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212 荒野へ

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 天界の運行に星骸の出現の予兆があらわれてから、実際に降臨するまでにだいたい十五日前後の猶予がある。
 だが前回の戦い、第二十一次・星骸討伐戦のときには続く長雨のせいで兆候を見逃してしまい、迎撃準備が十全とはいかなかった。全軍の足並みがそらわず集結が間に合わなかったのである。
 しかも第二十一次にて降臨した個体は、もっとも討伐難易度が高いとされている派生・渦の特異型にて。
 結果、辛勝を得るも被害甚大となった。死傷者数は七万を越え、星の勇者で構成された部隊も半数を失う。
 このため連合軍は建て直しが急務となり、星の勇者たちの召喚の儀が新たに行われることとなり、その召喚にて地球より無作為に選ばれた者たちは、性別も世代も時代も国籍も職業も立場も、てんでばらばら三十九名――柳川枝垂もそのうちのひとりであった。

 同じ轍(てつ)を踏まないためにきちんと準備はしてきた。
 ……はずだった。
 けれども防衛をするギガラニカ側にとって、不測の事態が次々と起きた。
 また前回の星骸の出現から、今回までの期間がかつてないほどに短い。そのためせっかく召喚した星の勇者たちの育成が中途半端なまま、実戦に投入することとなる。
 いくつもの懸念材料を抱える状況下にあって、唯一の救いは今回の戦いで対峙するのが派生・破の獣型だということ。

  ☆

 大勢の島民たちに見送られて、飛空艇ヒノハカマが飛び立つ。
 向かうは荒野だ。
 もちろん第二十二次・星骸討伐戦に加勢するためである。
 軍を率いるのはコウケイ国の第四王女のエレン姫にて、現場の指揮をとるのは彼女の護衛にして近衛士筆頭でもあるジャニスだ。
 連れて行く兵数は本艇の最大搭載人員数ぎりぎりの百五十人。
 数だけみれば少ない援軍だ。しかし三十九ヶ国中、もっとも狭い島国であるコウケイ国としてはこれが出せる精一杯の兵力であった。
 でも実力は折り紙つき。辺境にて揉まれた猛者揃いである。装備類も充実しており、みな枝垂の梅印の魔鋼によりあつらえた防具や武具を身にまとっている。

 ちなみに魔鋼とは魔素をふんだんに含んだ特殊な鋼材にて、これを用いて名工が鍛えた武具や防具は、装着者の魔力を高めたり、魔法の威力をあげたりする効果が得られるという優れ物である。
 すべての兵士の武装が魔鋼製で統一しているのは、大陸広しといえども、コウケイ国ぐらいであろう。

 兵たちの士気はかなり高い。
 というのも、これまでコウケイ国はその小国っぷりゆえに、物資の援助のみにて対星骸戦での派兵を免除されていた。
 貧弱な国力と中央との距離を考えれば、当然の判断である。
 しかしそのせいで兵たちは、実力があるのにもかかわらず、他国の者より弱卒とずっと侮られてきた歴史を持つ。
 この度は満を持しての参戦、兵たちは忸怩たる思いを払拭し、コウケイ国の武を世界中に知らしめようと意気軒昂である。

 そのためであろうか。
 飛空艇内には静かな熱とでもいうようなものが充ちている。
 枝垂はその熱から少し距離を置き、ひとり窓辺から遠ざかっていく島影を見つめていた。
 その腕の中には籠いっぱいの駄菓子がある。級友や他校生たちからの餞別だ。

「いいか枝垂、絶対に生きて帰って来いよ、死んだら承知しねえからな!」

 見送りに来てくれたクラスメイトたち。
 みんな泣きそうなのを必死にこらえていた。ちょいとしんみりしかけた雰囲気の中で、これを払拭するかのようにそう言ったのは、オオカミの獣人であるシモンであった。ワイルドな見た目に反して、義理人情に厚い僕の大切な友だち……
 初見時には年下なのにもかかわらずビビったのも、いまとなってはいい思い出である。

 この出陣にて、新米勇者たちが前線にまわされることはないと聞いている。
 中途半端な状態で戦線に立たせて死なせては、女神さまたちに頼んでわざわざ召喚した意味がないからだ。
 今回の相手は派生・破の獣型なので先輩勇者たちの戦いぶりを観て学び、星骸との実戦を肌で感じ、経験を積ませるのが目的とのこと。
 とはいえ何が起こるかわからないのが戦場だ。油断しないほうがいいだろう。

 その時のことであった。
 ふと視界の彼方にてチラつく陰影があらわれた。
 雲の波間を、まるで飛空艇に並走するように飛んでいたのはカーラスの群れである。
 一糸乱れぬ見事に統率された編隊飛行……先頭にて率いていたのは紫黒の雷姫であった。
 しばらく並走飛行をしてから、カーラスの群れは悠然と旋回しては、島へと帰っていく。
 どうやらわざわざ見送りにきてくれたらしい。
 義理堅いライバルに、枝垂はおもわずクスリと笑みを零す。

「クラスや島のみんなのためにも必ず星骸を倒して、生きて帰らなきゃ」

 自分自身に言い聞かせるように枝垂はつぶやいた。


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