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 摂政とは――
 君主制国家において、君主がまだ幼い、あるいは病弱などの理由で満足に政務を執り行うことが難しい場合、もしくは玉座が空位の場合に君主に代わって政務を摂ること、またはその役職のことをいう。たいていは血縁者や配偶者などが就任する。

 ようは事実上の国のトップである。
 そんな女性が先触れもなく幼子を連れてあらわれたとおもったら、いきなり深々と頭をさげた。

「すまなかったぁぁぁあぁぁーっ! それからうちのもんが世話になった、助勢かたじけないっ」

 窓ガラスがビリビリ震えるほどの大音声にて、それこそ土下座でもせんばかりの勢いである。
 ゲンウッドの寄り親であるムクラン帝国から「コウケイ国一行の来訪理由や飛空艇のことなど、くれぐれも内密に頼む」と事前に申しつけられていたというのに、その約定は守られなかった。
 そのことに対する謝罪だ。
 にしても、あまりにもド直球な謝罪にて、これにはエレン姫をはじめとするコウケイ国一行はみな面食らった。

 蝶のように……というか優雅な蝶っぽい蟲人であるゼニーゲバルト・ウル・ゲンウッド、その御姿は特撮ヒーローものに登場する魅惑の悪の女幹部のよう。なんていうか、こう、全体のフォルムが妙にエロかっこいい。
 けれどもそんな見た目に反して謝り方は豪快で、体育会系のノリなのである。う~ん、ギャップがすごい。

 いきなりの突撃からの不意打ち。
 先にこうも声高に謝意を告げられてしまったことにより、エレン姫は遺憾の意を示すタイミングを完全に失った。機先を制せられた格好だ。
 ばかりか、摂政殿の連れの存在もクセモノであろう。
 ゼニーゲバルト自身がわざわざ抱いて連れていることからして、おそらくは彼女が後見している幼君のはず。
 たとえ挨拶程度とはいえ国同士のやりとり、外交の場において、あえて小さな子を連れてきたのは「後進の育成のため?」「彼女なりの誠意のあらわれ?」

 いいやちがう、そうじゃない。
 たぶんこれはすべて計算の内……
 小さな子の目があるところで激昂できる大人というのは、じつはあまりいない。
 無垢な瞳は、それ自体が示威となる。じーっと見つめられるとモジモジしちゃうし、涙目なんかされようものならば、とたんにオロオロする。ついつい意識してしまう。
 ましてや国の看板を担うような立場にある者ほど、体面を気にする。
 激情のままに振る舞うような輩は、はなから論外なのだ。そしてその程度の腹芸もできない者を他国に送り込んでいる時点で、その国もたかが知れているということになる。

「もう頭をあげてください。此度のことはやむをえないこと、どうぞお気になさらないでください」

 エレン姫はそう言うしかなかった。
 否、そう言うしかない状況へ追い込まれたといっても過言ではない。
 本来であれば救援に入ったことと、先の約定破りのことと合わせて、かなり有利な立場であったのにもかかわらず、軽く盤面をひっくり返された。
 外交の場における初戦は、こちらの完敗であった。

  ☆

 ゼニーゲバルト・ウル・ゲンウッドは、嵐のようにあらわれて嵐のように去っていった。
 残されたコウケイ国一行は、「ハァ」と嘆息する。

「すっかりしてやられた。ほとんど何もさせてもらえなかった。ゼニーゲバルト……噂以上のやり手だわ」

 客間のソファーに深々と腰かけ、エレン姫がケモミミと尻尾をへにょんとさせては、えらくしょげている。一方的にやり込められたことが、よほど堪えているらしい。
 とはいえ、さほどガッカリする必要はないと枝垂はおもっている。
 ゼニーゲバルトのアレは、おそらく年齢と経験からくるもの。
 才能や能力の優劣ではエレン姫はけっして負けちゃいない。
 そもそもの話として、まだ若い姫さんが外交の矢面に立たされていること自体が、異常なのである。
 本来であれば、その役目をになうはずの兄姉たちが揃いも揃って、困ったちゃんなのが問題なのだ。

 長兄ラジールは剣バカにて、国政の手伝いや王太子の立場をうっちゃっては、連合軍にみずから身を投じる猛進野郎。
 長姉リリンは魔法狂いにて、これまた国政の手伝いや第一王女という立場をうっちゃっては、魔道国家クランコスタの大学院に留学したきり、ちっとも帰ってきやしない。たまに頼りを寄越したとおもったら生活費の無心である。
 次姉ソアラは、末妹のエレン姫をして「傾国」と言わしめるほどの魔性の姫君にて、現在は近隣諸国を外遊中である。いちおうは親善大使の名目なのだが、その実体は超優良物件探しである。彼女は面白可笑しく贅沢に過ごすことを人生の目標に掲げており、これを公言している。

(あれ、コウケイ国の将来って、じつはけっこう危うい?)

 いまさらながらに前途多難な国家運営のことに枝垂が気がついたところで、ジャニスが気になることを口にした。

「さすがは『疑惑の摂政』といったところでしょうか。あの態度もおそらくは擬態でしょう。ひと筋縄ではいかぬようです」

 疑惑の摂政……なんというパワーワードであろうか。
 えっ、ということはまさか!


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