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152 弥栄丸
しおりを挟む突如として島の近海にあらわれた謎の巨大漂流船に、コウケイ国は騒然となった。
もしかしたら、その正体は地球のモノかもしれない。
枝垂からの情報提供を受けて、「それならばちょうどこれから調査に向かうところなので、いっしょに行って確認して欲しい」と言ったのは調査隊を率いるジャニスであった。
もしも枝垂が考えた通りにて、船がタンカーならば積み荷や燃料の重油が気になるところ。
うかつに荷に触れたら危ないし、うっかり燃料を漏らしたらたいへん!
というわけで、枝垂も飛梅さんをともなって調査に同行することになった。
なお今回フセはお留守番である。はしゃぐあまり船体に穴とか開けられたら、それこそ目も当てられやしないもの。
☆
――というわけで、やってきました沖合は漂流船のもとへ。
調査隊は三隻の漁船にて分乗し、十六名編成となっている。なお船員は別で、彼らは基本的に船で待機してもらい、いざというときの備えを任す。
もっとも調査隊は軍人ばかりにて、船にはうといので専門家のアドバイスも欲しいから、ひとりかふたりは同行をお願いすることになっている。
「こいつは……本当に大きいな。こんなデカい鉄の塊がよくもまぁ、沈むこともなく浮かんでいられるものだ。それでどうだ? 枝垂」
「あー、やっぱり僕のいた世界の船舶ですね。タンカーっていう大型の輸送船です。にしても『弥栄丸』ねえ……」
全体は黒塗だけれども船底のほうだけ赤い、ツートンカラーの船体。
船首にデカデカと載っている白文字は漢字であった。
一目で日本国籍のタンカーだということがわかる。
弥栄と書いて「やえい」もしくは「いやさか」と読む。
船の名前、それも外洋を渡るような船の場合、航海の無事を願って縁起のいい名前をつけることが多い。
だといすれば、この場合は「いやさか」の方が正解か。
ちなみに意味はたしか「今までよりも一層栄える」であったはず……
「ほぅ、なるほどねえ。この奇妙な文字にはそのような意味があるのか。にしても前々から思っていたのだが、枝垂は歳のわりにあれこれいろいろと詳しいよなぁ」
博識ぶりにジャニスが感心している。
「あー、それはたぶんじいちゃんの影響ですよ。年寄りといっしょに暮らしていると、自然にいろいろと、ね。あとはやたらと凝り性だったクセの強い友人たちのせいかも」
高さがビル二十階ほどもあろうか。
黒鉄の浮遊城のごとき巨大タンカーを見上げながら、枝垂はそう答えた。
そのタンカーはずっと沈黙を守っている。
念のためにあらためて呼びかけてみたけれども、やはり応答はなかった。
ぐるりと周囲をひと回りしてみたが、タンカーにタラップらしきものは見当たらなかった。
しょうがないので漁船を左舷に横づけし、風魔法を使える隊員が先行して乗船し、縄梯子をかける。
ジャニスをはじめとする調査隊の面々は、日頃から鍛えているもので、揺れる縄梯子もなんのその。しっかりした足取りにてすいすいと登っていく。
一方で枝垂はダメであった。
勇んであとに続こうとするも、虚弱で非力なのもさることながら、初めて登る縄梯子の扱いがとても難しい。ふにゃふにゃしており足場が頼りないし、おもいのほかに不安定だ。加えて高さも怖い。飛空艇のように、あそこまで空の上にまで行ってしまえば、もはや別世界にて特に何も感じないけど、梯子の高さは妙に生々しくって、意識した途端に膝が震えてしょうがない。
結果、途中で固まった枝垂を見かねて、飛梅さんが小脇に抱えて登ることになった。
屈辱である。自身のあまりの不甲斐なさに枝垂は心で泣いた。ぐすん。
☆
調査隊は、無事に弥栄丸へと乗船を果たす。
甲板がだだっ広い。
あまりの広さに一同はしばし呆然となる。
枝垂も同じだ。タンカーという船のことは知っていたものの、実際にこうして乗り込んだことはなかった。
見ると聞くとでは大違いという奴で、いざその場に立つと、あまりの巨大さに圧倒されずにはいられない。
「外からみてもかなりの大きさだったが、いざ乗り込んでみるとあらためてそれを実感させられる。こと大型船に関しては、地球側の技術の方が遥かに進んでいることは確かなようだ。この分だと中もちょっとした迷路のようだろうし、参ったな。手分けをすべきか。しかし不測の事態が起きた場合、分散していたら対処が遅れるし」
作業効率を考え、ここは隊を分けて行動すべきか、それともあくまでまとまったままで動くべきか。
悩むジャニスに枝垂は「とりあえずあっちの艦橋の方から調べてみませんか?」と提案する。
操舵室に行けば燃料メーターなどもあるだろうから、残油の量がわかるはず。
舵や動力が生きているのかチェックするのにも都合がいい。航海日誌みたいなのがあれば、いろいろとわかることもあるだろう。ひょっとしたらマニュアルとともに船内のマップもあるかもしれない。
ジャニスは「わかった。まずは艦橋から調べよう」とうなづき、一行は後方にそびえる立つ艦橋部へと向かった。
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