上 下
159 / 242

159 喰えない奴ら

しおりを挟む
 
 ニョロニョロ、ニョロニョロ、ニョロニョロ。
 ニョロニョロ、ニョロニョロ、ニョロニョロ。
 ニョロニョロ、ニョロニョロ、ニョロニョロ。

 ぷぅんと磯臭さが増した。
 あまりの臭気に吐き気をもよおす。
 喉の奥から酸っぱい液がこみあげてくるも、枝垂はこれを無理矢理呑み込み押し戻す。のんびり嘔吐なんぞしている暇なんてない。

 狭い通路の奥からあらわれた長い生物たち。
 ヘビというよりもウナギに近いか。
 顔がつるんとのっぺりしており、全身が自前のローションまみれでネトネトしている。動きもウネウネにてかなり気持ち悪い。あとなにげに目が四つあるのも不気味だ。

 そんなのがたくさんあらわれた!

 我先にと競うかのようにして、こちらへと迫ってくる。
 その正体はアナゴサーンの稚魚であった。

 アナゴサーンとは海洋生物である。
 ウミヘビの親戚にて、ふだんは外洋は海底深くの岩礁に生息しては、巣の近くを通りかかった獲物を捕食している。長い巨体にて、泳ぎはあまり得意ではない。
 その生態の多くは謎に包まれているが、よく知られているのは特徴的な子育ての方法である。
 アナゴサーンの母親は大量に産んだ卵を己の体内にて守り、卵から還った稚魚たちには自身の血肉を与えて育てる。
 守り、愛し、慈しみながら、同時に生きながら喰われる。
 行き過ぎた自己犠牲、狂気の献身ぶりは他の生物の追随を許さない。「海の狂母」との異名を持つ。
 だがそれゆえに母性は非常に強く、子連れのアナゴサーンはかなり危険にて、近づかないのが吉である。
 あとアナゴサーンの稚魚は、一匹見たら千匹はいると思えと、漁師たちの間では古くから伝わっているんだとか。
 それから見た目こそはウナギっぽいが、微弱ながらも血に毒を持ち、煮ても焼いても臭くて喰えたものじゃない。

  ☆

 どうしてアナゴサーンが、タンカーは船首の錨鎖庫にいるのかはわからない。
 船が漂流中にたまたま見つけて気に入ったのか、敵に追われて逃げ込んだのか、あるいは何かのはずみで入り込んでは抜け出せなくなったのか。
 どちらにしろこれを排除せねば、タンカーを島へ曳航するわけにはいかない。

 大量に押し寄せてくるアナゴサーンの稚魚たち。
 すぐさま戦闘態勢を整える調査隊の者ら。

「……ってことは、もしかして稚魚だけじゃなくて、母親もいるってこと?」

 迫る脅威を前にして枝垂は顔を引きつらせる。

「それは否定できんな。稚魚どもの大きさからして、まだ健在である可能性が高い」

 剣を構えつつジャニスが厭なことを言う。
 だが、厭なことはそればかりではなかった。
 ジャニスが初弾として魔法にて風の刃を飛ばす。
 狙い過たず、風の刃が敵勢の先頭集団に命中する。
 が――つるん。
 ヌメヌメした体表と粘液により、刃が食い込むことなく滑って攻撃をそらされた。
 調査隊の面々が目を見張る中、ジャニスが「やはりか」とつぶやく。

 先ほど魔力を帯びた風を放ち、船首内部の様子を探っていたジャニスであったが、奇妙な手応えを感じていた。
 その原因がこれである。
 あの粘液や稚魚たちのカラダは魔力が通りにくい性質を持つことが、これで確定した。

 火でいっきに焼き払いたいところだが、船の火災はとても危険である。うかつなことは出来ない。よって火属性の攻撃魔法はダメだ。
 さりとて海の上にて地属性は頼りなく、風もご覧の通り。
 残るは水光闇の三属性だが、隊員らの中に光と闇の遣い手はいない。
 ならば水の出番であろう。

「というわけで、サクっと凍らせてちょうだい」

 枝垂が要請すると、水属性の隊員が「無茶を言うな! あんなマネが出来るのはアリエノールさまぐらいだ」と怒られた。
 ムクラン帝国の姫君にて連合軍の監査部に所属する才女は、水属性の持ち主にて、一瞬にして城壁のごとき氷壁を出すことができる。
 だから同じ属性の者ならば、それに近しいことができるとばかり……

 魔法は当てにできない状況に、ジャニスが隊員らに命じる。

「総員、抜刀にて刃に魔力を注入せよ。あとはひたすら斬って斬って斬りまくれ。一歩も引くな。敵は数が多い、引けばそのまま押し切られるぞ。
 それから船員は下がっていろ。枝垂は後方にてみなの援護射撃を頼む。飛梅さんは悪いが私とともに前線で踏ん張ってくれ」

 矢継ぎ早やに指示が飛び、素早く防衛体制が整えられたところで、ついに戦端が開かれた。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー

紫電のチュウニー
ファンタジー
 第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)  転生前も、転生後も 俺は不幸だった。  生まれる前は弱視。  生まれ変わり後は盲目。  そんな人生をメルザは救ってくれた。  あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。  あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。  苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。  オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜

白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。 光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。 目を開いてみればそこは異世界だった! 魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。 あれ?武器作りって楽しいんじゃない? 武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。 なろうでも掲載中です。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

異世界勇者~それぞれの物語~

野うさぎ
ファンタジー
 この作品は、異世界勇者~左目に隠された不思議な力は~の番外編です。 ※この小説はカクヨム、なろう、エブリスタ、野いちご、ベリーズカフェ、魔法のアイランドでも投稿しています。  ライブドアブログや、はてなブログにも掲載しています。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

処理中です...