188 / 242
188 黒星
しおりを挟む摂政とは――
君主制国家において、君主がまだ幼い、あるいは病弱などの理由で満足に政務を執り行うことが難しい場合、もしくは玉座が空位の場合に君主に代わって政務を摂ること、またはその役職のことをいう。たいていは血縁者や配偶者などが就任する。
ようは事実上の国のトップである。
そんな女性が先触れもなく幼子を連れてあらわれたとおもったら、いきなり深々と頭をさげた。
「すまなかったぁぁぁあぁぁーっ! それからうちのもんが世話になった、助勢かたじけないっ」
窓ガラスがビリビリ震えるほどの大音声にて、それこそ土下座でもせんばかりの勢いである。
ゲンウッドの寄り親であるムクラン帝国から「コウケイ国一行の来訪理由や飛空艇のことなど、くれぐれも内密に頼む」と事前に申しつけられていたというのに、その約定は守られなかった。
そのことに対する謝罪だ。
にしても、あまりにもド直球な謝罪にて、これにはエレン姫をはじめとするコウケイ国一行はみな面食らった。
蝶のように……というか優雅な蝶っぽい蟲人であるゼニーゲバルト・ウル・ゲンウッド、その御姿は特撮ヒーローものに登場する魅惑の悪の女幹部のよう。なんていうか、こう、全体のフォルムが妙にエロかっこいい。
けれどもそんな見た目に反して謝り方は豪快で、体育会系のノリなのである。う~ん、ギャップがすごい。
いきなりの突撃からの不意打ち。
先にこうも声高に謝意を告げられてしまったことにより、エレン姫は遺憾の意を示すタイミングを完全に失った。機先を制せられた格好だ。
ばかりか、摂政殿の連れの存在もクセモノであろう。
ゼニーゲバルト自身がわざわざ抱いて連れていることからして、おそらくは彼女が後見している幼君のはず。
たとえ挨拶程度とはいえ国同士のやりとり、外交の場において、あえて小さな子を連れてきたのは「後進の育成のため?」「彼女なりの誠意のあらわれ?」
いいやちがう、そうじゃない。
たぶんこれはすべて計算の内……
小さな子の目があるところで激昂できる大人というのは、じつはあまりいない。
無垢な瞳は、それ自体が示威となる。じーっと見つめられるとモジモジしちゃうし、涙目なんかされようものならば、とたんにオロオロする。ついつい意識してしまう。
ましてや国の看板を担うような立場にある者ほど、体面を気にする。
激情のままに振る舞うような輩は、はなから論外なのだ。そしてその程度の腹芸もできない者を他国に送り込んでいる時点で、その国もたかが知れているということになる。
「もう頭をあげてください。此度のことはやむをえないこと、どうぞお気になさらないでください」
エレン姫はそう言うしかなかった。
否、そう言うしかない状況へ追い込まれたといっても過言ではない。
本来であれば救援に入ったことと、先の約定破りのことと合わせて、かなり有利な立場であったのにもかかわらず、軽く盤面をひっくり返された。
外交の場における初戦は、こちらの完敗であった。
☆
ゼニーゲバルト・ウル・ゲンウッドは、嵐のようにあらわれて嵐のように去っていった。
残されたコウケイ国一行は、「ハァ」と嘆息する。
「すっかりしてやられた。ほとんど何もさせてもらえなかった。ゼニーゲバルト……噂以上のやり手だわ」
客間のソファーに深々と腰かけ、エレン姫がケモミミと尻尾をへにょんとさせては、えらくしょげている。一方的にやり込められたことが、よほど堪えているらしい。
とはいえ、さほどガッカリする必要はないと枝垂はおもっている。
ゼニーゲバルトのアレは、おそらく年齢と経験からくるもの。
才能や能力の優劣ではエレン姫はけっして負けちゃいない。
そもそもの話として、まだ若い姫さんが外交の矢面に立たされていること自体が、異常なのである。
本来であれば、その役目をになうはずの兄姉たちが揃いも揃って、困ったちゃんなのが問題なのだ。
長兄ラジールは剣バカにて、国政の手伝いや王太子の立場をうっちゃっては、連合軍にみずから身を投じる猛進野郎。
長姉リリンは魔法狂いにて、これまた国政の手伝いや第一王女という立場をうっちゃっては、魔道国家クランコスタの大学院に留学したきり、ちっとも帰ってきやしない。たまに頼りを寄越したとおもったら生活費の無心である。
次姉ソアラは、末妹のエレン姫をして「傾国」と言わしめるほどの魔性の姫君にて、現在は近隣諸国を外遊中である。いちおうは親善大使の名目なのだが、その実体は超優良物件探しである。彼女は面白可笑しく贅沢に過ごすことを人生の目標に掲げており、これを公言している。
(あれ、コウケイ国の将来って、じつはけっこう危うい?)
いまさらながらに前途多難な国家運営のことに枝垂が気がついたところで、ジャニスが気になることを口にした。
「さすがは『疑惑の摂政』といったところでしょうか。あの態度もおそらくは擬態でしょう。ひと筋縄ではいかぬようです」
疑惑の摂政……なんというパワーワードであろうか。
えっ、ということはまさか!
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー
紫電のチュウニー
ファンタジー
第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)
転生前も、転生後も 俺は不幸だった。
生まれる前は弱視。
生まれ変わり後は盲目。
そんな人生をメルザは救ってくれた。
あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。
あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。
苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。
オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
修学旅行のはずが突然異世界に!?
中澤 亮
ファンタジー
高校2年生の才偽琉海(さいぎ るい)は修学旅行のため、学友たちと飛行機に乗っていた。
しかし、その飛行機は不運にも機体を損傷するほどの事故に巻き込まれてしまう。
修学旅行中の高校生たちを乗せた飛行機がとある海域で行方不明に!?
乗客たちはどこへ行ったのか?
主人公は森の中で一人の精霊と出会う。
主人公と精霊のエアリスが織りなす異世界譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる