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131 婚約発表
しおりを挟むめちゃくちゃ睨まれている。
それはもう、射殺さんばかりに。
親の仇であるかのごとく……
枝垂は星クズの勇者に認定されてから、他者から向けられれる視線に込められた感情には、いっそう敏感になっている。
これもまた弱者なりの処世術、危機察知能力の一環だ。
だが現在、カイトリーから向けられるものに関しては戸惑いを隠せない。
蔑まれ、小馬鹿にされることは多々あれども、あれほどの憎悪を向けられたことは初めてであったからだ。
嫌うどころではない。明確なる殺意を宿している。
どうやら、親善交流試合の結果にかなりご不満であったところに加えて、女帝スフォルツアがあてつけがましい態度をとったせいっぽい。
周囲に大勢の目がある中で面子を潰された。ラグール聖皇国の枢機卿さまは、頭から湯気を立てては、たいそうご立腹である。
枢機卿といえば、ラグール聖皇国の教皇を支える八人のうちのひとりである。
でもって、かの国は表向きこそ王族と教会の二輪体制をとっているが、国の舵取りは実質教会が握っているようなもの。
何をするにも信仰第一、教会がうなづかなければ成立しない国なのだ。
よって枢機卿という地位はとても高く、その影響力は極めて大きい。
連合評議会という外交の場に国の代表として参加していることからして、カイトリーが教皇の信任も厚いであろうことは容易にうかがえる。
そんな相手から一方的に敵視され、にらまれる枝垂たちコウケイ国の面々は、冷や汗たらたらにて戦々恐々となるばかり。
だというのに、火に油を注いだ女帝は涼しい顔にてどこ吹く風である。
どころか、いきなり「おぉ、そうだ!」あること口にしたもので、パーティー会場はいっそう騒然となった。
では、いったい何を言い出したのかというと――
「いい機会だから、この場で発表するとしよう。じつはこの度、うちのアリエノールとこちらのラジール王太子の婚約が決まってな。
いやはや、この子は兄妹らのなかでもとびきりの跳ねっかえりだから、密かに気を揉んでいたのだが、どうやらいらぬ心配であったな。
しかし、よもやロバイスの息子を射止めるとはなぁ。あっ、はっはっはっ。
やはり母娘だと、男の好みも似るらしい」
ムクラン帝国のアリエノール姫が、コウケイ国のラジール王太子と婚姻を結び、辺境に輿入れする。
いかにアリエノールが王族の末席にてなんら後ろ盾がない身とて、超大国の姫君が超小国へと嫁ぐなんて過去に前例のないこと。
王族の娘を国内の有力貴族のもとへ降嫁させたり、外交の駒として他国に出すことはままある。しかしそれはあくまで国益があると判断された場合に限る。
両国の現状と国力差をかんがみれば、それは極めて薄いと言わざるをえない。
なのに女帝が許可した。
みずからの口にて大々的に発表した以上は、もう無かったことにはできない。
大国を統べる女帝が、娘可愛さだけで判断するとはとても思えない。
それすなわち、此度の婚姻に何らかの価値があると見い出したということ……
この様子ではコウケイ国側が秘匿していた様々な情報を、すでにある程度まで把握されているとみるべきであろう。
島へのヒトやモノの出入りにはつねに目を光らせ、まずい情報が外部に漏洩せぬようにと細心の注意を払っていたが、さすがは大国ということか。
そしてその価値とやらの中には、星クズの勇者も含まれているのだろう。
あと「男の好みうんぬん」に関しては、触れるのが怖いので枝垂は聞こえなかったフリをする。
☆
急な婚約発表を受けて、戸惑いを隠せないパーティー参列者たちであったが、「素晴らしい! なんておめでたいんだ」と黒岩保が声をあげたのを皮切りに、コウケイ国と繋がりのある辺境諸国から拍手が起こった。他もこれに引きずられる形となり、たちまち会場は祝賀ムード一色となった。
囲まれ次々とお祝いを言われるご両人は、照れながらも受け答えをしている。
エレン姫とジャニスのところにも挨拶に訪れる者が多々。もっともこちらは女帝が目をかけているようだし、いまのうちに粉をかけておこうとの腹積もりであろう。
完全に蚊帳の外。
これ幸いと枝垂はどさくさに紛れて、この場を離脱しようと目論む。
けれども離れられなかった!
逃げようとした矢先のこと、向こうからずんずん近づいてきたのは誰あろう、枢機卿のカイトリーである。
正面には人だかり、反対側には女帝やその取り巻きたちがいて、背後は壁だ。唯一の逃走経路を塞がれてしまった。
カイトリーは神経質な痩せキツネのような容貌の類人の男にて、左の手首につけている碧い数珠のアクセサリーが印象的だ。珠の一粒がブドウのマスカットほどもあって、彼の瞳と同じ色をしている。きっと高価な品なのであろう。もしかしたら何らかの付与魔法が施されているのかもしれない。
だがしかし、その数珠を目にしたとたん、枝垂はなんとなく厭な気分になった。
理由はわからない。けど、胸のあたりがモヤっとする。ぞわぞわとムカデが這い上がってくるかのよう。眺めているとどうにも不安になって落ち着かない。
先ほどの険しい表情もどこへやら、カイトリーは笑顔を浮かべていた。
けれども、目の奥はちっとも笑っていなかった。
枢機卿はまずアリエノールたちのもとへと赴き、当たり障りのない型どおりの祝辞を述べてから、すぐに女帝の方へと顔を向ける。
「いやはや、祝着至極ですな。是非うちもあやかりたいものです。せっかくですから、これを機に例の話を勧めてはいかがでしょか?」
じつはラグール聖皇国側から、ムクラン帝国へ婚姻の打診を以前からしていたそう。
大国同士の結びつきを強めるという名目にて、五ヶ国の間では過去に何度か行われてきた。
が、女帝の治世になってからはまだ婚姻は結ばれていない。
そりゃあ、まぁ、誰だって鬱陶しい獅子身中の虫なんぞ、わざわざ飼いたくはないだろう。
女帝と枢機卿が、社交辞令の応酬にて、言質をとらせぬようにと静かな舌戦を繰り広げる。
その間、枝垂は壁の花に徹してじっと息を殺していた。
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