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183 氷絶VS飛空艇ヒノハカマ

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 北部域と南部域を分かつがごとく聳え立つ広大なアイントホルン山脈――氷絶を踏破するルートはふたつある。

 比較的入りが緩やかな――それでもほとんど這いつくばって登らねばならぬが――斜面を進み、上まで到達したところで今度は尾根沿いをしばし進んでから、反対側へと渡りガレ場(※石や岩が堆積していて、歩きにくい斜面のこと)を下る東側ルート。

 ほぼ垂直な崖にて、これをどうにか登りきったとおもったら、新たな壁が出現する。それを繰り返すこと三度、あげくに待つのは巨岩群で構成された天空のオベリスクである。
 一見の価値ありの威容だが、ぼんやり見惚れているとたちまち横合いから吹く突風の餌食に遭う。
 山を越えるには、オベリスクを迂回してさらに先に進まねばならないのだが、左側は進めない。岩質が固く岩肌がつるつるしているので、足場にできるところや掴めるところがないからだ。
 ならば右側を進むことになるのだが、こちらは年中氷の膜が岸壁に張りついている氷崖(ひょうがい)になっており、ところどころ岩質がもろくなっている箇所がある。
 でも見た目ではほとんど判断できず、うっかりそんな箇所に手をかけてしまったら……という西側ルート。

 空の上を飛び越えるのは、まだ誰も試したことのない第三のルートとなる。
 高性能を誇る飛空艇ヒノハカマであれば、余裕でひょいと飛び越えられそうにおもえたが、そうは甘くない。
 絶壁が総力をあげて立ち塞がった。

 山脈一帯の上空は気流が乱れており、この中を進むのは嵐で荒れ狂う海に漕ぎだすのと同義である。
 しかも良好であった視界は、天候の変化によりたちまち失われた。
 薄雲が出たとおもったら、あっという間に黒く濃くなり、稲光が走っては、飛空艇のブリッジを大粒の雨が大挙しての横殴り、激しく打ちつけてくる。

 かとおもえば、唐突に雨が止み、雲間から光が差す。
 雷雲から抜けられたのかと、ホッとしたのも束の間のこと。
 お次はドロドロに煮詰めた牛乳のごとき濃霧に包まれて、ぐんと気温がさがって氷点下になったとおもったら、バチバチと降ってきたの氷の粒たち――雹(ひょう)だ。

 飛空艇の船体は頑強にて、ブリッジおよび各部に使われているガラスも特殊強化が施されたものゆえに、びくともしない。
 とはいえ、船内にはガンガンともの凄い衝突音がずっと響いている。

 ドゴンッ!

 突如、大きな音がして船体が若干震えた。
 これまでよりもいっそう重たい衝突音だ。
 座席にて縮こまっている枝垂は、驚きいっそう身を小さくする。
 おそらくは突風にて舞い上げられた飛来物がぶつかったとおもわれる。

 すでにここは地上よりも遥か高所にて、天の活動限界領域が近いので、大気中の魔素の量がみるみる減っている。
 もしも通常の付与魔法にて強化しただけの飛空艇であれば、効果も半減しており、とっくに蜂の巣になって大破していることであろう。

  ☆

 第三のルートは空前絶後の悪路であった。
 けれども飛空艇ヒノハカマの赤い機体はものともせずに突き進む。

「エレン姫さま、観測官からの報告では山頂付近にて、西へと雪煙が大きく流れているとのこと。おそらくはかなりの轟風が吹いているとおもわれます」

 どうせ飛び越えるのならば天辺を獲ったれ!
 とばかりにアイントホルンの頂を目指していたのだが、なまじ接近すると最悪、山肌に叩きつけられ墜落する恐れがある。

「どうしますか?」

 艦長から指示をあおがれたエレン姫は、「かっこよく、颯爽と頂上を横切りたかったのだけど、そう甘くはいかないか……。いいでしょう、ならばここで未知の領域へと足を踏み入れましょう」と言った。

 いよいよ前人未踏の天の活動限界領域へ。

 これに艦長および乗務員一同はみなぶるりと武者震いをし、乗客であるジャニスや枝垂たちはゴクリと唾を呑み込んだ。
 ヒノハカマはやや機首を持ち上げ、山越えのルートよりさらに高高度へと進路をとった。


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