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120 最強の男
しおりを挟むドドドドドドドドッ……!
轟音とともに降り注ぐ大量のツララたちが、舞台上を埋め尽くす。
大仕掛けの罠だ。いかに浩然が器用で星のチカラの扱いに長けていたとしても、やろうとおもってすぐに設置できるものではない。それすなわち、かなり早い段階から対戦相手どころか、観客らにも悟らせぬようにこっそりと仕掛けていたということ。
控室にてモニター越しに応援していた枝垂は驚愕するばかり。
「すごい、浩然さんってば、めちゃくちゃ強くなっている!」
きっとヴィクターの死と、あの赤霧との激戦を経て思うところがあったのであろう。男子三日会わざればとはいうが、それにしてもこの短期間でこれほどの成長を遂げていようとは――
さながらツララ地獄と化した舞台上。
当たれば串刺し、かすっても裂傷をまぬがれない。だがそれだけではない。
落ちたツララが落下の衝撃で砕けては、破片を周囲にまき散らす。それらが宙を飛び交う。跳ねて暴れまわっては、他の欠片たちとぶつかり、また跳ねるを繰り返す。
氷の粒、ひとつひとつの動きは単純かもしれないが、いかんせん数が多い。
これらが白いベールとなって視界を遮り、なおかつ足下を脅かす。
そんな中に囚われた今村日美子の姿は、まるで大きな凍牙を持つ獣の口に呑み込まれたかのように見えた。
……
…………
………………
ツララの雨が止んだ。
訪れた静寂に観客たちまでもが息を潜めては、緊張した面持ちにてじっと舞台を見つめるばかり。
垂れ込める白い薄靄の中、ゆっくりと立ち上がったのは浩然であった。
衣類についた氷の粉を払いつつ、「ふぅ」と大きく息を吐く。見たところ、疲労の色は濃いがカラダは無事である。どうやらあの小さな氷のドームは身を守るための簡易シェルターであったようだ。
となれば気になるのが、対戦相手の状況である。
観客らは無意識のうちに今村日美子の姿を目で探していた。
が――どこにもいない。ツララの下敷きになっているのか、はたまた欠片に埋もれたかともおもわれたが、いくら目を凝らして探してみても、それらしい姿はどこにも見当たらなかった。
今村日美子が舞台上から忽然と消えた。
このことに客席がすぐにざわつき出すも、その時のことであった。
「ヒミコならば、ここだ」
男の声がした。
ずっしり低いバリトンボイスにて、大人の色気と落ち着きを感じさせるモノ。
でも、それだけじゃない。
その声は圧倒的な存在感を備えており、聞いた者がけっして無視できないだけの重みが含まれている。
たったの一声……。それだけで、会場中の混乱を鎮め、みんなを黙らせたのは屈強な男であった。ぐったりして気を失っている今村日美子を抱きかかえている。
広い肩幅、逞しい腕、太い首……天性のモノを極限まで鍛え上げたであろう肉体は、戦士という言葉がよく似合う。
ブルネットの髪は短め、軽くパーマを当てたような髪型をしている。鼻が高い。整っている彫りの深い横顔、ターコイズブルーの瞳にはどこか憂いを帯びていた。
男は言った。
「この勝負、キミの勝ちだ、浩然。さすがはイルノート期待の新人だな。見事だった」
上から目線にて、ぶっきらぼうでいささか横柄な物言い。
でも不快じゃない。むしろ誇らしさすら覚える、そんな不思議な声音であった。
モニター越しに耳にした枝垂ですらもがそうなのだ。ぶるりと震えた。
直接言われた浩然は、なおさら強くそう感じたのであろう。
その証拠に、勝利宣告を受けたとたんに、浩然はその場でへたり込んでしまったのだから。
かくして第一試合は浩然の勝ちとなるも、意外な幕切れとなった。
では、あの乱入者はいったい何者なのか?
その正体を枝垂が知ったのは、いざ自分の番が回ってきたときである。
なにかと態度の悪い女性の案内係に、舞台へと向かう道すがらにダメもとで訊ねてみたら教えてくれた。
「あの素敵な御方はヴァシリオスさまよ。星の勇者の序列第一位にして、歴代最強といわれているわ」
歴戦の勇士、最強の男……
その看板に嘘偽りはない。
なにせあのツララ地獄を、衆人環視の中にあって誰にも気取られることなく突破しては、窮地にあった今村日美子をあっさり救い出してみせたのだから。
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