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 ムクラン帝国は、中央五ヶ国の筆頭格にてギガラニカ最大級の軍事国家である。
 実質的に国力ランキング第一位だ。連合軍の中枢を担い、総本部と最大規模の駐屯地も国内に持つ。そして最強の勇者ヴァシリオスをはじめとして、多数の優秀な星の勇者たちを旗下に抱えている。
 それらを統べる絶対君主が女帝スフォルツア・ウル・ムクラン。人寄りの容姿をした艶熟したトラの獣人にて、いざともなればよりワイルドな姿になれるのはラジールと同じである。

 これは大袈裟でもなんでもなくて、そのつぶやきひとつで世界が揺らぐ。
 そんな立場の女帝が、産物が紫イモぐらいしかない孤島にて、国力ランキングで万年ビリっけつを独走し続けている小国のところに、みずから赴く。
 パーティーに参加していた多くの者たちにとっては、信じられない光景にて、まったく予想できない出来事であった。
 国同士のパワーバランスを考えれば、顎先ひとつで呼びつけられたとてしょうがない。コウケイ国側はすぐさま馳せ参じて、おとなしく首(こうべ)を垂れるしかないのだから。なのにこの状況は、ぶっちゃけありえない!

 周囲が目を皿にして固まる中、当の女帝はまるで気にする素振りもなく……

「ひさしいなエレン」

 魅惑的なジャズシンガーのごとき、やや擦れたハスキーボイス。
 いきなり名を呼ばれたエレン姫は慌てて片膝をつこうとするも、女帝はそれに首を振る。

「よい、堅苦しい挨拶はけっこう、どうかそのままで。それよりもこの前は、うちの娘がいきなりそちらへ押しかけたらしいな。いろいろ迷惑をかけたようですまなかったね」

 女帝が口にしたのは、連合軍の監査部に所属しているアリエノールが、イーヤル国への視察がてら少し足を伸ばして、ラジールともどもコウケイ国にやってきた時のことである。
 ラジールとアリエノールは付き合っており、結婚も視野にいれている間柄。いちおう王族同士の交際なので、きちんと彼氏のご両親に挨拶をしておこうとアリエノールが言い出したのが来島の発端だったとか。
 ようは出張のついでに、辺境にある彼氏の故郷を訪れたという次第。
 公私混同のような気がしなくもないけれども、こんな機会でもなければ忙しい身ゆえに、なかなか行けないとあっては、しょうがない?
 まぁ、それだけ中央と辺境には、距離的な隔たりがあるということである。

 だが迎える側はたいへんであった。
 王太子がひさしぶりに帰国するというだけでも大事なのに、それが未来のお妃候補を連れてくる、しかもその相手がムクラン帝国のお姫さまとなればなおのこと。いかに彼女の王位継承権がかなり低いとはいえ、国力トップと最下位の組み合わせなんて前代未聞である。
 ロバイス王たちは「なんてことだ、息子がとんでもない相手を選んだ!」と狼狽し、城内のみならず城下も「えらいこっちゃ」と大騒ぎとなった。
 でもって、アリエノールたちの滞在中にもいろいろあった。

 歓迎パーティーのさなかに枝垂が攫われたり、その攫った相手が伝説の神獣オウランだったり、星骸や滅びた国や種族について知り得たり、失楽園の欠片と称する庭に梅の木を植樹したり、黄金級の禍獣の常識が世間の非常識であることが判明したり、オウランから貰った尻尾と輝石から赤べこのフセが爆誕したり、産まれたフセが暴走して城内の食料を喰い尽くしたばかりか、大切な輸出品である紫イモの貯蔵庫を襲撃し、これを守るための攻防戦が発生したり、何を考えてか調査団の一部の跳ねっかえりどもが、止めるのもきかずに「辺境なにするものぞ」と意気込んでは、ジェホホウダンの森の三層目に挑み、危うく全滅しかけたり、どさくさに紛れて水面下では激しい諜報戦が繰り広げられたり……
 それは、もう、本当に盛りだくさんであった。

 あの時のことを思い出しエレン姫とジャニスは顔を引きつらせ、枝垂は苦笑いを浮かべる。アリエノールは遠い目をし、ラジールはついとそっぽを向いた。
 女帝スフォルツアは、そんな若い連中を愉快そうに眺めつつ、今度は枝垂へと話しかける。

「先の試合……じつに興味深く観させてもらった。フフフ、負けた連中にはいい薬になったであろう。あの者らは、宿った星のチカラはたしかに優れているが、周囲から持ち上げられて、いささか勘違いをしておったからな。あの程度で増長されてはかなわんよ。
 その点、カララバ国の浩然、ダヤ国の岡本英二、イーヤル国の黒岩保、それからコウケイ国の柳川枝垂らの活躍は見事であった。
 とくに枝垂殿は星クズ判定を受けた不遇の身で、よくぞここまで成長した。たいしたものだ。とはいえ、辺境では何かと不自由をしていることであろう。
 ふむ。もし望むのであればいつでも当方にて迎え入れるが、どうだ?」

 はっきりと明言こそはしていないが、第四試合は枝垂の勝ちだと女帝が公言しているようなもの。
 それだけでなく自分たちの、中央の負けをあっさり認めた。
 言葉の裏には「此度の敗北を糧として、環境に甘んじることなく、辺境を見習いよりいっそうの精進をせよ」との意が含まれていることは、誰にでもわかった。
 ばかりか、いきなり勧誘してきたもので、された枝垂は「す、すみません。ありがたいんですけど、どうやら僕はコウケイ国の水が合っているようで」としどろもどろに答えるのがやっとであった。
 そんな枝垂に女帝はチャーミングなウインクを投げかける。
 どうやら彼女の悪戯であったらしい。

(これが超大国のみならず世界の命運すらも左右する立場の者……、役者が違う)

 元高校生の星クズの勇者には荷が重すぎる。
 いいように手の上で転がされるばかりの枝垂は、ろくにタメ息も出やしない。
 一方でこのやりとりを忌々しげに睨んでいる者がいた。
 ラグール聖皇国から派遣されている枢機卿カイトリーである。


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