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186 着ぐるみゾンビ
しおりを挟むゲンウッドの領内へと入ったとたんに待っていたのは紛争である。
これが隣国との境界争いとかであったのならば、ややこしいことになっていたのだけれども――
「旗はゲンウッドのモノです。相手方は目印となるものを掲げてはいません」
報告を受けて、エレン姫が少しだけ愁眉を開く。
国同士の争いとなると、下手にちょっかいを出したら双方からにらまれることになりかねない。外交問題にも発展しかねない。だから介入するにしても、慎重の上に慎重を期す必要がある。
だが、此度の争いはどうやらちがうらしい。
では、何勢がゲンウッドの軍勢と戦っているのかといえば……
「なにあれ? 着ぐるみかしらん」
枝垂は暴れている連中の姿に目を丸くする。
遊園地のマスコットキャラクターとか、ご当地ゆるキャラとかでおなじみの、着ぐるみが多数集っては、兵士たちを相手に戦っていた。
一説では日本全国で二千体以上も生息しているという、ゆるキャラたち。
雨後のタケノコのごとく新キャラが出現する一方で、人知れずフェードアウトしては、倉庫の片隅にて忘れられているモノもある。
企業のモノやらイベント限定のモノ、アニメにゲームから飛び出したモノや、スポーツチームに所属するモノ、いち店舗や個人製作のモノなどなど。
可愛い系からリアル系、クオリティ、人気や認知度はピンからキリまで。
じつに多岐にわたっており、世界中にも存在しているから、そのすべてを数えたらいったい何体あることやら。
そんな着ぐるみたちがトテトテ戦場を駆けている。
数は二百体ほど。なお一体のサイズは二メナレほどにて、さほど大きくはない。
これだけ聞けば、ちょっとコミカルな場面を想像するかもしれない。
だが、実態はかなり異なっている。
着ぐるみらしきモノらは、すべてボロボロ……どちらかといえば着ぐるみゾンビと呼ぶべき姿をしており、体表の色みもくすんでおり、裂けた箇所から綿らしきものが漏れており、全体的にくたっと萎れている。張りがなく空気がちょっと抜けた風船みたい。
そんな着ぐるみゾンビたちが「キシャーッ!」と兵士たちに踊りかかっては、血煙をあげていた。
「おい、枝垂、その着ぐるみとは何だ?」
ジャニスに訊ねられるままに、枝垂はかくかくしかじか。
しかし説明を聞いた黒ヒョウ女剣士の反応は微妙であった。
「それってつまり類人や蟲人らが、わざわざ獣人の剥いだ皮をかぶるようなものだろう? そんなことをしていったい何が楽しいんだ。意味がわからん。
というか、私としてはむしろ気味が悪いんだが……」
言ってることは正しい。
認識としてもおおむね間違ってはいない。
だが、ちとちがうような気がする。
枝垂はあらためて地球とギガラニカ、異文化交流の難しさを知った。
まぁ、それはさておき――
問題は眼下で繰り広げられている紛争である。
「発見した以上は、見過ごすわけにはいかないでしょう。ただちに戦闘体勢を整えなさい。準備が出来次第、ゲンウッド軍に加勢します」
エレン姫の決定により、飛空艇ヒノハカマは軍事介入に踏み切った。
☆
軍事介入はさして時間をかけることなく終了する。
まずゲンウッド軍にこちらがコウケイ国の使節団であることを、旗を掲げて知らしめてから、信号弾により援護する旨を伝えた。
信号弾は連合軍にて採用されており、三十九ヶ国共通にて、これを使えば簡単な意思の疎通は可能だ。
これを受けてゲンウッド軍は一度強い攻勢をかけてから、敵勢を押し戻してのちに、すみやかに後退する。
そのタイミングで飛空艇から地上へと向けて、砲撃と爆撃が行われた。
上空からの一方的な攻撃を受けて、着ぐるみゾンビたちは泡を食って逃げ出し、勝負あり!
飛空艇ヒノハカマが着陸するなり、駆け寄ってきたのはゲンウッド軍を率いていた将校である。
彼はエレン姫に助力の感謝を述べつつ、現状や敵勢についても言及する。
「じつは数日前に国内にて赤霧が発生し、あらわれたのがあの連中なのです」
赤霧――
その異形は赤い霧とともにやって来る。
この世のモノではない。
とはいえ妖やら怪異の類なんぞではなくて、これまた地球からのお漏らしである。
ようは星骸になり損ねた滓(かす)にて、赤い霧は光化学スモッグみたいなもの。
赤い霧は荒野に発生しやすいが、各地でもときおり出現しており、その際に霧の彼方よりあらわれるのが赤霧と呼ばれる異形である。
単体であらわれる時もあれば、群れでぞろぞろあらわれることもある。
いわば小型の星骸のようなモノにて、これがかなり強い。
防衛能力の高い中央ならばともかく、辺境では一夜にして都市が滅んだり、国すらもが存続を危ぶまれるほどの脅威となりうる。
識別名称・危胡桃(きぐるみ)と名づけられた赤霧が、現在国内の複数ヶ所にて猛威をふるっており、いまゲンウッドは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
くしくも地球の着ぐるみと同じ響きの名前を与えられたが、似ているのは見た目だけにて中身はまるで別物らしい。
なんでも、ある程度の衝撃を受けるとドカンと自爆しては、周囲に汚染物質の球を大量にまき散らすとのこと。
それすなわち歩くクレイモア地雷のようなもの!
もしも密集しているときに爆ぜたら、たちまち連鎖爆発が起きて、敵味方を巻き込む大惨事を招く。
そのせいで無闇に殲滅するわけにもいかず、攻めあぐねていたので本当に助かったと将校より礼を述べられた。
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