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198 工場迷路

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 一つ目の落陽水晶体は難なく回収できた。大きさは六段のカラーボックスほど。あんまりにも簡単すぎてひょうし抜けしたほどである。
 回収した品は枝垂の亜空間収納の「梅蔵」に放り込んでおく。
 南部の丘陵地帯のファクトリーへと潜入している精鋭部隊にも、闇魔法の遣い手が同行しており、あわよくば持ち帰ろうとしているあたり、あちらもちゃっかりしている。
 でも、探索が順調だったのはここまで、二つ目はうまくいかなかった。

「おかしいわね。この辺りのはずなんだけど……」

 地図を返すがえす眺めては、エレン姫は首を傾げた。
 隊員をふたりばかり連れて周辺の警戒にあたっていたジャニスも、戻ってくるなり「妙ですね。地図にない路地が散見しています」と報告する。
 どうやら恐れていたことが起きたようだ。
 ファクトリー内部の構造が変化している。
 拡張? もしくはダンジョン化しているのかは不明だが、これではもう地図をあてにはできない。ここから先は自力で探すしかない。

「……しょうがありませんね。できれば不測の事態に備えて、魔力を温存しておきたかったのですが」

 広大かつ複雑に入り組んだファクトリー内を、闇雲に探していては埒があかない。
 そこでエレン姫は光と風の二属性魔法を発動した。
 左手に光の玉が、右手に風の玉が浮かび、これを胸の前で祈るように合わせることにより頭上に出現したのは、半透明の精霊のような存在である。
 複合魔法により産み出された、広域探査用の疑似精霊ウィルフス。
 かつてイーヤル国の南部にある城塞都市ヴァストポリを占拠した、赤霧・残土穢の女王と対峙したときに使用したことがあった。空飛ぶ疑似精霊を放ち、視覚を共有することにより遠隔地の情報を知ることができる。

 ただし、今回のは前回のよりもふた回りほど小ぶりにて、かつ数が一体から三体へと増えていた。
 ジャニスが日々武芸の研鑽に励んでいる一方で、飛空艇ヒノハカマの建造にばかりかまけているとおもわれたエレン姫だが、じつは裏ではきちんと魔法の鍛錬と開発もしていたようである。

「お願い、奥の様子を見てきて」

 命じられるなり、疑似精霊たちがふわりと飛んでは、三方へ散った。
 こうなるとエレン姫は精霊たちの操作に集中することになり、一歩も動けなくなる。
 枝垂たちはそんな彼女を警護しつつ、静かにこれを見守る。

 ……
 …………
 ………………

 おもいのほか時間がかかっているのは、ファクトリー内部がそれだけややこしいせいであろう。
 ギュッと固く目を閉じているエレン姫、その額に珠の汗が浮かぶ。
 目元に垂れる前に、さっとハンカチで拭ったのはジャニスだ。姫様付の近衛士の黒ヒョウ姉さんが、甲斐甲斐しく世話を焼くのを横目に、他のメンバーたちは周囲に目を光らせ、耳を澄まし、わずかな異変も見逃すまいと注意する。

 ほどなくして、エレン姫がカッと目を見開いては「ぷはぁ」と大きく息を吐いた。

「はぁ、はぁ、はぁ……あぁ、キツイ。くらくらして目が回りそう。でも苦労したかいはあったわ。見つけた。でも西北の方のがやっかいかも。それにちょっと気になるものも……」

 落陽水晶体、ひとつは西南の方角を進んだ先の地下道の奥にある。
 もうひとつは西北の方角は資材置き場のようなところにある。いくつもの瓦礫の山があって、それらがおそらくは鬼胡桃たちの素材なのだろう。
 問題は、そこでは多数の鬼胡桃たちが運搬作業に従事しており、頻繁に出入りしているということ。
 地下道の方はともかく、資材置き場の方での隠密行動はまず不可能にて、戦闘が勃発することはほぼ確実。
 そしてこれらとは別にエレン姫が気になるといったのは、資材置き場へと通じているベルトコンベアをさかのぼっていった先であった。

 ひどく空気が淀み、明かりひとつない漆黒の部屋。
 竪穴のような円筒状の空間にて、そこの天井に開いた不気味な穴から、産廃物やら汚染物質がボタボタと垂れ落ちているという。まるで世界の掃き溜めような場所なのだとか。

 不気味な穴があると聞いて、枝垂の顔が曇った。
 どうやら悪い予感が的中してしまったらしい。
 その穴こそが地球とギガラニカを繋ぐ搬入ラインなのであろう。
 落陽水晶体を確保することで、その穴も活動を停止してくれたらいいのだけれども。

 エレン姫の回復を待ってから、コウケイ国一行は西南にある地下道へと向かう。
 道順はエレン姫がしっかり記憶しているから、迷うことはない。
 あれこれ心配事は尽きないものの、まずは二つ目を手に入れなければ……


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