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124 狩りの時間

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 派手な道化師の格好をしたグレゴリー・ボルヘスと対峙するのは、左に飛梅さんを、右にフセを引き連れた枝垂である。
 グレゴリーがちらり、木偶人形と赤べこを見るなり、露骨に仮面の奥の瞳に嘲りの色を浮かべた。

「ふふふ、星クズの坊やよ、もしかして三対一だから勝機があるかも……とか考えていないか? 先の連中に続いて自分もとか? 
 だとしたら、どうしようもないほどに愚かとしか言いようがないな。
 そもそもの話として、そちらの貧相なお連れたちの参加を、どうして俺が認めたのか。それは――」

 言うなりグレゴリーがパチンと指を鳴らす。
 とたんに、舞台の石床に光る魔法陣がいくつもあらわれた。
 魔法陣より立つ光の柱たち。その奥から「グルルル」という唸り声がして、のそりと姿をみせたのはガウガウたちであった。

 ガウガウは、地球でいうところのオオカミだ。
 なんでもかんでもガウガウ噛み付くからそう呼ばれている。あまり賢くはないけれども牙も爪も強力だ。縄張り意識が強い。動きも俊敏にて、つねに群れで行動している。
 コウケイ国のある島内には生息していないけれども、こちらの世界に召喚されてから辺境送りとなった道中にて、枝垂は二度ほど襲われた経験がある。
 あのときはエレン姫とジャニスが難なく撃退していたけれども、さりとて弱い獣というわけではない。
 なにせ理性よりも食欲全開ゆえに、後先考えずに突撃してくるのだから。
 恐れ知らぬバカは始末が悪い。

 グレゴリーが召喚したガウガウたちの中に、一頭だけ毛色の違う大きな個体が混じっている。他のはみな赤茶けた毛並みなのに、それだけ赤黒い。おそらくはあれが群れのボスなのだろう。ちょっと雰囲気がある。もしかしたら禍獣化しているのかもしれない。

 赤黒い個体がグレゴリーに首(こうべ)を垂れてはつき従っている。
 これに枝垂は眉根を寄せた。
 なぜなら、先にも述べたがガウガウはいささかオツムが足りないのだ。姿形こそイヌやオオカミに近しいけれども、脳みそがあまり大きくなくてシワもほとんどないらしい。ゆえにヒトには絶対に懐かない。その恩知らずぶりは、他の追随を許さない。
 それが従っている。奇妙な話であった。

 するとグレゴリーが自分から種明かしをしてくれた。
 自分の星のチカラは「隷属」にて、これは動物や禍獣などを召喚し使役できるというもの。なおヒトにも有効なのかといえば……

「それはご想像にお任せしますよ。ふふふふ」

 とグレゴリーは不気味に笑う。思わせぶりにて肝心なことは口にしない。
 だが枝垂はようやく得心がいった。
 第四試合にて、どうして飛梅さんやフセの同伴が許されたのか。
 理由は、グレゴリーも召喚獣を使役するからである。
 ガウガウの群れは十八頭、おおかたこちらを野兎に見立てて、数の暴力で獲物を存分に痛めつけて嬲るつもりなのだろう。
 加虐性欲の持ち主、とことん厭らしい男である。

 唾棄すべき相手にて、口を利くのも汚らわしい。
 が――それはともかくとして、枝垂は内心で首を傾げている。
 かつて道中で襲われたときには、ちびりそうなほど怖かったガウガウたちだが、ひさしぶりに会ってみたらさほどでもない。
 そして群れのボスの赤黒い個体にしても、おっかないことはおっかないはずなのに、あんまり脅威に感じていない自分がいることに枝垂は「あれ?」と戸惑っている。

 枝垂は星クズの勇者である。
 身体強化の恩恵を受けておらず、獣人の女の子に軽くひと捻りされるほどの虚弱体質だ。ずっとトレーニングを続けているおかげで、少しは動けるようになってきたけれども、まだまだ弱っちい。
 近衛士のジャニスなんかは、その「少し」こそが肝要にて「とっさに動けるかどうかの差は大きい」と励ましてくれるけれども、自身の不甲斐なさに枝垂は日々忸怩たる想いを抱いている。

 非力であるがゆえに、周囲はつねに脅威に満ち充ちている。
 特殊な環境下で、自然と磨かれたのが危機察知能力だ。
 ヤバイ状況や、シャレにならない相手との遭遇は即、死に直結する。
 だからこそ生存戦略として必須な能力とも言えよう。
 そんな枝垂の危機察知能力なのだけれども、すこぶる感度がいい、
 だというのに先ほどからピクリともしやしない。
 ぶっちゃけイモ畑でカーラスの群れを率いる紫黒の雷姫と対峙した時の方が、ずっともっと緊張する。
 それすなわち、あのガウガウたちが紫黒の雷姫と比べて、かなり劣るということかしらん?

「もしかして……その大きなのって禍獣?」

 枝垂は念のためにグレゴリーに訊ねた。

「ほう、わかるかね。その通りだ。ふふふ、威風堂々としているだろう。なかなかに獰猛な奴で、従えるのに苦労したよ」

 グレゴリーは得意げに、群れのボスは赤胴級の禍獣だと言った。

「さぁ、ではそろそろ狩りを始めるとしようか。せいぜい元気に逃げ回って楽しませてくれよ」

 その言葉が合図となり、ガウガウの群れが一斉に駆け出した。


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