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189 疑惑の摂政

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 ゲンウッドは辺境の小国にて、南部域でも取り立てて目立つ存在ではなかった。
 そんな国が立て続けに凶事に見舞われたのは、いまから六年ほど前のことである。
 王太子夫妻が子宝に恵まれ、そろそろ譲位の儀を執り行おうか……というタイミングで王族が相次いで亡くなった。

 王太子一家が乗った馬車の車列が領内視察中のこと、峠道を通りかかったおりに、狂暴な禍獣と遭遇し混乱のさなか、馬車ごと谷底に落ちてしまった。一粒種の赤子は夫妻が身を呈して守ったことで無事であったが、ふたりは帰らぬ人となる。

 突然の訃報に、たいそうショックを受けた王妃は倒れてそれきりとなる。もともと心臓に不調を抱えていたのが、これによりいっきに悪化したせいであった。

 妻と息子夫婦を相次いで亡くしたものの、王は悲しみに溺れることなく毅然とした態度を崩さなかった。
 が、無理をしたのがかえってよくなかったらしい。
 次第に心身のバランスがおかしくなり、書類にて同じミスを繰り返したり、ひとりぼんやりとしていることが多くなった。心神喪失によるウツ状態にて、「これ以上、無理をさせたら……」とドクターストップがかかる。

 国のトップが不在となり、後継者も定まっていない。血統だけならば王太子夫妻の遺児なのだけれども、まだ赤子である。
 せめて王が健在のうちに後継者を指名しておけばよかったのだが、よもや自身がこうなるとはおもわなかったのだろう。
 なまじ「自分ががんばらねば」と責任感が強かったのが仇となった。

 この事態にざわついたのが、残された王族たちである。
 第二王子や、第三王子、第一王女、第二王女らおよび、各々の派閥の目の色が変わった。
 神輿にかつがれた当人らが、どれぐらい本気であったのかはわからない。
 けれども、手をのばせばすぐにでも手が届きそうなところに王座がある。
 ずっとスペア扱い、あるいは一生日陰者の冷や飯喰らいだとおもっていたところに、降って湧いたのがこのチャンス。
 国王という蠱惑には抗えず。野心がむくりとかま首をもたげる。
 もしくは焦りもあった。他の兄姉たちが我先にと動き出すのを黙っては見ていられなかったのだ。
 それに一度権力闘争が勃発した以上は、どう転んでもタダではすまない。
 よくて閑職か、国政の中心から遠ざけられての飼い殺し。
 最悪、粛清という末路も十分にありうる。
 こと権力の座が絡むとキレイごとでは済まされないのは、大国も小国もかわらない。

 誹謗中傷合戦にはじまり、互いの陣営の切り崩し、支援者集め、宮中には策謀や陰謀が渦巻き、ついには武力衝突や、暗殺騒ぎなども起きた。
 結果、生き残ったのは第三王子の陣営であった。
 最後は凶行に走る。みずからの剣で兄のみならず病床に伏せっている父親をも弑逆するという暴挙に及ぶ。
 だが、そんな第三王子も王座につくことは適わなかった。

 抗う敵勢をすべて駆逐して、やれやれ……
 いざ王座へと続く階段をのぼり始めたところで、横合いから疾駆してきたのはひと筋の銀閃である。見事な抜刀による一閃にてその首が刎ねられた。
 殺ったのは此度の血みどろの抗争からは遠ざかり、ずっと距離を置いていた第三王女ゼニーゲバルト・ウル・ゲンウッドであった。
 それが許されていたのは、ゼニーゲバルトの母親のもとの身分が城勤めのメイドであったから。
 いわゆる庶子というやつである。
 王族の末端としては認められているものの、後継者としての資格はなし。
 優秀らしいとのウワサはあれども、それを鼻にかけることもなく身の程をわきまえており、当人には野心の欠片もなく。
 ずっと従順にて後見する派閥もなかったことから、他陣営からははなからいないものと無視されていたがゆえに、お目こぼしされていた。あるいはあとでこき使おうという腹積もりだったのかもしれない。

 そんなゼニーゲバルトが突如として牙をむいた。
 彼女は血塗れの第三王子の首をむんずと掴み掲げると、声高に叫ぶ。

「この者は自分の兄や姉に妹ばかりか、父王をも手にかけた。
 だがそれはべつにかまわない。王座を巡るいざこざなんぞは、大なり小なりどこでもある話だからだ。もしもそれだけであれば、私も目をつむっていただろう。
 だが、どうしても許せんことがある。
 それはこの愚か者が、此度の争いに他国の手の者を招き入れたからだ。
 おだてられるままに、ろくに考えもせずに甘言に乗った。
 それがどれだけ自国を窮地に立たすことか! どれだけ民を危険に晒すことか!
 簒奪者であれ、やることさえやれるのならば文句は云わん。
 しかし、これは、これだけは絶対にダメだ。売国の徒だけは断じて許容できない」

 第三王子の陣営の躍進、その台頭の裏には他国からの支援があった。
 もちろん善意からの話ではない。あとでどんな無理難題を吹っかけられることかわかったものじゃない。
 ゼニーゲバルトは返す刀にて、第三王子陣営の主だった者たちを容赦なく断罪していく。
 それを可能としたのは彼女の支援者たちのおかげだ。
 彼女は王族や上位貴族らが、イス取りゲームに夢中になっている裏で、粛々と通常業務を行い国家運営を下支えしていた。
 これにより志のある城勤めの文官や、身分が低いことを理由に不遇をかこつ下士官を中心とした層より厚い信任を得ていたのである。
 派閥ではない。ゼニーゲバルトであるのならばついていくと、多くの者たちが信じたがゆえの自立的な行動であった。

 なおもゼニーベバルトは止まらない。
 勢いのままに、しぶとく生き残っていた他陣営の有力者らをひねり潰していく。
 彼女はこれを機に国を蝕む膿(うみ)をすべて排除するつもりであったのだ。
 弱っていた他陣営に、それを止めるすべはなかった。

 かくして邪魔者をすべて排除したゼニーベバルトではあったが、彼女は王位にはつかず。
 摂政となり、幼君を守り支える道を選んだ。幼君が成長したあかつきには、これを王に擁立することを公言する。
 憂国の士は、忠烈の士でもあり、そしてとても有能でもあった。
 権力闘争によりすっかり疲弊していた国力を取り戻すために、租税回避地化を敢行し多額の資金を得る一方で、中央の五ヶ国へとすり寄り、そのうちのひとつであるムクラン帝国の寄り子となることで自国の防衛を確固とした。

 多くの者たちが、ゼニーベバルトを女傑と称える。
 でも裏で口さがない者たちは疑惑の摂政と呼ぶ。
 理由は一連の出来事を通じて、もっとも利を得たのが彼女だからだ。
 機を見るに敏(びん)、勇猛にして果断な行動に迷いなし。
 その様はまるで己が思い描いた筋書き通りに、ことを運んでいるように見えなくもない。
 幼君を胸に抱きかかえ聴衆に笑顔をみせるゼニーベバルト、はたしてその真相やいかに。


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