155 / 242
155 娯楽室
しおりを挟む床にあった謎のヌメヌメも気になるところだが――
階段を見つけた!
しかし、いくらのぼってものぼっても上に辿り着けない。
……なんてことはなく、幸いなことに上階にはすんなりあがれた。
ただし、階段の踊り場の壁にあった数字が、いきなり四にとんでいたけれども。
とりあえず一行は四階を調べてみることにする。
「ほぅ、ここはあまり入り組んでいないな」
ジャニスの言う通りにて、一階はそこかしこが扉だらけだったのに対して、ここは数が少なくまばらだ。
さて、ではまた手前から順繰りに家探ししていくか。
という段になって――
カツン、コロコロコロ……
音がしたもので、全員が一斉に身構えた。
「いまのは?」
「奥の方から聞こえたぞ」
「何か硬いモノ同士がぶつかったような」
「いや、あれは転がる音でなかったか?」
ざわつく隊員ら。
それを「しっ」とジャニスが黙らせる。
一同はじっと耳を澄ませる。
が――音はそれきりであった。
ゆえに音が聞こえたとおぼしき場所へと向かうことにする。
廊下を進み、一度だけ角を曲がった先にあったのは、観音開きの扉だ。
これまでの奴よりも大きな扉である。
一行はその扉を開け放つ。
テーブルにソファー、テレビ、本棚、冷蔵庫、バーカウンター、ビリヤード台、ピンボールゲームの台に、ステレオ機器とスピーカーにカラオケ、麻雀台に……あれはぶら下がり健康器か?
いろんなモノが乱雑に、けれども互いを邪魔しないようにと配置されている。
ここはタンカーの乗務員たちのための娯楽室だ。
横に十五メナレほど、幅は八メナレといったところか。まあまあ広い。
枝垂にとっては珍しくもなんともない遊具が転がっている。
だが、ジャニスたちには馴染みのない品ばかりにて、隊員らはみな興味深々である。
説明を求められて、枝垂はそれに応じる。
にしても、だ。
「まるで、ついさっきまで誰かが遊んでいたかのようだな」
とのジャニスの言葉に、枝垂もうなづく。
そうなのだ。
テーブルの上には、おそらく数人で遊んでいたのであろう、トランプや花札などが出し並べられており、バーカウンターには飲みかけのグラスがあった。
ビリヤード台にはゲーム途中であったようで、九つの球が転がっている。
球の散らばり具合からして、ブレイクショット直後とおもわれるが、プレイしていた者はあまり上手ではなかったらしい。なにせひとつもポケットにボールが入っていないのだから。
ところで、ビリヤードとはなんぞや?
調査隊の一同が首を傾げる。どうやらギガラニカの世界にはビリヤードが伝わっていないらしい。もしくは僻地のコウケイ国にまで伝来していないだけなのか。
枝垂の説明に耳を傾けながら、ジャニスはボールのひとつを手にとり、しげしげと眺める。
「なるほど、このキューという棒で球を突くのか。面白そうだな。にしても球のこの手触り、この固さ……。先ほど聞こえた音はどうやらこいつらしい。だが、だとすると遊んでいた者はどこへ消えた?」
音が聞こえてから、娯楽室にまで枝垂たちが来るまでには、少しばかり間があった。
慎重を期したからだ。
とはいえ、移動中は全員が神経を研ぎ澄ましており集中している。
もしも何者かが扉を開けて部屋から出るなり、廊下を渡るなりすれば気配に気がつきそうなもの。
うっかり枝垂が見逃そうとも、優れた視覚や聴覚を持つ獣人たちが見過ごすとはおもえない。
念のために娯楽室内を調べてみるも、出入り口はひとつきり。
「気持ち悪い。まるでメアリーセレスト号みたいだ」
枝垂は顔をしかめる。
☆
メアリーセレスト号は、1872年にポルトガル沖で、無人のまま漂流していたのを発見された船である。
その船の名を一躍世に広めたのは、発見時の船内の異様さ。
発見時、船内は無人にて、とくに故障などもみられず十分に渡航できる状態であった。
食料や水も十分な量が残されてある。
人だけが船から忽然と消えてしまっていたのだ。
加えて残されてあった航海日誌に書かれていた意味不明な文言も不気味だ。
船長の筆跡による走り書きにて、最後にこう記されてあった。
『妻のマリーが……』
真相はいまもって藪の中だ。
また昔から船や飛行機、もしくはその乗務員のみが消える事故が多発している、バミューダートライアングルという海域も存在している。
もしかしたら、それらは世界線の綻び、ギガラニカに通じる穴や亀裂の類であったのかもしれない。
行方不明となった者らは、運悪くそれに巻き込まれたか。
なんにせよこの状況、尋常なことではない。
一行はいっそうの用心をしつつ、娯楽室の探索を続ける。
枝垂はなにげに棚の中に無造作に突っ込まれてあった雑誌を手にするなり、ぎょっ!
