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119 第一試合 時をかける少女

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 静と動の転換が目まぐるしい。
 またしても攻守が入れ替わる。
 浩然が放った氷散弾の弾幕、これを突破した今村日美子が猛追を開始! 
 だが、唐突に彼女の前に立ちはだかるものが出現した。
 氷の壁、浩然の仕業だ。襖(ふすま)二枚ほどの大きさがある。
 壁を隔てて互いの姿が一時的に見えなくなる。

 迂回するか、乗り越えるか、突き破るか。
 この障害物を前にして、今村日美子は躊躇することなく右へとまわり込んだ。
 まるでそちらが正解の進路だとでも云わんばかりに、迷いなき動き。
 事実、そのとおりであった。
 もしも左からまわり込んでいたら、浩然の抜き放っていた剣鉈(けんなた)に迎撃されていたことであろう。
 では、どうして浩然がそちら側に照準を合わせていたのかというと、反対側――今村日美子が進んだ方には石筍(せきじゅん)のような氷の突起物を、いくつも足下に配置していたからである。高さはほんの足首ほどしかないが、いかに堅牢なブーツを履いていても、まともに踏み抜けばきっとただではすまないだろう。最悪、足裏を氷結の鋭い突端が貫くかもしれない。
 が――今村日美子は跳んだ。氷の石筍の存在を知らないはずなのに、やはりそこに何があるのかわかっているかのごとき動きにて、勢いのままにそれらを跳び越えた。

 視認してから反応しているのとは違う。
 わかっていてやっている動き。
 例えるならばテレビゲームだ。横スクロールのアクションゲームにてキャラクターを操作している時に、次にどんな敵が出現し、どんな地形にてどんな罠があり、どう対処すればいいのか……そのすべてをわかった上でステージを攻略しているような、何度も繰り返し遊び慣れた感じ。

 控室のモニター越しにふたりの戦いを見守る枝垂は、「ムクラン帝国の星の勇者のチカラっていったい何なんだろう」と首を傾げるばかり。
 なんとかく時間に関係していそうなのはわかるのだけれども、未来予知みたいなものであろうか。
 どちらにせよ、こちらの手の内がバレているらしい。
 こと対人戦、それも接近メインの戦いでは、やっかい極まりない能力であろう。
 そんな得体の知れないのを相手にして、浩然はよく善戦している。とくにチカラの使い方、多彩さは際立っている。
 これはあくまで親善交流試合だ。中央と辺境の対立みたいな構図になっているが、望むと望まざるとにかかわらず、いずれは轡(くつわ)を並べて戦う間柄である。
 辺境育ちの叩きあげの意地ならば存分に示した。もしもここで破れたとて、誰も彼を弱卒だなんぞとバカにはしないだろう。勝ち負けにこだわる必要はない。
 だから、もうこれ以上は……

 でも、枝垂は浩然という青年を見誤っていた。
 彼はまだまだ勝負を諦めていない。
 そのことがわかったのは彼ぶつぶつつぶやいているのに、枝垂が気づいたためである

「イー、アール、サン、スー、ウー、リウ、チー、バー、ジウ、シー……」

 呪文のように聞こえるそれは、数をかぞえている声。
 浩然は中国語にて何かをカウントしている。

「……シーイー、シーアール、シーサン、シースー、シーウー。なるほど、せいぜい十五秒前後ってところか」

 そのタイミングでふたりの武器が交差する。

 ギャン!

 刃同士がぶつかり、鈍い音が響く。
 刹那、幾筋もの銀閃が発生して、浩然のカラダにたちまち切り傷が増えていく。
 今村日美子の怒涛の剣撃を前にして、浩然は防戦一方となる。やはり接近戦では武道経験者であろう彼女に軍配があがるようだ。
 けれどもそんな猛攻が不意に止まる。

「くっ」

 みずから跳び退った今村日美子は、苦々し気に手にした剣をにらむ。
 切っ先に厚い霜がこびりついていた。それが重しとなって彼女の剣腕を鈍らせたのである。
 やったのはもちろん浩然だ。
 互いの武器がぶつかるたびに、刃を通して相手の得物に働きかけていたらしい。どうやら彼の武器はただの剣鉈ではないようだ。
 そんな浩然が「ふぅ」とひと息ついてから言った。

「十五秒だけ時をかける少女ってか。範囲は限られるようだが、どうやら進むだけでなく巻き戻りも可能みたいだし。ったく、マジでありえねえ。冗談みたいなとんでもない能力だな。しかもまだまだ成長途中のひよっこ段階でこれだ。末恐ろしいにもほどがある。どおりで帝国が欲しがるわけだぜ」

 時を操る能力!
 次の展開をあらかじめ知ることができるからこその、今村日美子の不自然な動きであったのだ。これこそが浩然が放った数々の攻撃や、トリッキーな罠がことごとく破られた理由……
 にしても、戦いのさなかにこれを見破ったばかりか、発動時間や範囲まで見極める浩然の観察眼も恐ろしい。

 一方で自分の星のチカラを看破された今村日美子は、無言のまま剣についた霜を払い落としている。
 その目が「だからどうした?」と言わんばかりであったのだけれども、その時のことである。
 浩然が不意にその場でしゃがみ込むなり、その身が氷のドームに覆われた。
 まるで手足を引っ込めた亀のよう。

「? ……っ!」

 あまりにも奇妙な行動に今村日美子は呆気にとられるも、すぐに何事かに気がついてばっと天井を見上げる。
 するとそこには、ずらりと垂れさがっている大量のツララの姿があった。
 直後にそれらが一斉に降り注ぎ、今村日美子は避ける間もなく、たちまち呑み込まれた。


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