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105 バッキバキ発音筋

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 シルバーメタリックのボディをした空飛ぶウミガメ。
 八十メナレほどもの大きさがあり、全長だけならばジャンボジェットと同等である。二基の魔導機を動力として空を征く。
 飛空艇が左舷後方から煙をあげながら、ふらりふわり。
 これにまとわりついているのは巨大な甲虫たちだ。
 みな目を赤く怒らせては、頭の角にてガシガシ船体を小突き回している。

 ふらつきながらも飛空艇がずんずんこちらに近づいてくる。

「えっ、ウソでしょう。あれはシンケンセミじゃないですか!」
「そんなバカな、飛空艇の連中、よりにもよって空の上でアレにちょっかいを出したのか? いったい何を考えているんだ」

 現状を目の当たりにしてエレン姫とジャニスが驚きの声をあげた。
 そして枝垂もとても驚き、おもわず自分の耳を疑った。

 でっぷりとしたお尻とまん丸な黒耳が特徴の野鼠ニッキーマウス。
 憎たらしい顔をしたちっとも可愛くない大きな人面ネコっぽいビコニャン。
 ほぼ怪獣のような狂暴なデカワニのごとき海洋生物であるラッコステイ。
 ギリギリネーミングシリーズに新キャラが登場!

 シンケンセミ――
 自宅で学べる某通信教育と一文字違い、濁点を抜いただけにて、まぎらわしい名前をした昆虫である。
 しかしややこしいのはそればかりではない。
 セミとついているけれども、姿はまんまカブトムシである。
 なのに「カナカナカナカナ……」とヒグラシのような声で鳴く。
 体長は三メナレ半ぐらい、だいたい軽自動車ほど。頭には立派な一本角が生えており、これが真剣のような切れ味を持ち、敵を串刺しにしたり一刀両断にする。
 鎧のような固いカラダと、抜き身の刃のごとき角を持ち、チカラも強い甲虫。
 気性はわりとおだやかにて、こちらからいらぬちょっかいを出さなければ、遭遇してもさほど怯える必要はない。
 けれども万が一、うっかり攻撃なんぞを仕掛けて怒りを買ったら、とっても大変!
 個体はもとより、群れの仲間たちもこぞって応援に駆けつけては、よってたかってボコボコにされる。
 なお普段は穏やかな青い目をしているが、怒ると真っ赤になる。

 シンケンセミは各地をさすらって生活している。
 だからたまさか渡り中のシンケンセミの群れと、空の上で遭遇することもなきにしもあらず。
 そんな時には群れを刺激しないように、静かにやり過ごすのが飛空艇乗りの鉄則。
 だというのに……
 ジャニスが「何を考えている」と声を荒げたのはそのせいであった。

 ふらつきながらも飛空艇はじょじょに島に近づいてくる。
 近づくほどに次第にあらわとなる状況に枝垂たちが唖然としていたら、その時のことであった。

 ボンッ!

 激しい爆発音がして飛空艇の右舷後方より火柱が噴き出た。
 位置からして搭載している魔導機のうちのひとつが炎上した模様。
 船体のバランスが大きく崩れる。あれだけ傾いてしまっては、乗務員たちはもはやまともに立ってはいられないだろう。
 飛空艇の進路が右へとそれていき、枝垂たちのいる港の桟橋から離れていく。

「さっさと海に着水すればいいものを、操舵手は何をもたもたしているんだ」

 悪化するばかりの状況。
 業を煮やしたジャニスが語気を強める。

「違うわ、そうじゃない。したくてもできないのよ。舵(かじ)が利かないんだわ」

 エレン姫が顔を青ざめて口にしたのは、シンケンセミの持つある特徴のこと。
 多くの昆虫たちは羽を擦らせて鳴く。オスのシンケンセミもそうだ。
 だがシンケンセミにはそれ以外にも、お腹の辺りに発音器官を持つ。ここにあるバッキバキの発音筋を震わせることで、あれほどやかましいギャン声を出せるのである。
 ちなみに発音筋の振動回数は一秒あたり二万回ほど。
 電動歯ブラシの中でも特に振動数に優れたハイエンドモデルで、一秒あたり約五百五十回程度にて。
 このことからもシンケンセミの発音筋の震動がいかに凄まじいのかが、容易に想像できるはず。

 そんなシンケンセミたちが多数張りついては、一斉に「カナカナカナ」と鳴いている。
 生じる震動たるや、いかばかりか。
 ましてや共鳴なんぞしようものならば、いかに頑強な造りの飛空艇の船体とて、とても無事ではすむまい。

「いけない! ジャニス、すぐに警報を発するように手配してちょうだい。あの進路だと西町の上空を通過するわ」

 と、エレン姫。
 通過すると思われるのは西区、第三初等部がある集合住宅地区だ。
 落ちてくる破片だけでも危険なのに、もしも墜落なんてされたら被害甚大となろう。
 それにシンケンセミのことも忘れてはならない。町に舞い降りた個体にうかつに手を出したら、最悪市街戦が勃発して戦火がたちまち拡がってしまう。万が一見かけても刺激しないように、住人らに終始徹底させないといけない。

 ジャニスは邪魔な旅装を脱ぎ捨てるなり、すぐさま最寄りの詰所へと向かった。
 エレン姫と枝垂たちは、ひと足先に西区へと急行すべく駆け出した。


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