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146 異父妹
しおりを挟む星クズ認定を受けた枝垂が、いろいろ苦労はしているものの、異世界ギガラニカにてどうにかやっていた頃。
枝垂がいなくなった地球では、彼の姿を求めて血眼になって探している者がいた。
馬酔木一華(あせびいちか)、枝垂の種違いの妹である。
枝垂の家族構成は少々複雑であった。
まず実父はすでに亡くなっている。枝垂が小学校二年生のときに自殺した。
原因は母親の浮気であった。母親は幼い子どもと夫を捨てて、不倫相手のもとへと走った。ばかりか去り際に毒の牙を突き立てもした。
優しいけれども気の弱かった実父は、母親から浴びせかけられた理不尽な罵倒と人格否定の言葉の暴力で、心をすっかり病んでしまい首を吊った。
天井の梁からぶら下がっている実父を発見したのは、小学校から帰宅した枝垂であった。
その後、枝垂は父方の祖父に引き取られることになる。
祖父宅での暮らしは平穏であった。祖父の趣味である梅干し作りや、庭の梅の木の世話を手伝わされたり、夕食後の晩酌時に梅うんちくを延々と聞かされることには辟易するも、それ以外は可もなく不可もなく……
祖父は、どれだけ酔おうとも死んだ息子のことを愚痴るでもなく、裏切った嫁に対して恨み事のひとつも、けっして口にはしなかった。
怒りも悲しみも、ぐっと呑み込み枝垂に当たり散らすようなこともない。
そういう男であり、またそういう男と共に過ごし、その大きな背中、在り方から学ぶことで、枝垂が前を向き立ち直る一助となった。
梅を愛で、梅の蕾や枝ぶりに一喜一憂し、梅の花が咲き誇るのを何よりも楽しみとし、梅とともに季節を巡る日々。
そんな穏やかな暮らしが終わったのは枝垂が中学二年生の早春、庭の蝋梅が一斉に開花しては甘い香りを漂わせていた頃。
祖父が他界した。
これにより天涯孤独となった枝垂であったが、そこにあらわれたのが自分を捨てたはずの母親であった。
母親は一度捨てた息子にこう言って頭を下げた。
「酷いことをしてごめんなさい。どうか罪滅ぼしをさせて欲しい」
ようは枝垂を引き取りたいということ。
だがしかし、騙されることなかれ。
もっともらしいことを口にしているのは、枝垂が受け継いだ遺産が目当てだ。
父親の自殺により得た保険金、祖父の残してくれた土地家屋、生命保険、預貯金などなど。合わせればけっこうな額になっていたのである。
魂胆はみえみえであった。
しかしまだ未成年の枝垂に毒親の魔の手を払いのけるチカラはない。
だから表面上は大人しく従うしかなかった。
さりとて、みすみす遺産を食い潰させてやるほど枝垂は甘くないし、祖父もこのことを予見していたのであろう。
きちんと枝垂が十八になるまでは一切手がつけられないように、法的に整えてくれていた。
これには母親も歯噛みして悔しがるも、急いては事を仕損じる。
ゆえに息子を懐柔し、あとで甘い汁を吸うことに方針転換した。じっくり長期戦の構えをとる。
だから表面上はいつもにこやかにて、良き母親を演じる。
新しい父親になった元不倫相手も、これに協力し寛容にて理解ある父親を演じる。
枝垂も素直ないい子のフリをした。
わざとらしい会話、とってつけたかのような笑い声が絶えない、多くの料理が並んでいるのにどこか薄ら寒い食卓、互いを盗み見ては相手の顔色を伺う、家の中につねに漂うのは空虚さ……
キツネとタヌキの化かし合い。
外側だけはまるでモデルルームのコマーシャルのような理想の家族。
でもその実態は中身をともなわない、とんだハリボテの仮面家族であった。
けれどもそんな新生活の中で、計算外なことがひとつあった。
それは新たに出来た異父妹の存在である。
クソみたいな両親の娘とはとても信じられないほどに、優秀かつ素直ないい子にて、いきなり同居をすることになった種違いの兄に対しても厭うことなく、それどころか逆に「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と、どこへ行くにもついてまわるほどの懐きよう。それこそトイレにまでついてこようとする。
これには枝垂はもとより、両親たちもたいそう困惑した。
どうやら妹は生来のブラコン気質であったようで、枝垂という燃料を投下したことにより、秘められていた性癖が開花してしまったらしい。
かくして家の中では、両親VS兄妹という奇妙な対立の構図が発生した。
なのに味方であるはずの妹は、つねに兄を狙っては舌なめずり。過度なスキンシップ。いつの間にか洗濯機の中から消えている枝垂の使用済み下着。漁られる自室のゴミ箱。
貞操の危機は妹の成長とともに日に日に高まる一方。
おかげで枝垂が心休まるのは、学校の教室の中だけ。
そんなタイミングで枝垂は異世界に強制召喚された。
『ぶっちゃけいいタイミングで異世界に召喚されたのかもしれません。あのままでは、いずれ妹に監禁されるか、思い余って殺されるかのどちらかだったでしょうから。むしろこっちの世界に呼ばれて助かったのかもしれない』
と、枝垂はしみじみエレン姫に語ったものである。
だが地球に残された妹は、そんなこととは露知らず――
☆
一華はとても苛立っていた。
兄の枝垂が忽然と消えたからだ。
いつものように高校に登校して、二限目まではふつうに授業を受けていたことは確認されている。
けれども、休憩時間にひとりトイレへと向かってから、教室に戻ることはなかった。
あとの足取りがまるでわからない。
高校の校門や裏門には防犯カメラが設置されており警備員もいて、人の出入りをつねに監視している。だが兄が校外へと出た姿は誰も見かけておらず、映像に録画もされていなかった。
周辺の防犯カメラの映像もしらみつぶしに確認されたが、姿はなし。
もしかしたら校内のどこかに監禁されている、もしくは不測の事態で身動きがとれなくなっているのかもしれない。
連絡を受けた警察がかなりの人数を動員し、校内および周辺をくまなく捜索してみたが痕跡のひとつも見つけられなかった。
文字通り、校内から煙のごとく消えてしまったのだ。
一時はマスコミが「消えた高校生、現代の神隠しか!」と騒いだものの、それもほんのひと月とは続かず、たちまち世間から忘れられてしまった。
警察は枝垂のやや複雑な家族構成を知って――リークしたのは一華である――もしかしたら、遺産目当ての殺害事件かもと調べてみたものの、その線は早々に消えた。
結局、捜索はなんら進捗することなく打ち切られた。
表向きは息子がいなくなって嘆く家族を演じている父母をよそに、一華だけはなおも兄のことを諦めていなかった。
とはいえ、彼女はまだ未成年にて出来ることは限られている。
そこで彼女は……
「お兄ちゃんが私に何も告げずにいなくなるなんてありえない。きっと何かがあったんだ。いいわ、だったらその謎、私が解決してみせる。
とはいえ、何をするにも先立つものが必要よねえ」
妹がまず着手したのは兄の遺産を使うこと。
……ではなくて、これを元手に資産運用をして増やすことであった。
すると優秀な一華は、その分野で天才的な才能を発揮する。
あれよあれよという間に、膨れ上がる資産。
若くして莫大な富を手に入れた一華は、お零れに預かろうとする両親をさっさと捨てて、ひたすら兄の行方を追う。
兄恋しさゆえに妹はひた走る。
よもやその行動が、やがて地球とギガラニカ、ふたつの世界に危機を招くとは、神すらも知る由もなかった。
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