、たちまちグラつく。
 だがしかし――

(なるほど、そういうことか……そのための顔合わせの席だったんだ)

 この場を設けられた意図に遅まきながら気がついた、枝垂は独りごちる。
 ようは百聞は一見にしかず。しのごの言葉を並べるよりも、何も語ろうとはしない先輩勇者たちの沈黙やその佇まいこそが、すべてを雄弁に語っている。

 歴戦の勇者たちすらもが黙り込んでは真剣な面持ちを崩さない。
 それだけ星骸との戦いは苛烈を極めるということ。
 そしてこれだけの軍勢と迎撃態勢を整えていてさえ、けっして油断できる相手ではないということ。
 派生・破の獣型だから討伐が楽?
 まぁ、たしかにその通りなのだろう。
 ただし、それはあくまで他の派生の星骸に比べたら……という大前提がつく。

 ――刮目せよ! 覚悟せよ! そして死ぬな!

 先達らはあえて厳しい態度をとることで、そのことを暗に伝えようとしている。
 決起集会に近しい意味を持つのが、この会合の正体であったのだ。

 なんとも不器用でわかりづらい激励ではあるが、よくよく考えてみればそれも無理からぬことなのかもしれない。
 なにせ星の勇者としてギガラニカに召喚された面々は、性別も世代も時代も国籍も職業も立場も、てんでばらばらなのだから。
 同じ地球の人間とはいえ、価値観、文化、考え方、信条、信仰、性格、その他もろもろにて大小多くの差異がある。
 そんな連中をひとくくりにまとめて言い含めることなんて、どだい無理な話。

 一方で新米勇者たちはどうかというと、枝垂同様にハッと気がついたとおぼしき者らがいるが、なんら察することもなく眉間にしわを寄せては唇を尖らせている者もいる。
 おそらくはここが生死を分ける最初の分水嶺になるというのに……

  ☆

 係の者から全員に共通する連絡事項を淡々と告げられたあとに、勇者隊を率いるヴァシリオスが発したのは「この一戦に世界の命運がかかっている。おおいに奮起せよ」という言葉だけであった。
 それで会合は終わり、重苦しい空気のまま即解散となった。
 とてもではないが顔見知りの勇者らとの再会を喜ぶ気分ではないので、互いに軽く会釈するのにとどめておく。

 混雑をさけようと、枝垂は一番あとに会場から出ることにした。
 ぽつんとひとりきりになったところで、ようやく出口へと向かうも、外はあいにくの雨であった。

「まいったな。どうしよう……」

 しばし雨宿りをするか、それとも雨の中を走っては自陣へと向かうべきか。
 空模様を確かめてみれば、雨雲が厚く位置がかなり低い。
 この分では止むどころか、ますます雨脚が強まりそうである。

「やっかいだな。これじゃあ天界の観測ができない。それにはやくも地面がぬかるみ始めている」

 なんとなく厭な流れを感じて顔をしかめる枝垂であったが、その頬にぽつりと雨粒が当たった。
 手の甲で拭ったところで、おもわず「えっ!」との驚きの声が漏れる。

 雨粒は黒かった。
 墨汁の上澄みのような薄い黒さではあったが、たしかに黒い雨。
 枝垂が気づいたくらいだから、他の者たちも異変に気がつく。
 連合の陣地内が「なんだこれは?」とザワついた。
 が、直後のことであった。
 けたたましい警報音が鳴り響く――


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