星の勇者たち でも三十九番目だけ、なんかヘン!

月芝

文字の大きさ
上 下
122 / 242

122 サンタテ

しおりを挟む
 
 ムクラン帝国に続いて、魔法大国クランコスタの勇者までもが敗れた……
 会場内のどよめきが止まらない。
 そのざわつきを引き連れたまま行われた第三試合。
 対戦カードはザレックス共和国の勇者の高原翔衛(たかはらしょうえ)と、イーヤル国の勇者である黒岩保である。

 ザレックス共和国は莫大な資本力を有する商業国家にて、中央五ヶ国に数えられるうちのひとつ。ここがその気になったら、国のひとつやふたつ軽く干上がると云われている。
 高原翔衛はちょんまげのサムライだ。
 でも、戦国時代に生きた武士たちのような殺伐さはない。おそらくは徳川幕府の治世のうちの、いずれかから召喚されたのであろう。
 だからとて太平の世にて、算盤勘定ばかりが得意であった軟弱な武士とはちがうのは、腰に刀を差した立ち姿から容易に伺える。
 剣身一体、とてもさまになっている。
 さりとて同じ剣士でも今村日美子とは、まとっている空気がまるで違う。
 剣の道を志したのは同じでも、その歩みには雲泥の差があるのだろう。あるいは剣に対する考え方が根底からして異なっているのかもしれない。
 只者じゃない……おそらくは、産まれてくる時代を間違えたとか、周囲から云われてきた類の人間だ。

 イーヤルは草原と山の国である。「緑海」と称されるほどの広大な草原地帯を領土に持つ。騎竜や騎馬の名産地として広く知られており、育成にもチカラを入れている。ゆえにこの国では、騎竜や騎馬を乗りこなせないと、一人前の男として認められない。国力は三十九ヶ国中では二十三位と、中よりちょい下ぐらいである。
 所属する星の勇者は新生・黒岩保である。
 あえて新生をつけたのは、かつての黒岩保はそれはもうどうしようもないダメなおっさんだったから。元パワハラ上司は異世界転移により激変した環境を受け入れられず、飲んだくれては腐りに腐っていた。
 けれども、彼は幾多の試練と友との別れを経て己を真摯に見つめ直し、生まれ変わった。
 結果、未練がましく残っていた頭髪とはバイバイし、心身をイジメ抜くことでデトックス、ガチムチのおっさんにメタモルフォーゼを遂げた。
 ちなみに黒岩保に宿りし星のチカラは「圧力」である。
 これは対象をギュッと押すというもの。
 枝垂との初見時には発動が遅くて、効果もいまいちにて、あまり使える能力ではなかった。赤霧との戦いの終盤で幾分かは成長していたけれども、はたして現在はいかに?

  ☆

 これまた下馬評では、大国が支援する高原翔衛の勝ちとの予想であった。
 物心つく前から武士の嗜みとして鍛錬を続け、身につけている剣技もさることながら、彼に宿りし星のチカラが「威星」というものであったからだ。
 威星は剣による攻撃力、斬れ味を増すというもの。まるで高原翔衛のためにあるような能力にて、彼の手にかかればどんなナマクラでも、たちまち大業物へと昇華する。
 あらゆるものを一刀両断するサムライ。
 いかに黒岩保が頼もしくメタモルフォーゼをしたとはいえ、さすが分が悪い。
 と――誰もが考えていた。
 かくいう枝垂も「二度あることは三度あるっていうけれども、さすがに無理かな」と控室のモニター越しにポテトップスをパリポリ摘まんでいた。

 けれども、そんな大方の予想を黒岩保は覆す。
 試合開始の合図が告げらるとともに、黒岩保は駆け出した。
 これを前にして悠然と腰の刀を抜こうとする高原翔衛であったが……

「玉砕覚悟か、その覚悟や潔し。せめて苦しまぬように一太刀で仕留めてしんぜよう。うん? ふんっ! なっ、なんじゃあ? 刀が、刀が抜けんぞ。これはいったいどうしたことか」

 抜けば玉散る氷の刃――のはずが、どれだけ柄を握って引っ張ろうとも、ぴくりともしやしない。
 黒岩保の仕業であった。
 刀を抜かれたら勝負にならない。だから試合開始の合図とともにすかさず能力を発動し、その刀を封じる。柄頭のところへとピンポイントにグっと圧力をかけて、抜けないようにしたのだ。
 これに慌てた高原翔衛であったが、迫る敵を前にしてすぐさま頭を切り替える。

