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199 地下道の罠
しおりを挟むシュウシュウと噴き出す蒸気、巨大な禍獣の鼻息のような音を立てるのは排熱口だ。
そこかしこより立ち昇る白煙が、薄もやとなり通路に垂れ込めては見通しが悪い。
いろんな雑臭が混じりあっては独特の臭気となり、ファクトリー内にて淀んでは居座り続けている。
ときおり吹く風はぬるく、それらを押しやるにはあまりに非力にて、ただ半端に攪拌するばかり。それが頬や鼻先を撫でてくるもので、枝垂はたまらず顔を伏せた。
足下の水溜まりは虹色に揺らめいている。表面に油が浮いているせいだ。
その水に足をつけるのがなんとなく躊躇われる。だから枝垂は水溜まりを避けて進んだ。
袋小路の奥の床に、四角い洞がぽっかりと開いていた――地下への入り口である。
ここまでくる途中に二度ほど、警邏中の敵部隊と遭遇するも、発見がはやくて、身を隠してやり過ごすことができた。
地下へとのびているのは鉄製の階段にて、進むほどにカンカンと耳障りな音がする。
これで下りた先も迷宮のように入り組んでいたら、たちまちやる気を失うところであったが、さいわいなことにそうはなっていなかった。
地上よりもよほど空気がひんやり澄んでいる。
常夜灯程度ではあるが明かりもあって、どちらかといえばキレイな部類に入る場所であろう。
五回ほど角を右へ左へと曲がった先にあったのは、奥へと真っ直ぐにのびた通路だ。
その突き当りの壁に二つ目の落陽水晶体はあった。
まるで乾電池のようにはめ込まれている。
用心して隊員のうちのひとりが先行するも、とくに罠などはない。
安全が確認されたところで、さっそく回収作業に入る。
隊員がふたりがかりにて壁から落陽水晶体をはずし、枝垂の「梅蔵」へと放り込もうとする。
だがしかし――
ガッコン。
さっきまで落陽水晶体がはまっていた辺りから奇妙な音がした。
なんとなく不穏な音にて、「すわ、罠か!」と一同は警戒する。
けれども何もあらわれないし、槍も突き出てこなければ、矢や魔法が飛んでくることもない。
その代わりといってはなんだが、かすかに聞こえてくるのは異音ばかり。
ウィーン、カシャン、カタカタカタ、シャキン、キリキリキリキリ、カチン、ギュイーン……
「何の音だ?」
「足下から聞こえてこないか?」
「いや、おれは壁の方からしている気がするが……」
「天井からも鳴ってるような」
ようは地下道内のそこかしこから、音がしているということである。
微弱ながらも地響きも続いている。
心なしか周囲の空気も重くなったよう気がしなくもない。
だが、とくに何が起きるでなし。
一同は首を傾げるばかりであったが、いつまでもこうしていてもしょうがない。
「もうここに用はないわ。時間も押していることですし、次へ向かいま――」
エレン姫が不自然なところで言葉を切った。
その目が大きく見開かれている。彼女が見つめていたのは、天井と壁との接合部分である。
釣られてみなの視線もそこに注がれ、どうしてエレン姫が急に固まったのか、その意味を知った。
両側の壁が動いていた。
夕闇のごとき陰影の中、少しずつではあるが、内へ内へと迫ってきている。
壁に挟まれたが最後、ぺちゃんこだ。
どうやら落陽水晶体をはずすと同時に作動する仕掛けになっていたらしい。
グズグズしてはいられない。
コウケイ国一行は脱出するため駆け出した。
けれども一つ目の角を曲がったところで、集団の先頭を走っていたジャニスが「わっ!」と驚きの声をあげ「気をつけろ、落とし穴があるぞ」
来るときにはあったはずの床がごっそり失せていた。
ジャニスは寸前で異変に気がつき、すかさず跳んだ。
黒ヒョウの女剣士は華麗に宙を舞い、向こう側に着地したところで、すかさず仲間たちに注意を促す。
そのおかげで、エレン姫をはじめとして隊員らは易々と落とし穴の罠をクリアしていく。赤べこのフセも寸胴短足な見た目に反してぴょんと軽やかに跳び、枝垂は飛梅さんに小脇に抱えられて穴を飛び越えた。
そうしている間にも壁は迫っており、通路がどんどんと狭まっている。
一行はさらに先を急ぐ。
落とし穴はもうひとつあったが、迫る壁を蹴って足場とし三角飛びの要領にてジャニスは難なくクリア。続くみなもそれに倣う。
左へ右へと曲がり、通路を駆け抜け、いよいよ地上へと通じる鉄階段が見えてきた。
あとはあれをいっきに駆けあがるのみ。
という段になって、急に天が落ちてきた。
いや、より正しくは天井がガコンと降ってきたのである。
壁のようなゆっくりした動きでなくて、まるでこちらをいっきに押しつぶさんばかりの勢いにて。
けっして油断していたわけではない。だが、無意識のうちに壁や床にばかり注意を向けており、天井の方がおろそかになっていたらしい。
ゴール直前に仕掛けられた悪辣な吊り天井の罠!
もはや万事休す、全員がそろって押しつぶされるかとおもわれた。
でも、そうはならなかった。
落ちてくる天井をガッシと支えた者がいる。
飛梅さんであった。
木偶人形は自身をつっかえ棒として、ギリギリのところで持ちこたえていた。
とはいえ、とっさのことにて、枝垂を小脇に抱えていたこともあって、反応が遅れた。
十分に踏ん張れる体勢をとることができずに、天井に押される形で片膝をついている。
このままではあまり長くもたない。
だからアゴをクイクイっと動かし「先へ行け」とみなを急き立てる飛梅さんだが、このままでは彼女が逃げられない。
仲間を犠牲にして自分たちだけが助かる?
「そんなのはダメだ! 断じて認められないっ!」
枝垂は床へと向けて種ピストルを数発放つなり、放った種へと向けて右手をかざした。
手の甲にある六芒星の紋章が輝き、中央の梅の字がより鮮明に浮かび上がったところで、星のチカラを発動する。
たちまち種が芽吹いて、にょきにょきと梅の木が生えてきた。
じつは梅の木、華奢に見えてけっこう固い。木材としてはかなり頑強にて、樫の木に準ずる実力の持ち主。
育った成木らに代わりをしてもらい飛梅さんを解放したところで、コウケイ国一行は地下道を脱した。
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