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161 天地海

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 我が子たちをぶつ斬りにされ、お母さんブチ切れ
 長い巨体を暴走特急と化し、アナゴサーンがもの凄い勢いにて突っ込んできた。
 ほとんど逃げ場のない通路内でのこと、慌てて回避行動をとる調査隊の者たち。
 そんな中にあって迫る敵に敢然と立ち塞がったのは、飛梅さんだ。

 さりとてみんなが臆病で、彼女ひとりが勇敢だったわけではない。
 そうせざるをえない理由があったのだ。
 なにせ等身大の木偶人形はなにげにデカい。それにカラダがカチンコチン、固い木製ゆえに、ヒトの身のようにとっさに柔軟な対応はとれない。
 大きく息を吐いてお腹を引っ込めたり、べちゃあとたいらに寝そべったり、身を小さくすぼめたりなどの動作はちょっと苦手だったりする。
 同じような硬質な外殻を持つ蟲人らは、じつはあれで中が空洞だったり、内側がぶよぶよしていたりするもので、見た目よりもずっと状況の変化に対応できるのだ。

 飛梅さんは強い。
 その拳は空を裂き、蹴りは大地を割る武闘派だ。
 これまでに数々の激戦を制し、強敵たちを撃破してきた。
 だからきっと自信もあったのであろう。
 だがしかし、運にちょっぴり見放されてしまう。
 よもや、たまさか踏ん張ったところに、アナゴサーンの稚魚たちがまき散らしたヌメヌメの粘液の残りがこびりついていようとは――

 突進の勢いのままに飛梅さんを丸呑みにしようと、大口を開けたアナゴサーン。あらわとなった口腔内には、螺旋を描くようにして幾重にも鋭い歯がびっちりと生えている。
 呑み込まれた最後、生きながらにミキサーにかけられ、あっという間にバラバラにされることであろう。
 させじと飛梅さんも抗う。アナゴサーンの上顎に手をかけ、下顎に足を踏ん張り、自身がつっかえ棒となりて口を閉じれなくした。
 結果、口に飛梅さんをくわえながらアナゴサーンは通路を猛進し、勢いのままに甲板へと踊り出てしまった。

  ☆

 嵐は過ぎた。
 すべては一瞬のこと。
 船内に残された者たちはしばし呆然となる。
 が、いまは戦闘中だ。いつまでもぼんやりとはしていられない。

「すぐに追うぞ。それから外で待機している連中にもすぐに報せろ」

 部下らに命じるなり、ジャニスは駆け出した。枝垂もこれに続く。
 甲板に急ぎ向かうさなか。

「まずいな」

 ジャニスはつぶやく。その表情が険しい。

「でも、飛梅さん、とっさに装備類を呼び出したみたいですから。そうそう遅れをとることはないはず」

 飛梅さんには専用装備がある。
 亜空間収納の「梅蔵」より任意で転送されて、瞬間装着できる。
 それらは枝垂のカードからゲットされたものにて、彼女以外には誰にも扱えない。
 現在まで集まっているのは、☆印が四つのアルティメットレアである『飛梅専用装備通常版フルアーマー、全種』と、☆印が五つのレジェンドレアの『飛梅専用装備上位版フルアーマー・籠手(右)』だ。

 通常版の装備の籠手はデザインが和風にて拳までカバーするタイプ、表面は黒塗りの地に金の連枝と紅梅の花が描かれている。
 比べて上位版は、まばゆく輝くは上品な黄金色の地金、表面に描かれている梅の花は夜光貝などの貝殻を用いる螺鈿細工のようにて、まるで蒔絵(まきえ)のごとき美しさ、荘厳さと風雅さを兼ね備えている。

 素手の状態で準白銀級に相当する海の禍獣ラッコステイをボコボコにし、通常版の装備にて残土穢の女王の洛陽水晶体を打ち砕く。
 そんな無双の拳が五つ星レジェンドレアの装備をまとう……産み出される破壊力については言わずもがなであろう。

 だからこそ、枝垂は「遅れをとることはない」と口にしたのだけれども、ジャニスの表情は険しいままであった。

「確かに飛梅さんは強い。ただし、それはあくまで陸や空の上での話だ。相手は海洋生物……、もしも水の中での戦いに持ち込まれたら、こちらは手の出しようがない。そうなったらどう転ぶかわからんぞ」

 アナゴサーンは陸の住人たちを拒む過酷な外洋育ち。ギガラニカ世界の外海は死の海だ。そんな厳しい環境下にて生存競争と荒波に揉まれてきた。
 いかに子育ての過程で、産んだ我が子たちに己が血肉を分け与え、カラダにかなりガタがきているとはいえ、けっして侮れる相手ではない。

 でも、マイナス要素ばかりでははない。
 なにせこのタンカーは東京タワーがすっぽり収まるほどもあって、とても大きい。
 それすなわち甲板も広く、存分に走り回れるスペースがあるということ。
 地の利をうまく活かせば、そうそう不利な状況に追い込まれることもないだろう。
 そこで先行している飛梅さんと協力して、火属性の攻撃魔法を解禁して包囲殲滅をはかるつもりだと、ジャニスは口早やに枝垂や部下たちに説明した。

 やや遅れて通路を抜けて甲板へと出た調査隊一行。
 枝垂たちが目にしたのは、まるで龍のごとく暴れまわるアナゴサーンと、これと対峙している飛梅さんの姿であった。


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