「――っ! なれば、このまま打ち据えるのみよ」

 鞘から抜かぬとて刀は鉄の塊だ。鈍器としては威力充分にて、それが剣客の手にあるとなればなおさらであろう。
 ようは真剣勝負が木刀による立ち合いに変わったようなもの。
 だから高原翔衛は道場稽古のように、がむしゃらに突進してくる黒岩保の相手をしようとしたのだが、彼は一瞬、とても大切なことを忘れていた。
 それはこれが只の人間同士の試合ではなくて、星の勇者同士の戦いだということ。

「きぃえぇぇぇぇぇい!」

 気合いもろとも鞘に入った刀を上段に振りかぶり、思い切り舞台の石床を右脚にて踏み込んだ。
 踏み込みが強ければ強いほど打突は威力を増す。また後ろ足を自然と引きつけることで、素早く体勢を立て直し、次の動作へと素早く移行することができる。
 剣においては一眼二足三胆四力(いちがんにそくさんたんしりき)という教えがあり、足は目の次に重要とされている要素なのだ。
 だが、それゆえにこれを崩されると、たちまち全体がガタガタになる。

「?!」

 高原翔衛が大きく目を見張った。
 なぜなら踏み込んだはずなのに、うまくカラダが前へと動かなかったからである。
 原因は右脚の小指付近、またしても黒岩保の仕業であった。小指の先、爪の辺りに上から圧力をかけたのである。
 局所的な星のチカラの行使、一点集中の圧力がむぎゅっと思い切り踏みつけたもので、これにはたまらず高原翔衛も「あ痛っ!」

 完全に出鼻をくじかれた高原翔衛、その剣は乱れて狙いをはずした。
 ところを、すかさず一閃したのは黒岩保のラリアットであった。
 豪腕がぶぅんと振り抜かれる。見事に喉もとを捉えた一撃にて、高原翔衛はぐりんと勢いよくでんぐり返っては、後頭部からモロに石床へと叩きつけられた。
 頭部を強打し、ふらふらとなりながらも剣は手放さず、なおも立ち上がろうとした高原翔衛は立派であった。これぞ武士の意地という奴なのであろう。不屈の闘志の持ち主である。
 だがしかし、やはり立ち上がったのは失敗であった。
 すかさず背後に回り込んだ黒岩保による、容赦のないバックドロップが炸裂する。
 受け身もとれず、堅い石床に脳天から叩き落とされ、高原翔衛は沈黙する。

 あまりのことに静まり返る会場内に「ウィイィィィィイ!」と木霊したのは黒岩保の雄叫びである。みょうちきりんな勝利のポーズ、どうやら彼は往年のプロレスファンであったようだ。
 ざわざわざわざわ……
 よもやの三タテに、会場中のどよめきが止まらない。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

天才ピアニストでヴァイオリニストの二刀流の俺が死んだと思ったら異世界に飛ばされたので,世界最高の音楽を異世界で奏でてみた結果

yuraaaaaaa
ファンタジー
 国際ショパンコンクール日本人初優勝。若手ピアニストの頂点に立った斎藤奏。世界中でリサイタルに呼ばれ,ワールドツアーの移動中の飛行機で突如事故に遭い墜落し死亡した。はずだった。目覚めるとそこは知らない場所で知らない土地だった。夢なのか? 現実なのか? 右手には相棒のヴァイオリンケースとヴァイオリンが……  知らない生物に追いかけられ見たこともない人に助けられた。命の恩人達に俺はお礼として音楽を奏でた。この世界では俺が奏でる楽器も音楽も知らないようだった。俺の音楽に引き寄せられ現れたのは伝説の生物黒竜。俺は突然黒竜と契約を交わす事に。黒竜と行動を共にし,街へと到着する。    街のとある酒場の端っこになんと,ピアノを見つける。聞くと伝説の冒険者が残した遺物だという。俺はピアノの存在を知らない世界でピアノを演奏をする。久々に弾いたピアノの音に俺は魂が震えた。異世界✖クラシック音楽という異色の冒険物語が今始まる。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 この作品は,小説家になろう,カクヨムにも掲載しています。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...