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158 船首に潜むもの
しおりを挟む巨大な主機関、それが納められてある機関部は機能美の粋を集めた場所。
すべてが計算され、試行錯誤の末に辿り着いた形は、ある種の芸術にも通じ、また神々しさをもまとっている。
ここは敬虔で厳かな空気が充ちている鉄の神殿だ。
部外者が気軽に立ち入れる所ではない。
おっかなビックリにて機関部をひと通り検分する。
エンジンは完全に沈黙しているが、目につくところに破損箇所は見当たらずキレイなものだ。
そうそう、キレイといえば機関部では例のヌメヌメは発見されなかった。
船の心臓部であるがゆえに、守りが堅いせいで、さしものヌメヌメの主もここには立ち入れなかったものとおもわれる。
☆
艦橋および船尾部分の調査は終了した。
残すところは船倉と船首部分のみ。
先に手に入れたタンカーのマニュアルの中にあった、船内部を記したマップによれば、機関部から船倉へと向かう経路はふたつ。
ひとつは甲板にある倉口から向かうもの、もうひとつは機関部から船内を抜けて直接向かうもの。
ジャニスはしばしの思案ののちに、「いったん甲板にあがって、そこから船倉を目指そう」と言った。
理由は、船内経路の方だと艦橋と同じく迷宮化している可能性があるから。
あとは例のヌメヌメも気になる。
機関部には侵入していないことからして、直接通じている方の道は、突破が容易ではなかったことが推察される。
積み荷が石油にしろ液体ガスにしろ、海上輸送を担うタンカーの性質上、安易に行き来できないようにされていると考えるのが妥当だろう。その観点からもジャニスの考えは的を射ていた。
調査隊一行はいったん甲板へと戻った。
なお戸締りは厳重にしておくことも忘れない。
この大型タンカーには四つの船倉がある。
艦橋に近い方から順に調べていく。
ひとつ目……中は空っぽにて、何もない。
が、倉口の扉を開けたとたんに奥からほんのり漂ってきた臭気に、ジャニスをはじめとした獣人の隊員らが、口元を手で庇いおおいに顔をしかめた。
進むほどに臭気がきつく濃くなっていく。
これは……石油のニオイだ。
タンカーが石油を運んでいたことが判明する。
中身はなく、洗浄も澄ませておりキレイなものだが、それでも鼻のいい獣人らにとっては、あまり愉快な場所ではないらしい。
「鼻がツーンとする。こいつはたまらん」
と早々に退散する。
だからふたつ目からは比較的嗅覚がにぶい枝垂や、まったく影響を受けない飛梅さんや、獣人以外の隊員らが率先して調査に当たった。
ふたつ目も空、みっつ目にも何もない。
この分では船首近くの四つ目も同様であろう。
どうやら積み荷を下ろしたあとに、こちらの世界に流されてきたらしい。
良かった。ほっと枝垂は胸を撫で下ろす。
もしも積み荷がまるまる残っていたら、この規模の船だと何十万トンとかになるだろう。とてつもない量だ。とてもではないが素人の手には負えない。
これで気をつけるのは、タンカーの燃料だけでいい。
でも安堵していられたのも、わずかなことであった。
四つ目の船倉も調べ終わり、残すは船首部分となったときのこと。
そこへと通じる扉を開けたとたんに、むわんと漂ってきたのは濃厚な磯の香り。
この生臭いニオイは、あの粘液と同じものだ。
船首の錨鎖庫に何かいる!
☆
錨鎖庫へと通じる、狭い通路の内部は壁も床もネトネト、白濁した粘液だらけ。
歴戦の勇士である隊員たちですらがも、入るのに二の足を踏む光景。
とてもではないが入る勇気が湧いてこない。
ここを調べてこいと命じるのは、あまりにも酷だ。
そこでジャニスは自身で風魔法を使い、内部の様子を探る。
通路奥へとかざした手の平からそよ風を放ち、その流れを通じて伝わる気配により、探索をする。音波検査の風版みたいな魔法だ。繊細な感性と緻密な魔力操作が必要とされる。
風越しにかすかに伝わってくるささいな変化を見逃さず、広域を調べるには、よほどの集中力を必要とする。
だから、ジャニスは警戒は部下たちに任して、自身は目を閉じこの作業に専念する。
しばらくして、ジャニスがカッと目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。
「な、なんだこれは? 魔力が滑ってうまく捕捉できない。奇妙な反応が複数……、いや、そんな生易しいものじゃない。数えきれないほどの何かが蠢いている!」
一同は騒然とするも、その混乱にさらなる拍車をかけたのは、続くジャニスの言葉であった。
「ちぃいぃぃ、気づかれた! 総員戦闘準備、来るぞっ!」
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