世界でもっとも有名なニュース雑誌だ。その表紙を飾ることは成功者の証にて、時代の寵児、影響力を政財界を中心に認められたことを意味している。
発行された日付は、このタンカーと同じく枝垂がいた時代よりも少しあとで、表紙にて微笑んでいたのはスーツ姿の二十代半ばの若い女性だ。
一華が微笑んでる。
馬酔木一華(あせびいちか)――枝垂の種違いの妹。
クズの両親の子とはとても信じられないほどに聡明な娘だが、ブラコンなのが珠に傷である。
妹の成長したであろう姿が表紙の中にあった。
えっ、他人の空似じゃないかだって。
いやいやいや、ちゃんと名前も書かれているし、間違いない。
雑誌をぱらぱらめくって特集記事に目を通してみれば、どうやら妹は自分が残した遺産を元手にして、投資家として成功し若くして莫大な富を築いたようだ。
それはべつにかまわない。兄としてはむしろ誇らしいぐらいだ。
だがしかし気になることがふたつあった。
ひとつは記事の締めくくりに妹が口にしている言葉。
インタビュアーからの「そんなに稼いでどうするの?」との問いに、「どうしてもやりたいことがあって。そのためにはたくさんのお金が必要だったんです」と答えているのだけれども、その場面の写真に映る妹が、一見するとにこやかなのだけれども、その目の奥に剣呑な光が見えたからである。
兄だからわかる。
これは何か企んでいるときの妹の目だ。
それから剣呑といえば、妹が首からさげているネックレスである。
大きなティアドロップの形をしたルビーをあしらった素敵なアクセサリーなのだけれども、その真紅の輝きを目にしたとたんに、枝垂はぞくりと悪寒に襲われた。
「これは、まさか鉱人の! 一華……おまえ、いったい何をするつもりなんだ……」
1
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ハルフェン戦記 -異世界の魔人と女神の戦士たち-
レオナード一世
ファンタジー
軌道エレベーターを築き上げ、月の植民地化まで果たした地球に生きるウィルフレッド。 アルマと呼ばれる生体兵器である彼は旧知との戦いのさなか、剣と魔法の異世界ハルフェンへと転移した。 彼は仲間と女神の巫女達とともに邪神ゾルドの復活を目論む邪神教団ゾルデと戦うことになるが…
カクヨムにて同時掲載中。
他のイラストレータ様のキャラ等の依頼絵はtwitterにて。
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~
月見酒
ファンタジー
俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。
そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。
しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。
「ここはどこだよ!」
夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。
あげくにステータスを見ると魔力は皆無。
仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。
「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」
それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?
それから五年後。
どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。
魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!
見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる!
「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」
================================
月見酒です。
正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。
起きるとそこは、森の中。可愛いトラさんが涎を垂らして、こっちをチラ見!もふもふ生活開始の気配(原題.真説・森の獣
ゆうた
ファンタジー
起きると、そこは森の中。パニックになって、
周りを見渡すと暗くてなんも見えない。
特殊能力も付与されず、原生林でどうするの。
誰か助けて。
遠くから、獣の遠吠えが聞こえてくる。
これって、やばいんじゃない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる