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140 怨讐の蠢動
しおりを挟む急に黙り込んだまま顔面蒼白となっている。
枝垂の様子がおかしいことに気がついたエレン姫が「どうかしましたか?」と声をかけた。
そこで枝垂はエレン姫に小声で「じつは僕もちょっと気になっていることがあって。あの枢機卿がつけていた碧い数珠なんですけど、もしかしたら……」と自分の胸の内に湧いた疑惑について、鉱人の存在をも交えつつごしょごしょ。
ちなみに樹人うんぬんについての情報は、すでにコウケイ国の主だった者らの間で共有済みである。
☆
現在、荒野と呼ばれる場所、災い星の降る地には、かつてパピロスペタァルという大国があった。
色とりどりの花々が咲き誇る常春の楽園にて、それはそれは素晴らしい国であったという。
その国では樹人と鉱人というふたつの種族が共存繁栄していた。
だが、彼らはもういない。
突如として夜空が左回りに渦を巻き、渦の奥底よりあらわれた原始の星骸の襲撃を受けて、孤立無援の中で奮戦するもチカラ及ばず。
国の滅亡とともに姿を消してしまった。
樹人は植物系のヒトであるが、その在り方は実に多彩である。
木偶人形のような容姿もいれば、樹木そのままの姿もあり、上半身が類人で下半身が大きな花であったり、見目麗しい花の精霊のようであったり……
ベースが植物であるがゆえに火属性の魔法を扱える者がいない代わりに、植物魔法なる種族固有の魔法を遣える者がいたが、種族の消滅によりその魔法も絶えてひさしい。
鉱人は鉱物系のヒトにて、地魔法と錬金術により造り出されるゴーレムに近しい容姿をしている。こちらは見た目通り、種族全体が地魔法に特化しており、その精度や規模は他種族の地魔法とは一線を画す。
彼らは核となる部位があって、それさえ無事であればカラダをいくらでも再生できる特性を持ち、もっとも不死不滅に近い種族とも呼ばれていた。
その存在は遥か記憶の彼方にて、資料はほとんど残っておらず、伝承もまばら。知る者とてほとんどいない。いまのギガラニカ世界では、半分お伽噺の中の住人にて、滅びた幻の種族とされている。
だがしかし、滅びてはいなかった。
少なくとも樹人は現存している。
枝垂の従者である飛梅さんや、ペットの赤べこのフセがそれに該当する。
それに海底大空洞にてハチノヘたちが代々守ってきた大きな種、これより開花した聖梅樹などの存在も確認されている。
どうやら樹人たちは、いざという時のための備えをしてあったようだ。
それにあのパピロスペタァル滅亡のさなかに出現した、超次元の歪(ひずみ)・奈落へと吸い込まれたものの、一部が地球側へと落ちのびていたらしい。
しかし地球側には魔素がほとんどなく、体内に魔力を司る器官を持つギガラニカの住人たちはまともに生きられない。
そこで環境に適応すべく、現地の梅と交わることで悠久の刻をしぶとく生き延びる。
長い雌伏の時をじっと耐えること幾星霜……、ついに好機到来!
やたらと梅との縁が深い枝垂という星クズの勇者を通じて、こちらの世界へと帰還を果たした。
……っぽい。
と、天狼オウランは語っていた。
この話を聞いたとき、枝垂が気になったのがもうひとつの幻の種族のこと。
樹人たちが生き延びたということは、鉱人たちもまた生き延びたのではなかろうか?
木よりも石のほうが硬く長持ちする。そのことを考えたら十分にあり得るだろう。
枝垂の意見にオウランも「かもしれん」とうなづいていた。
だからとて、めでたしめでたしとはならない。
なにせパピロスペタァルが滅亡した経緯がちょっと……
しょうがなかったと言えなくもないが、いろいろあって根が深い。
ぶっちゃけもの凄く恨まれていてもおかしくない。
地球ではいまもレアメタルや貴重な鉱物を巡っての争いが絶えない。
また人類史を紐解けば、歴史の中にちらほら登場するのが宝石である。
莫大な富を生み、権威の象徴となり、ときには争いの火種ともなる。
例えばホープダイヤモンドというものがある。
世界で最も有名なブルーのダイヤモンドにて、数多の王族や大富豪の手を渡ってきたが、持ち主たちは不幸な最期を遂げている。
持ち主に祟る、不幸を呼び寄せるとされる宝石の話は存外多いのだ。
宝石が持つ美しさや醸し出す神秘の輝きは、人々の欲望を大いに刺激し、狂わせ、争わせ、血を流し命を奪う。
根底に胎動するのは、まぎれもない悪意。
現在、ホープダイヤモンドは米国スミソニアン博物館にある。そしてあの国は世界で最初に核実験を行い、以降も実施し続けた。
これが呼び水となり他国も行っては開発競争に明け暮れることになる。
繰り返される星骸の降臨。
原因は地球側の環境汚染や破壊にある。
地球側とて、どうにか歯止めをかけようといろいろやっているが、あまり捗っていないのが実情だ。
だが、仮にそれを意図的に引き起こしている者がいるとしたら?
邪魔をしては足を引っ張っている勢力があるとしたら?
誰も特をしない、こんなことをやる目的はひとつしかない。
復讐――
樹人たちはともかく、もしも鉱人たちが生き残っており、裏で画策していたとしたらどうか。
危惧すべきことは他にもある。
星骸たちのカラダを構成するのは、地球から出た廃材やゴミだ。星骸の成り損ねである赤霧もまたしかり。その体内には多量の汚染土や鉱物も含まれている。
であれば、もしかしたら鉱人たちが星骸にまぎれて、すでにギガラニカ世界へと帰還を果たしている可能性が高くなる。
なのに彼らが戻ったという話はちっとも聞こえてこない。
それすなわち意図的に隠れているということ。
これもまた復讐説を裏づける根拠ではなかろうか……
☆
飛空艇の墜落に関わった乗務員のことや、反勇者派の台頭や今回の一件のことといい、裏で彼らが暗躍しているのかもしれない。
そうなれば、ことは大陸全土におよぶ。
とてもではないが離島の小国で抱えられる問題ではない。
意を決したエレン姫は、アリエノールにすべてを打ち明けることにした。どうせいろいろとバレているみたいだし。
突拍子もない話を打ち明けられたアリエノールは頭を抱えつつも、「少しだけお時間をください。軍の上層部に……いや、母上に相談してみます」と言ってくれた。
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