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142 罪の碑
しおりを挟む聖梅樹の種――
それはほんのり紅を差したような、控えめで優しい色合いをしている。
表面に大小の窪みがたくさんあって、まるで火山岩のようにゴツゴツしているけれども、手触りが妙にクセになる。
見た目はまんま梅の種だ。
ただし、大きさがぜんぜん違う。ラグビーボールほどもあって、抱えてみるとずしりと重く、硬い殻の中身が相当に詰まっていることがうかがえる。
ギガラニカの梅は、原始の星骸との戦いにより滅びたパピロスペタァルの国とともに、あらかた姿を消した。
わずかな残っていた木々を、天狼オウランが不憫がって自分の庭に移植するも、それもじきにすべて枯れてしまった。
オウランの庭はパピロスペタァルを模して造られた亜空間の箱庭である。
少なくとも気温は問題なかったはず。植えた穴の深さが悪かったのか、それとも土が合わなかったのか、あるいは肥料や水やりに問題があったのかもしれない。もしくは木々たち自身が世を儚んで生きる気力を失くしたか……
いろいろがんばったのだが、根付くことはなかった。
以来、オウランの庭のその箇所だけが、ずっと空き地にて放置されてあった。
それを復活させたのが枝垂に宿った星のチカラなのだけれども、厳密にはちと違う。
枝垂が生やしたのは、あくまで地球の梅をベースにしたもの。
つまりパピロスペタァル滅亡のおりに、出現した天の奈落と起こった逆流現象によって、世界線を越えたギガラニカ産の梅の一部が、地球産のと交配した種(しゅ)であるということ。
海底大空洞にてハチノヘたちによって、人知れず守られ続けてきた幻の野生種・聖梅樹。
それがムクラン帝国の宮殿の奥深くにも存在していた!
枝垂は女帝から許可をもらい、そっと聖梅樹の種に触れてみる。
添えるのは右手にて。手の甲にある梅の文字が刻まれた六芒星の紋章に意識を集中する。
トクン……
トクン……
トクン……
種の表面を撫でるとざらりとした感触にて、触れたとたんに微弱ながらも鼓動のようなものが手のひらを通じて伝わってきた。
(やはりこれも生きているみたいだね。にしても本当に凄い。ハチノヘたちのところのもそうだけど、五千年以上もこの状態で朽ちることがなかっただなんて)
悠久の刻を越えて生き残り続ける。
なんという生命力、なんという強靭さ、なんというしたたかさ。
改めて考えさせられるのは、植物という生命の持つ凄味である。
動物と植物、生き物として真の強者はどちらであろうか?
枝垂は驚嘆し、畏怖の念を抱かずにはいられない。
☆
ここに第二の聖梅樹の種の現存が明らかとなった。
では、どうして秘匿するだけでなく、王族でも限られたごく一部しかその存在を伝えられてこなかったのか?
「あくまで伝え聞いた話なのだが……」
との前置きにて、女帝は口にしたのは当時の国内情勢である。
パピロスペタァルに原始の星骸が降臨した頃、帝国内ではちょうど後継者争いが激化していたそうで、第一王子派と第二王子派とにて真っ二つに分かれていた。
第一王子派は一報を受けたとき「すぐに応援を差し向けるべきだ」と主張したという。
けれども第二王子派は「いいや、まずは自国の守りを固めるべし」と強硬に反対した。
言ってることはどちらも間違ってはいない。さりとて、そこに余計な感情が入っていることこそが問題であった。
結果として、会議は揉めにもめて、ようやく軍を動かしたときには、すでに手遅れとなっていた。
かつて地上の楽園と謳われた場所が、乾いた風が吹く荒野に成り果てた。
呼びかけに応じる者もなく、残るのは濃厚な死と滅びの気配ばかり。
あまりの惨状を目の当たりして、派遣された帝国軍は愕然とする。
そんな帝国軍が荒野にて発見し持ち帰ったのが、聖梅樹の種と黒い石碑であった。
「これは我らの先祖が犯した過ちの証、いわば罪の碑(いしぶみ)のようなもの。代々帝位を継ぐ者は、先代から同じ過ちを繰り返さぬようにとの教訓とともに、これらを託されてきた」
女帝はそう話を結んだ。
これが帝国が抱えている秘密、これこそが帝国がどこよりもチカラを蓄えつつ、率先して連合軍を運営している理由……
種が樹人らに関する物だということは、黒い石碑は鉱人らに関わる物であろうことは、容易に推察される。
亡国から数千年、帝国とて何もしなかったわけではない。
これらを秘密裏に調査しては、どうにかしてコンタクトをとろうと模索した。
でも、ダメであった。まるで接触を拒むかのようにして、種と石碑はウンともスンともいいやしない。
だがしかし、そこに枝垂という稀有な星のチカラ持つ者があらわれた。
幾星霜の刻を経て。
いよいよ事態が動く。
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