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153 竣工記念プレート

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 艦橋内部へと通じる扉にて――
 右開きの頑丈そうな鉄の扉を前にして、隊員らは不測の事態に対応できるようにと、周囲を警戒しつつ、すみやかに配置についた。
 枝垂や同行している船員らは、危ないので後方に下がっている。
 隊を率いるジャニスが無言でうなづくのを確認してから、隊員のうちのひとりがドアのレバーに手をかけた。

 ガッコン……

 という音がしてレバーは下がった。
 鍵はかかっていない。
 少しだけ扉を開けては、隙間から中の様子を伺う。
 ひんやりした空気が奥から漂ってくる。
 扉の向こうからは何者の気配も感じられず。
 そこで隊員はレバーを持つ手にいっそうのチカラを込めた。
 非力な枝垂ならば開けるのに四苦八苦しそうなぶ厚い扉を、屈強な隊員は苦もなく開ける。

 ギィギギギギギギギィイィィィィ……

 鉄の擦れる耳障りな音が鳴る。潮風の影響のせいか建付けがあまりよくない。それにおもいのほかに大きく反響する。
 だからみなはいっそう警戒を強めつつ、身構えた。

 が――音を聞きつけて、あらわれる者はいない。

「船体が無事だから、ひとりぐらい誰か生き残りがいるかもとおもったんだけど」

 そんな枝垂の言葉に「それは、たぶんない」とジャニスは首を振る。

 地球とギガラニカ、ふたつの世界は上下に並列して存在している。
 ふたつを分けているのが世界線にて、これを無事に越えるのは至難だ。
 それこそ人知のおよぶところではない。
 神々の御業をもってして、はじめて成せること。
 星の勇者たちや、星骸に赤霧などの存在こそが、世界の理を歪めたイレギュラーな存在なのである。
 けれどもごく稀にだが、手水の手から水が漏れるようにして、世界線をなんらかのはずみで越えてしまう現象が起こる。それこそポロリと。
 だが神の加護のない状態での異世界渡りは、とても危険にて到底無事ではすまない。
 大いなる変質や破壊をもたらし、まず原型をとどめていることは不可能。

 なのにこの弥栄丸は、少なくとも表向きには無事な姿にて世界線を越えた。
 だから、もしかしたらと枝垂は淡い期待を抱いていたのだけれども、ジャニスは「とてもではないが生身の者は耐えられないだろう。よしんば肉体がもっても精神がもたない」と言った。
 事実、これまでの長い歴史の中で、神の手を経ずにまともな形にて異世界渡りをした者は、ただのひとりとて存在していない。

  ☆

 念のために入り口を確保しておくべく、隊員がふたり残り、他は扉の奥へと進む。
 入ってすぐのところの壁面下部にプレートがはめ込まれているのを、枝垂は見つけた。
 弥栄丸の竣工プレート、船の名前と完成年月日が刻まれたものなのだけれども、それを読んで枝垂は、ギョっ!
 なぜならそこに刻まれていた数字は、自分が生きていた年代よりも十年以上もあとであったからだ。
 つまりこのタンカーは枝垂がいなくなってから造船されたものということ。

 これもまた世界線の怖いところだ。
 時間の流れは、過去から現在へとつねに流れている。
 世界線ではその流れに乱れが生じているのだ。
 その影響は、唯一世界線を越える術を持つ神の手にもおよぶ。
 選ばれる星の勇者たちが国や性別もバラバラ、いろんな時代がごちゃまぜになっているのは、各方面や人類史に影響がでないための配慮もあるが、乱れた時間の流れに手を突っ込んでは、無理矢理に掴んだものを引き寄せる手法のせいでもあった。
 ようは、お菓子の掴み取りゲームみたいなもの。

(にしても、自分よりも歳の若い船か……)

 だからとて特に何がというわけではないけれど、枝垂の心境はやや複雑だ。頭では理解できても、心の方がついて来れない。
 いま、自分は未来の中にいる。
 なんだかちょっと居心地の悪さを感じている。

「まるで悪い夢の中にでも迷い込んだみたいだよ」

 枝垂は眉根を寄せてのしかめっ面をした。
 するとそこへ先行していた隊員が慌てて戻ってきた。

「た、たいへんです! ジャニス隊長、この先の様子が――」

 とにかく距離感がおかしい。
 外からの見た目よりもずっと奥行があって、そして入り組んでいる。
 廊下がやたらと枝分かれしており、扉の数もかなりあるとのこと。
 もとから入り組んだ船内構造だが、それ以上に艦橋内部、もしくはタンカー内が迷宮と化している。
 どうやら無事だったのは、外見だけで中身は別物に変質してしまっているらしい。
 これにより調査の難易度が、いっきに跳ね上がった。
 たちまち緊迫の度合いが増した。みんなの目つきも変わり、枝垂はごくりとツバを呑み込む。 


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