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179 一華の野望(国内版)
しおりを挟む馬酔木一華(あせびいちか)は、柳川枝垂の種違いの妹である。
苗字が違うのは、枝垂がギガラニカにて、すでに故人である実父方の姓を名乗っていたからだ。
ドロドロした諸事情により、枝垂と義父と実母の関係は最悪であった。
が、表向きは仮面家族を演じて平穏を装っていた。
義父と実母が良き両親を演じていたのは、いずれは息子が相続するはずの遺産目当てである。せいぜい手なずけて甘い汁を吸おうという魂胆。
一方で枝垂が従順なフリをしていたのは、法的に自由がきく大人になるのを待っていたからだ。枝垂は牙と爪を研ぎ、虎視眈々と復讐の刻を待つ。
しかし聡い妹は、そんな歪な家族の関係にすぐに気がつき、あろうことか兄の側についた。
理由は、一華が重度を通りこして、病的なまでのブラコン気質であったからである。
そんな一華の中での優先順位はというと――
兄>>>>>>>>>>>>……両親>ゾウリムシ
となっており、兄に付き従うのは彼女にとっては自明の理であった。
兄との禁断の恋を夢見ては、ただれた未来を妄想する妹。
けれども、ある日、突然に枝垂が消えたことにより、その夢は無惨に打ち砕かれる。
当初、一華は真っ先に自分の両親を疑った。
「あのくされ外道ども、ついに我慢しきれずに殺りやがったな!」
と激昂した。
が――少し冷静になってみると、おかしなことに気がつく。
枝垂は高校二年生である。あと少しで十八だ。それを目前にしたいまのタイミングでことを起こす意味がない。警察だってバカじゃない。真っ先に疑われる。
両親はどうしようもないクズだが、少なくとも「待て」と「おあずけ」が出来る駄犬程度には知恵がある。
それに枝垂が消えた状況も不可解であった。
白昼の校内から忽然と消える。
まるで神隠しにでもあったかのようにて、しばらくはワイドショーを賑わせ、世間の耳目も集めた。
もっともそれも、すぐに世間から飽きられ忘れられてしまった。
お笑い芸人が不倫スキャンダルを起こして、世間の注目がすっかりそちらに移ってしまったのである。
毎度毎度のことならば、人心のなんと薄情なことか……
☆
「ふふふ、もっともあの時の芸人は、いまごろどこぞで野垂れ死んでいるでしょうけどね」
摩天楼の最上階の自室にて、窓辺より遠い下界を見下ろしながら、一華は口の端をちょっと歪めた。
枝垂がいなくなってから、そろそろ十五年の歳月が経とうとしている。
兄の残した遺産をもとに、もちまえの才覚にてあれよあれよという間に巨万の富を築いた一華は、そのありあまる資産を使って、いまも兄の行方を追っていた。
そのために数多の探偵事務所を吸収合併し、ホワイト&ブラックハッカーどもを雇い入れ、独自の情報機関をも立ち上げた。情報分析のために、自社ビルのうちのひとつの地下深くにはスーパーコンピューターをも所有しているのは、秘密だ。
彗星のごとくあらわれ、瞬く間にすべてを圧倒し掌握、国家を守る公安すらも凌駕するナゾの組織「UME」
表も裏もおかまいなし。あらゆる情報を漁るがゆえに、トップに君臨する一華のもとには、ありとあらゆる情報が集積されていく。
それがまた新たな富と権力を呼び込む。
ちなみに巷ではいろいろと憶測を読んでいる組織名の「UME」のユー・エム・イーは、正しくは「ウメ」と読む。
もちろん兄の枝垂を想っての命名である。
なお、先の話に出てきたお笑い芸人だが、不倫スキャンダルによる世間の逆風を、持ち前のユーモアと機転にて切り抜け、「さすが」と逆に株をあげた。
けれども、ほどなくして芸能界から干されて、ポイっされた。
裏から一華が手をまわしたのだ。
べつに放っておいても良かったのだが、あれがなければ兄の失踪の件は、もう少し進捗があったかもしれない。そう考えると、どうにも腹の虫がおさまらなかったのである。
だから、ぷちりと潰してやった。
ありとあらゆるところに食指をのばしては、「UME」はあらゆる分野にて影響力を強めていく。
国内に敵なしとなった一華は、すでに国外へと目を向けていた。
じつは、その圧倒的調査能力により、兄の失踪と似たようなケースが、昔からときおり起こっていたことを突き止めていたのである。
ふつうであれば、神隠しなんぞは一笑にふす。
しかし一華はふつうではなかった。
「待っててね、お兄ちゃん。必ず迎えに行くから」
一華は高層階からの夜景にはさして興味を示さず、スマートフォンを手に取り、兄とのツーショット写真をうっとり眺めている。
そんな一華の首元にはルビーのネックレスがあった。大きなティアドロップの形をした真紅の宝石が妖しく煌めく……
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