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144 宝物庫
しおりを挟む帝国が秘匿し続けてきた種を開花させ、見事に聖梅樹を復活させた。
でも、もうひとつの黒い石碑の方は枝垂の管轄外である。
なにせ星クズの勇者のチカラは、梅に限定されたものゆえに。
というわけで、お役御免にてようやく帰国の途につけるかとおもいきや、さにあらず。
現在、枝垂たちは帝国の宮殿内の宝物庫にいる。
爆死したカイトリー枢機卿、彼がつけていた碧い数珠の問題があったからだ。
あれは彼が枢機卿に昇進したさいに、教皇から授けられた品である。
枢機卿のポストは八つしかない。限られた席についたがゆえに、自分は選ばれた者と勘違いしていたのか、カイトリーはことあるごとにアレを自慢しては周囲に吹聴していたので、そのことは周知の事実であった。
鉱人に関することを、重大な懸念としてエレン姫はアリエノールに伝えたところ、話はすぐに彼女の母である女帝スフォルツアのところにあげられた。
ことはラグール聖皇国絡みにて、アリエノールが所属する連合軍の監査部では、いささか手に余ると判断したからだ。
負けん気と自立心が強く、王族であることを鼻にかけることもなく、めったに母を頼ることのない娘からの要請。めったにないからこそ、けっして対応をおろそかにしてはならない、急を要する。
そう判断し女帝はすぐに動いた。
枝垂たちコウケイ国一行の身柄の確保のみならず、それと平行してカイトリー枢機卿の事故調査、現場検証を再度徹底して行うようにとの通達を関係各所に出す。
特に例の数珠に関しては、入念に調べるようにと申し送り付にて。
世界を動かす女帝によるツルの一声。
さすがの効き目にて、枝垂が聖梅樹を復活させたあとすぐに、報告があがってきた。
が、その内容は『碧い数珠に関しては、ひと欠片すらも残っておらず、すべてが消滅していた』というもの。
しかし、それはありえない。
激しい爆発に巻き込まれて粉々に砕けたところで、そうはならない。
公用車の車内が一時的に超高温となり、煌々と煮えたぎる溶鉱炉の中のようになったとしても、それはそれでなんらかの痕跡が残るもの。
だが、それすらも見当たらない。
不自然であった。
そしてその不自然さによって、鉱人関与説の疑いがさらに濃厚となる。
でも、こうなると新たな憂慮がふたつばかり生じる。
ひとつは、カイトリー枢機卿が身につけていた碧い数珠が鉱人絡みの品だとした場合、カイトリーの品だけがそうなのか、それとも残りの枢機卿らの装飾品もそうなのか、ということ。
前者であれば、「運が悪かったね、ご愁傷さま」で済む。
でも後者であったならば、最悪、国ごと取り込まれている可能性が浮上してくる。
相手は中央五ヶ国のうちのひとつにて、ギガラニカ世界の信仰を司る宗教国家だ。中枢に向かうほどに妄信かつ狂信的な人材が増えていくというのが、やっかいなところ。
昔から外部からの干渉を極度に嫌がる傾向があり、理性や利よりも信仰を優先する。
そのくせ教義を否定されたら、とたんに感情的になるからめんどうくさい。
お布施という名の確立された集金システムにて、資金も潤沢だから始末が悪い。
そこがギガラニカ世界に復讐を目論む鉱人らの、強い影響下にあるとしたら、これはとても怖いことだ。
いまひとつは、碧い数珠に関して――
持ち主のカイトリーはもとより、これに携わったであろう商人や職人、鑑定師はもとより、歴戦の星の勇者たちや、各国の要人らの誰一人として、違和感を覚えなかったということ。
パーティ会場にて見かけたエレン姫やジャニスらも、「なんか趣味悪い。ぜんぜん似合ってないし」「ごつごつして動くのに邪魔そうだな」ぐらいにしか思わなかったというし。
樹人の系列である飛梅さんや、フセも反応せず。
ただ枝垂のみが、なんとな~く厭な気分になった。
それすなわち、ぱっと見には誰にも普通の宝石類と見分けがつかないということ。
そのくせ身につけている者に悪い影響を及ぼす。
これまた、とても怖いことであろう。
☆
「どれでも好きに触って診てもらってかまわない。少しで違和感を覚えるものがあったら、係の者に言ってくれ。すぐに隔離させるので」
帝国は歴史ある超大国であるがゆえに、所有する宝飾品もごまんとある。
日常的に使用しているモノから、特別な儀礼の時にだけ身につけるモノ、保管して飾ってあるだけのシロモノまで。
鉱人の魔の手がラグール聖皇国の奥にまで及んでいるとしたら、どうしてムクラン帝国で同様の事態がないと言い切れようか。
自分の周辺にそんな得体の知れない宝石なんぞは、とても置いておけない。
だから女帝は枝垂に宮殿内にある宝飾類の鑑定と選別を依頼した。
「もちろん報酬ははずむぞ。そうだ、帰りの飛空艇も手配してやろう」
「いや、でも、あくまで何の根拠もない憶測みたいなものだし」
前のめりの女帝、彼女はトラ獣人にて圧が凄くて、枝垂はタジタジとなる。どうにかして回避できないか。
しかしながら、この申し出にエレン姫が「ぜひに」と喰いついた。
なにせアリエノールとラジール王太子の婚礼が控えている。
島内の方で婚儀を行うにしても、嫁が帝国の姫君ともなれば各国が大使を寄越すだろう。コウケイ国と関係が深いところは、さらに上の身分の者が式に顔を出すかもしれない。イーヤル国なんて、それこそリワルド王が三人の奥方たちを引き連れて、みずから乗り込んできそうだし。
いっそのこと「ご祝儀だけ贈ってくれ!」と声を大にして叫びたいところだが、外交上そうもいかない。
また、ことによっては諸国漫遊中の次姉が帝国とコウケイ国とが縁戚関係になったお零れに与って、あわよくば良縁にありつけるかもしれない。
魔法狂いにてクランコスタの大学に入り浸っている長姉、その留学費用もバカにならない。
エレン姫の趣味である魔導具弄りの出費もある。
枝垂のおかげで梅ポーションをはじめとして、新たな特産物が次々と開発されているものの、まだ市場には流していないのですぐに利益は出ない。
今後のことを考えれば、お金はいくらあっても困らない。
それにまたぞろ市場に出せないようなマズイ品を手に入れたときには、帝国とのパイプを使ってさばければ、なおけっこう!
……というわけで、枝垂は大量の宝石や宝飾品らとにらめっこ中であった。
「うぅ、目がチカチカする。宝石なんて大っ嫌いだ。あっ飛梅さん、その首飾り、ちょっと脇へと避けておいて、なんか厭な感じがするから」
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