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110 工作員
しおりを挟む枝垂からハチミツ漬けを貰って満足したのか、シンケンセミの群れは飛び立ち、ふたたび渡りの旅へと戻っていった。
謎の女神っぽい御方の好意により、飛空艇も返された。
軽傷で動ける乗務員らが、さっそく船の内部を点検したところでは――
「おぉ! 湖に落ちたのに中がほとんど濡れていないぞ」
「さすがに水浸しになっていたら機器がすべてダメになっていただろうに、奇蹟だ」
「これも乳神さまの思し召しであろう。ありがたや、ありがたや」
「ところで機関部の魔導機の方はどうだ?」
「あー、出力が暴走していただけみたい。あちこちガタがきているが、本体の方は修理すればなんとかいけそう。でも肝心の輝石がなぁ……大きなヒビが入っちまってる」
「げっ! どちらかといえばそっちこそが無事でいて欲しかったのに」
「とりあえずもう片方の魔導機は無事だが、この規模の船だとひとつでは浮かぶのがやっとだぞ」
「おいおい、どうするんだよ? 飛空艇の動力に使われている輝石ともなれば、おいそれとは手に入らないぞ」
「なにせ組み込まれているのは白銀級の禍獣からとれた希少な品だからなぁ」
「中央に頼んでも、いつ届くことやら」
「っていうか、そんなのを待っていたら連合評議会に間に合わないぞ」
「こうなったら迎えに行く予定だった各国には、それぞれ中央に向かったもらうしかあるまい」
「だがしかし……」
船体の外殻はシンケンセミたちにボコボコにされているが、内部の方はおもったよりもダメージを受けていない。
飛空艇乗りたちはつねに事故やトラブルと隣合わせなので、みながひとしきり整備の知識と技術を身につけている。だから、ある程度までならば飛べるように修復可能。
けれども彼らをしても、どうしようもないのが動力源の輝石なのだ。
白銀級以上の禍獣となると、そうそう発見されないし、発見されたとしても強いので討伐がとってもたいへん。
ゆえに乗務員たちの嘆きはひとしお。
が――このことを耳にしたエレン姫とジャニスは「「あっ!」」
飛空艇の魔導機に使えそうな輝石ならば、心当たりがあったから。
海の大型禍獣ラッコステイから回収されたモノが、城の宝物庫に眠っている。
星クズの勇者絡みでゲットした品ゆえに、下手に表に出せばいらぬ騒ぎを起こしかねないと死蔵してあったアレがあれば、もしかしたら飛空艇は復活するかもしれない。
梅おかか味のポテトチップスのオマケのトレーディングカードから得た、はずれの鉄のインゴットもたくさんあるので、船体の修繕の素材には事欠かぬ。
いい機会だから、修繕を手伝いがてら飛空艇の内部をとっくり見聞し、使われている各技術を盗むのもアリだろう。
今回はいろいろと迷惑をこうむった。
そのぐらいしてもバチは当たるまい。
飛空艇の方はどうにかなりそう。
でも看過できない問題がひとつある。
それは今回の事故で死亡した者のこと。
運び出された死体を確認するなり、エレン姫は「これは」と顔をしかめた。
口から泡を噴いており、喉や胸元を激しく掻きむしったあとがある。
死因は毒……
他の乗務員に事情を尋ねると、その者こそが今回の騒動の元凶であったという。
コウケイ国へと向かう道すがら。
渡り中のシンケンセミの群れに遭遇した飛空艇は、定石通りに進路を譲って、静かにやり過ごすつもりであった。
だというのに、不意に轟いたのは船に搭載されていた砲門である。
群れへと向けての発砲。たちまちシンケンセミたちは怒り出し、目を真っ赤にしては襲いかかってきた。
ばかりか、混乱する船内にて死んだ乗務員は機関部へと侵入するなり、計器をめちゃくちゃに操作して魔導機の暴走を誘発する。
突然の暴挙に驚いた他の乗務員らが取り押さえたときには、時すでに遅し。
内も外もしっちゃかめっちゃか。対応に追われているうちに、気がつけば隠し持っていた毒を飲んで自害していたという。
その死んだ乗務員なのだが、近頃、かわいい彼女が出来たとかいって浮かれていたそうで、とてもこんな真似を仕出かすような奴とは思えない、いまだに信じられない、とは仲間たちの談である。
しかし実際にことを起こしているからには、周囲が知らぬ裏の顔があったのかもしれない。
げんに反勇者派というものが存在している。けっこうな規模であり、ときには暗殺も辞さないという。
だとしても肝心の狙いがよくわからない。
「もしも星の勇者が狙いだったら、みんなを乗せてから空の上でドカンとした方が、効率がいいよね?」
枝垂は腕組みにて「う~ん」
「だな。もしも私が工作員で彼らが狙いだったら、きっとそうしている」
ジャニスもうなづく。
「ですが勇者が揃っていたら、逆にちょっと手がだせないかも。ひょっとしたら中央と辺境との仲たがいを目的としていたのかもしれませんね。たまさかシンケンセミたちと遭遇したので、これを利用したのかも」
エレン姫がそんな意見を口にする。
イーヤル国でのことや、ヴィクターのこともあって、もともとあまりよくない関係が、いっそうギクシャクしているという。近年稀にみるほどに辺境側の不審感が高まっている。
これを少しでも解消しようというのが、今回の飛空艇派遣の目的の一端であった。
開いている溝をいっそうこじ開けるためだけに、もしも飛空艇を落として、自殺したのならば、それはそれで不気味だ。
たしかに中央の威信はだだ下がりになるだろうけど、まともじゃない。狂信的な何かに突き動かされており、薄ら寒いものがある。
とはいえ、証拠は何もない。すべては憶測に過ぎない。
いきなり出鼻を挫かれ、はやくも暗雲垂れ込める中央行き。
アリエノールの話では、ラグール聖皇国が連合評議会にて何ごとかをたくらんでいるらしいし。
この分では絶対にひと波乱起こりそう。枝垂はためいきをつかずにはいられなかった。
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