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208 終焉を告げるラッパは鳴らされた
しおりを挟む世界屈指のグローバル企業「UME」の総帥・馬酔木一華(あせびいちか)は枝垂の種ちがいの妹である。
一華は兄や弟などに強い執着心を抱いたり、独占欲を持つブラザーコンプレックスの持ち主であった。
しかし一定の年齢になるまで、そのことをまるで自覚していなかった。
己が重度のブラザーコンプレックスであることを知ったのは、突如として同居することになった兄・枝垂の登場による。
枝垂は母と前夫との間にできた息子にて、一華とは異父兄となる。
母は前夫とまだ幼かった我が子を捨てて、いまの夫のもとへと走った。
いわゆる不倫だ。
これで前夫の性格等に問題があればまだ救いがあったのだけれども、事実はそうじゃない。
不逞を働いたのも、まるで後ろ足で砂をかけるようにして出て行ったのも、なにもかも放りだしたのもすべて母の方にて。
しかも残酷なる言葉の刃でもって前夫を散々に罵倒して捨てた。
相当にショックであったのであろう。前夫の心はこの時にいたく傷つき、数年後、ついに首をくくってしまう。
それを発見したのは、小学校から帰宅した枝垂であった。
母に捨てられ、父にも置いていかれた。
残された遺児の枝垂は父方の祖父のもとに引き取られる。
祖父は梅の木をこよなく愛するおおらかな人物にて、祖父との暮らしは傷ついた少年の心をおおいに癒す。
しかしそんな祖父も枝垂が中学二年生の頃に他界した。
ふたたびひとりとなった枝垂ではあったが、先行きはさほど不安ではなかった。
父や祖父が残してくれた遺産がけっこうあって、枝垂ひとり生きていくのには十分であったからだ。
とはいえ、まだ未成年なのでとりあえず施設にでも入って……
そんな枝垂の前に突如としてあらわれたのが、自分を捨てて、実父を裏切り死へと追いやった張本人である。
母は涙ながらにこれまでの不義理を詫びて、「いっしょに住もう」と言った。
が――それは枝垂の手にした遺産目当ての芝居であった。
かくして化かしあいの仮面家族ごっこが始まる。
欲得づく、ウソで塗り固めた家庭は、傍目には幸せ一家のように映っていたが、内部にて渦巻く感情は、まるでドブ川の汚泥のごとし。
けれども、そんな中にあって予想外な出来事が起きた。
それが一華から枝垂への、妹から兄への恋慕である。
本来であれば表に出ることのなかった一華の性癖が、降って湧いた枝垂との暮らしによって、いっきに開花してしまったのだ。
一華はそうそうに両親を見限り、兄の側についた。
彼女にとっては兄の枝垂こそが第一にて、それ以外はどうでもよかった。
だというのに、そんな兄が忽然と消息を断った。
白昼の高校から煙か霞のごとく、いきなり消え失せたのである。
一華は死に物狂いで兄を探した。
だが見つからない、見つけられない。
ならばと一華は兄の遺産を元手にして資産運用をし、持ち前の才覚によりたちまち巨万の富を築くと、今度はそれを使って兄の行方を追うかたわら世界屈指のグローバル企業「UME」をも創設する。
兄に対する妄執を原動力にして妹は突き進む。
急成長を遂げた「UME」はさして時間をかけることなく、ありとあらゆる業界に触手をのばし、政財界に多大な影響力を持つようになった。
そうして躍進しているうちにも一華はあらゆるアプローチでもって、消えた兄の行方を探し続ける。
そしてついに、兄の失踪にはとある存在が関わっていることに気がついた。
☆
ひとりの女の一途な狂気にて世界は踊る。
情報をばらまき、資金を投入し、国をも欺き、人心を惑わし、世界中を巻き込み渾沌へと誘う。
すべては一華の手の平の上であった。
目的はもちろん神の手によって攫われた兄の奪還である。
神隠し、その裏にいるであろう存在――便宜上、神と呼称している。
自分の大切な人を奪った神なる存在を、一華は敵と定めた。
だが相手は超常の存在である。ただの人の身では接触するのもままならぬ。
そこで一華は、ただの人の身でもできる方法にて、神なる存在を自分の前に引きずり出すことに決めた。
あり余る財や権力を用いて、仕掛けたのはメルトダウンである。
世界中の原発が一斉に暴走を開始する。
それにともない、ありとあらゆる通信チャンネルを通じて、世界中に配信されたのは、一華による犯行声明である。
『さぁ、神よ……選びなさい。私の願いを叶えるか、それとも人類を見殺しにして世界を滅ぼすのかを』
一華は神の喉元へと刃を突きつけた。
だがしかし、神は沈黙したままで応じず。
そこで一華は「どうやらまだ私を侮っているみたいね。なら……」と手始めに、五大陸にてそれぞれ一つずつ原発を爆発させた。
まさか本当にやるとはおもわなかった! 炉心溶融をおこし、原発の建屋の屋根が吹き飛び、もうもうと煙をあげる映像が配信されて、世界中が戦慄する。
でも一華は止まらない。
「さぁ、世界の終焉を告げるラッパは鳴らされた。以後、十分おきにランダムで各地の原発をメルトダウンさせていきます。
さて神とやら、はやくしないと手遅れになりかねませんよ」
世界で稼働中の原子力発電所は四百基以上ある。
いまさらながらに自分たちが、危険な檻の中で暮らしていることに世界中の人々が気がついた。滅びはすぐそばに……
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