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129 女帝
しおりを挟む「やっぱり納得がいかない。どうして、あれが引き分けになるんだよ」
枝垂は小皿に取り分けた肉料理をつつきながら、不満たらたら。
それを「まぁまぁ」となだめていたのは、ドレスで着飾ったエレン姫と、近衛士の礼服姿のジャニスである。
場所はムクラン帝国の宮殿内だ。むさい試合会場とはうってかわって、優雅な音楽が流れる煌びやかな親睦パーティー会場の片隅である。
結局、親善交流試合は第四試合をもって打ち切りとなった。
なにせ岩の巨人とギガンテック赤べこが暴れたもので、会場の建物は半壊し、内部もしっちゃかめっちゃか。とてもではないが続けられないと判断された。
――それはともかく、枝垂がむくれていたのは第四試合の判定である。
誰がどうみても、あれは枝垂の勝ちであろう。
きちんとトドメもさした。いや、さすがに殺してはいないけど……
なのに無効試合にされてしまった。
たぶんラグール聖皇国が難癖をつけたのであろう。親善交流試合なんぞを仕組んでは、辺境組を槍玉にあげたり、各国が保有する勇者を取り上げようと画策したり、あるいは辺境に対してマウントをとろうとする手口といい、あの国はやることなすことがとにかくコスい。
もちろん枝垂は「そんなのおかしいだろう!」と抗議するも、ダメであった。
逆に運営サイドのえらい人から「認めてもいいけど、そうなると責任問題が……。会場の修繕費、いったいいくらかかることやら」と耳元で囁かれてしまった。
暗に賠償のことをほのめかされて、枝垂はグギギと歯噛みする。
お金のことを言われると弱い。
あくまで試合中のアクシデントとして突っぱねたいところだが、フセが壊した範囲って、じつは岩の巨人よりもずっともっと多かったりする。
六対四ぐらいで、フセの方が会場をぶっ壊している。天井は完全に抜け落ち、建屋は傾き全体が歪んでヒビだらけ、土台も損傷していることであろう。たぶん建て直しとなる。
現在、星クズの勇者はコウケイ国に身を寄せている。
よって立場上、コウケイ国にしわ寄せがいく公算が高い。それだけはなんとしても避けなければならぬ。
ゆえに枝垂も口を閉じるしかなかった。
☆
親睦を深める名目のパーティーは絢爛豪華にて、目もくらむほど。
料理もたくさん用意されておりどれも美味しい。折詰にして持ち帰りたいほどだ。シモンやクラスのみんなにも食べさせてあげたい。
だが、パーティーそのものはちっとも楽しくなかった。
試合を終えてノーサイド? 和気あいあいムードとはほど遠い。
冷静になって会場内を見渡せば、そこにはギガラニカの世界情勢の縮図があった。
寄親と寄子――大国とその取り巻きたちで構成された五つの集団と、そこに属さぬ辺境の小集団らと。連合軍サイドはいちおう中立を保っているものの、こちらにも派閥があるらしく、いくつかの集団に分かれている。
表面上は穏やかなれども、目には見えないせめぎ合いにて空気がピリピリしている。
距離を縮めるどころか、いっそうの溝と開きを感じる。
よくもまぁ、こんな調子で世界の災厄である星骸に対抗してこれたものだと、枝垂はむしろ感心した。
とにもかくにも巻き添えはごめんである。
気まずい空気から逃れるようにして、会場の片隅にて縮こまっている枝垂たちのもとへと、挨拶に訪れたのは連合軍に所属しているラジールとアリエノールであった。
黒髪の偉丈夫と銀髪の美女のふたりは付き合っており、いまは婚約が正式に承認されるのを待っているところである。
なおラジールはコウケイ国の王太子にしてエレン姫の兄、アリエノールはムクラン帝国の王女さま……とはいえ王位継承権は第二十八位と末端も末端だけれども。
どちらも立場があるので、何事もおいそれとはいかない不自由な身なのである。
再会を喜ぶ一同。
「いやはや驚いたぞ。強いなぁ、辺境の勇者たちは……もちろん枝垂もだ。だというのに、無効試合だと? 聖皇国の連中はいったい何を考えているのやら」
「まったくですね。以前から信仰を盾にとっての、連中の厚顔っぷりには目に余るものがありましたが、あれほど恥知らずとはおもいませんでした。
にしても、よもや枝垂があの赤べこを使役するとは驚きです。しかもあのような芸当まで」
ラジールとアリエノールから面と向かって健闘を称えられて、枝垂は「いやぁ、それほどでも」
星クズの勇者はあまり褒められ慣れていないもので、赤面してモジモジ照れた。
が――楽しく歓談していられたのはここまで!
次の瞬間、会場の空気がざわりとする。
同時に視界の中の人だかりが、さっと左右に割れた。
あらわれた道をこちらに向かってくるのは、プラチナの長髪に黒い毛が混じっている獣人の女性である。純白の豪奢なマントを羽織っており、頭には王冠を被っている。肩で風を切ってどころか、それこそ世界そのものを切り裂いて突き進むかのごとき威風堂々っぷり。そんな女傑が多数のお供や取り巻きどもをぞろぞろと引き連れて。
圧倒的なまでの存在感だ。彼女が一歩動くたびに、自然と周囲が動かされている。いや、それどころか彼女の一挙手一投足に会場中が釘付けとなっている。
雰囲気や目元がどことなくアリエノールに似ているかも。
なんぞと枝垂はおもったのだけれども、それもそのはずだ。
この御方こそがアリエノールの母親であり、ムクラン帝国を統べる女帝スフォルツア・ウル・ムクランであったのだから。
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