上 下
199 / 242

199 地下道の罠

しおりを挟む
 
 シュウシュウと噴き出す蒸気、巨大な禍獣の鼻息のような音を立てるのは排熱口だ。
 そこかしこより立ち昇る白煙が、薄もやとなり通路に垂れ込めては見通しが悪い。
 いろんな雑臭が混じりあっては独特の臭気となり、ファクトリー内にて淀んでは居座り続けている。
 ときおり吹く風はぬるく、それらを押しやるにはあまりに非力にて、ただ半端に攪拌するばかり。それが頬や鼻先を撫でてくるもので、枝垂はたまらず顔を伏せた。
 足下の水溜まりは虹色に揺らめいている。表面に油が浮いているせいだ。
 その水に足をつけるのがなんとなく躊躇われる。だから枝垂は水溜まりを避けて進んだ。

 袋小路の奥の床に、四角い洞がぽっかりと開いていた――地下への入り口である。
 ここまでくる途中に二度ほど、警邏中の敵部隊と遭遇するも、発見がはやくて、身を隠してやり過ごすことができた。
 地下へとのびているのは鉄製の階段にて、進むほどにカンカンと耳障りな音がする。
 これで下りた先も迷宮のように入り組んでいたら、たちまちやる気を失うところであったが、さいわいなことにそうはなっていなかった。

 地上よりもよほど空気がひんやり澄んでいる。
 常夜灯程度ではあるが明かりもあって、どちらかといえばキレイな部類に入る場所であろう。
 五回ほど角を右へ左へと曲がった先にあったのは、奥へと真っ直ぐにのびた通路だ。
 その突き当りの壁に二つ目の落陽水晶体はあった。
 まるで乾電池のようにはめ込まれている。
 用心して隊員のうちのひとりが先行するも、とくに罠などはない。
 安全が確認されたところで、さっそく回収作業に入る。

 隊員がふたりがかりにて壁から落陽水晶体をはずし、枝垂の「梅蔵」へと放り込もうとする。
 だがしかし――

 ガッコン。

 さっきまで落陽水晶体がはまっていた辺りから奇妙な音がした。
 なんとなく不穏な音にて、「すわ、罠か!」と一同は警戒する。
 けれども何もあらわれないし、槍も突き出てこなければ、矢や魔法が飛んでくることもない。
 その代わりといってはなんだが、かすかに聞こえてくるのは異音ばかり。

 ウィーン、カシャン、カタカタカタ、シャキン、キリキリキリキリ、カチン、ギュイーン……

「何の音だ?」
「足下から聞こえてこないか?」
「いや、おれは壁の方からしている気がするが……」
「天井からも鳴ってるような」

 ようは地下道内のそこかしこから、音がしているということである。
 微弱ながらも地響きも続いている。
 心なしか周囲の空気も重くなったよう気がしなくもない。
 だが、とくに何が起きるでなし。
 一同は首を傾げるばかりであったが、いつまでもこうしていてもしょうがない。

「もうここに用はないわ。時間も押していることですし、次へ向かいま――」

 エレン姫が不自然なところで言葉を切った。
 その目が大きく見開かれている。彼女が見つめていたのは、天井と壁との接合部分である。
 釣られてみなの視線もそこに注がれ、どうしてエレン姫が急に固まったのか、その意味を知った。
 両側の壁が動いていた。
 夕闇のごとき陰影の中、少しずつではあるが、内へ内へと迫ってきている。
 壁に挟まれたが最後、ぺちゃんこだ。
 どうやら落陽水晶体をはずすと同時に作動する仕掛けになっていたらしい。

 グズグズしてはいられない。
 コウケイ国一行は脱出するため駆け出した。
 けれども一つ目の角を曲がったところで、集団の先頭を走っていたジャニスが「わっ!」と驚きの声をあげ「気をつけろ、落とし穴があるぞ」
 来るときにはあったはずの床がごっそり失せていた。

 ジャニスは寸前で異変に気がつき、すかさず跳んだ。
 黒ヒョウの女剣士は華麗に宙を舞い、向こう側に着地したところで、すかさず仲間たちに注意を促す。
 そのおかげで、エレン姫をはじめとして隊員らは易々と落とし穴の罠をクリアしていく。赤べこのフセも寸胴短足な見た目に反してぴょんと軽やかに跳び、枝垂は飛梅さんに小脇に抱えられて穴を飛び越えた。

 そうしている間にも壁は迫っており、通路がどんどんと狭まっている。
 一行はさらに先を急ぐ。
 落とし穴はもうひとつあったが、迫る壁を蹴って足場とし三角飛びの要領にてジャニスは難なくクリア。続くみなもそれに倣う。
 左へ右へと曲がり、通路を駆け抜け、いよいよ地上へと通じる鉄階段が見えてきた。
 あとはあれをいっきに駆けあがるのみ。
 という段になって、急に天が落ちてきた。
 いや、より正しくは天井がガコンと降ってきたのである。
 壁のようなゆっくりした動きでなくて、まるでこちらをいっきに押しつぶさんばかりの勢いにて。

 けっして油断していたわけではない。だが、無意識のうちに壁や床にばかり注意を向けており、天井の方がおろそかになっていたらしい。
 ゴール直前に仕掛けられた悪辣な吊り天井の罠!
 もはや万事休す、全員がそろって押しつぶされるかとおもわれた。
 でも、そうはならなかった。

 落ちてくる天井をガッシと支えた者がいる。
 飛梅さんであった。
 木偶人形は自身をつっかえ棒として、ギリギリのところで持ちこたえていた。
 とはいえ、とっさのことにて、枝垂を小脇に抱えていたこともあって、反応が遅れた。
 十分に踏ん張れる体勢をとることができずに、天井に押される形で片膝をついている。
 このままではあまり長くもたない。
 だからアゴをクイクイっと動かし「先へ行け」とみなを急き立てる飛梅さんだが、このままでは彼女が逃げられない。

 仲間を犠牲にして自分たちだけが助かる?

「そんなのはダメだ! 断じて認められないっ!」

 枝垂は床へと向けて種ピストルを数発放つなり、放った種へと向けて右手をかざした。
 手の甲にある六芒星の紋章が輝き、中央の梅の字がより鮮明に浮かび上がったところで、星のチカラを発動する。
 たちまち種が芽吹いて、にょきにょきと梅の木が生えてきた。
 じつは梅の木、華奢に見えてけっこう固い。木材としてはかなり頑強にて、樫の木に準ずる実力の持ち主。
 育った成木らに代わりをしてもらい飛梅さんを解放したところで、コウケイ国一行は地下道を脱した。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー

紫電のチュウニー
ファンタジー
 第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)  転生前も、転生後も 俺は不幸だった。  生まれる前は弱視。  生まれ変わり後は盲目。  そんな人生をメルザは救ってくれた。  あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。  あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。  苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。  オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜

白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。 光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。 目を開いてみればそこは異世界だった! 魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。 あれ?武器作りって楽しいんじゃない? 武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。 なろうでも掲載中です。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

異世界勇者~それぞれの物語~

野うさぎ
ファンタジー
 この作品は、異世界勇者~左目に隠された不思議な力は~の番外編です。 ※この小説はカクヨム、なろう、エブリスタ、野いちご、ベリーズカフェ、魔法のアイランドでも投稿しています。  ライブドアブログや、はてなブログにも掲載しています。

処理中です...