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122 サンタテ
しおりを挟むムクラン帝国に続いて、魔法大国クランコスタの勇者までもが敗れた……
会場内のどよめきが止まらない。
そのざわつきを引き連れたまま行われた第三試合。
対戦カードはザレックス共和国の勇者の高原翔衛(たかはらしょうえ)と、イーヤル国の勇者である黒岩保である。
ザレックス共和国は莫大な資本力を有する商業国家にて、中央五ヶ国に数えられるうちのひとつ。ここがその気になったら、国のひとつやふたつ軽く干上がると云われている。
高原翔衛はちょんまげのサムライだ。
でも、戦国時代に生きた武士たちのような殺伐さはない。おそらくは徳川幕府の治世のうちの、いずれかから召喚されたのであろう。
だからとて太平の世にて、算盤勘定ばかりが得意であった軟弱な武士とはちがうのは、腰に刀を差した立ち姿から容易に伺える。
剣身一体、とてもさまになっている。
さりとて同じ剣士でも今村日美子とは、まとっている空気がまるで違う。
剣の道を志したのは同じでも、その歩みには雲泥の差があるのだろう。あるいは剣に対する考え方が根底からして異なっているのかもしれない。
只者じゃない……おそらくは、産まれてくる時代を間違えたとか、周囲から云われてきた類の人間だ。
イーヤルは草原と山の国である。「緑海」と称されるほどの広大な草原地帯を領土に持つ。騎竜や騎馬の名産地として広く知られており、育成にもチカラを入れている。ゆえにこの国では、騎竜や騎馬を乗りこなせないと、一人前の男として認められない。国力は三十九ヶ国中では二十三位と、中よりちょい下ぐらいである。
所属する星の勇者は新生・黒岩保である。
あえて新生をつけたのは、かつての黒岩保はそれはもうどうしようもないダメなおっさんだったから。元パワハラ上司は異世界転移により激変した環境を受け入れられず、飲んだくれては腐りに腐っていた。
けれども、彼は幾多の試練と友との別れを経て己を真摯に見つめ直し、生まれ変わった。
結果、未練がましく残っていた頭髪とはバイバイし、心身をイジメ抜くことでデトックス、ガチムチのおっさんにメタモルフォーゼを遂げた。
ちなみに黒岩保に宿りし星のチカラは「圧力」である。
これは対象をギュッと押すというもの。
枝垂との初見時には発動が遅くて、効果もいまいちにて、あまり使える能力ではなかった。赤霧との戦いの終盤で幾分かは成長していたけれども、はたして現在はいかに?
☆
これまた下馬評では、大国が支援する高原翔衛の勝ちとの予想であった。
物心つく前から武士の嗜みとして鍛錬を続け、身につけている剣技もさることながら、彼に宿りし星のチカラが「威星」というものであったからだ。
威星は剣による攻撃力、斬れ味を増すというもの。まるで高原翔衛のためにあるような能力にて、彼の手にかかればどんなナマクラでも、たちまち大業物へと昇華する。
あらゆるものを一刀両断するサムライ。
いかに黒岩保が頼もしくメタモルフォーゼをしたとはいえ、さすが分が悪い。
と――誰もが考えていた。
かくいう枝垂も「二度あることは三度あるっていうけれども、さすがに無理かな」と控室のモニター越しにポテトップスをパリポリ摘まんでいた。
けれども、そんな大方の予想を黒岩保は覆す。
試合開始の合図が告げらるとともに、黒岩保は駆け出した。
これを前にして悠然と腰の刀を抜こうとする高原翔衛であったが……
「玉砕覚悟か、その覚悟や潔し。せめて苦しまぬように一太刀で仕留めてしんぜよう。うん? ふんっ! なっ、なんじゃあ? 刀が、刀が抜けんぞ。これはいったいどうしたことか」
抜けば玉散る氷の刃――のはずが、どれだけ柄を握って引っ張ろうとも、ぴくりともしやしない。
黒岩保の仕業であった。
刀を抜かれたら勝負にならない。だから試合開始の合図とともにすかさず能力を発動し、その刀を封じる。柄頭のところへとピンポイントにグっと圧力をかけて、抜けないようにしたのだ。
これに慌てた高原翔衛であったが、迫る敵を前にしてすぐさま頭を切り替える。
「――っ! なれば、このまま打ち据えるのみよ」
鞘から抜かぬとて刀は鉄の塊だ。鈍器としては威力充分にて、それが剣客の手にあるとなればなおさらであろう。
ようは真剣勝負が木刀による立ち合いに変わったようなもの。
だから高原翔衛は道場稽古のように、がむしゃらに突進してくる黒岩保の相手をしようとしたのだが、彼は一瞬、とても大切なことを忘れていた。
それはこれが只の人間同士の試合ではなくて、星の勇者同士の戦いだということ。
「きぃえぇぇぇぇぇい!」
気合いもろとも鞘に入った刀を上段に振りかぶり、思い切り舞台の石床を右脚にて踏み込んだ。
踏み込みが強ければ強いほど打突は威力を増す。また後ろ足を自然と引きつけることで、素早く体勢を立て直し、次の動作へと素早く移行することができる。
剣においては一眼二足三胆四力(いちがんにそくさんたんしりき)という教えがあり、足は目の次に重要とされている要素なのだ。
だが、それゆえにこれを崩されると、たちまち全体がガタガタになる。
「?!」
高原翔衛が大きく目を見張った。
なぜなら踏み込んだはずなのに、うまくカラダが前へと動かなかったからである。
原因は右脚の小指付近、またしても黒岩保の仕業であった。小指の先、爪の辺りに上から圧力をかけたのである。
局所的な星のチカラの行使、一点集中の圧力がむぎゅっと思い切り踏みつけたもので、これにはたまらず高原翔衛も「あ痛っ!」
完全に出鼻をくじかれた高原翔衛、その剣は乱れて狙いをはずした。
ところを、すかさず一閃したのは黒岩保のラリアットであった。
豪腕がぶぅんと振り抜かれる。見事に喉もとを捉えた一撃にて、高原翔衛はぐりんと勢いよくでんぐり返っては、後頭部からモロに石床へと叩きつけられた。
頭部を強打し、ふらふらとなりながらも剣は手放さず、なおも立ち上がろうとした高原翔衛は立派であった。これぞ武士の意地という奴なのであろう。不屈の闘志の持ち主である。
だがしかし、やはり立ち上がったのは失敗であった。
すかさず背後に回り込んだ黒岩保による、容赦のないバックドロップが炸裂する。
受け身もとれず、堅い石床に脳天から叩き落とされ、高原翔衛は沈黙する。
あまりのことに静まり返る会場内に「ウィイィィィィイ!」と木霊したのは黒岩保の雄叫びである。みょうちきりんな勝利のポーズ、どうやら彼は往年のプロレスファンであったようだ。
ざわざわざわざわ……
よもやの三タテに、会場中のどよめきが止まらない。
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