上 下
100 / 242

100 ナムクラーゲン討伐

しおりを挟む
 
 二十メナレを越える半透明の巨魁が蠢く。
 うねる八本の足、うちの二本が無造作に振るわれ薙ぎ払われるたびに、周囲の木々が折れひしゃぐ。べつの二本がのびては無造作に手近な幹を掴み、チカラまかせに引っこ抜いては彼方に適当に放り投げる。邪魔な石を蹴飛ばす。
 残る四本にて地面を抉っては、引っ掻くようにして、ずるぅりずるぅりと軟体が這い進む。

 幸か不幸か、食欲旺盛なナムクラーゲンは翌日に再来する。
 おかげで待ちぼうけにてダレることなく、枝垂たちは意気軒昂のままでこれを迎えることができた。

 爆ぜるような破壊音が轟き、森の奥でもうもうと土煙が起きた。
 ナムクラーゲンがあらわれる前触れである。
 海底洞窟の本土側にある脇道のひとつを住処としているらしいのだが、どうしてわざわざ派手に狼煙をあげて登場するのかは不明だ。
 ナシノ女史の見解では「警告、巣から邪魔なハチノヘたちを外に誘き出すためでは」とのこと。そうすることで巣に蓄えられた極上ハチミツを、ちゅうちゅうしやすくしているらしい。
 奴の狙いはあくまでハチミツである。
 だからそれをせっせと作る担い手であるハチノヘたちは、食べないし、無闇に傷つけもしない。毒にて一時的にやる気を奪うだけ。
 そうして繰り返し甘い汁を吸おうというのだから、ナムクラーゲンは相当にしたたかだ。
 だがしかし、そんな暴挙もこれまでである!

「総員構え、撃てーっ!」

 ジャニスの号令にて、隊員らが各々得意の攻撃魔法を放つ。ただし、延焼の危険から火魔法の遣い手をのぞいて。そのものは投擲にて参戦する。
 中でもひときわ大きな岩の塊を飛ばしたのは、ナシノ女史であった。
 それもたんに飛ばしただけではない。彼女は地火風の三属性持ちのトリプル。ゆえに同時に風を吹かせて岩を加速させつつ勢いを増し、さらにはその風の流れを途中で変化させた。
 なんと! 風の刃にて岩を刻んでは散弾のようにしたのである。

 岩の弾丸が雨あられとなって降り注ぐ。
 ナムクラーゲンは避けようもなくほとんどが着弾して、苦しそうに身じろぎする。
 と、そこへ残りの魔法も殺到したのだから、たまらない。

「ぐぉおぉぉぉぉぉぉ」

 苦悶の声をあげるナムクラーゲン、だが痛がるわりにはさほどダメージを受けた様子はなかった。
 やはり表面のぬめりと、厚みのある軟体により、攻撃の大部分が分散吸収されてしまったようだ。
 さりとてまったく効いていないわけではない。
 その証拠にナムクラーゲンの歩みが止まった。
 ずっとハチノヘたちを相手に無双して調子に乗っていたところを、思わぬ反撃を受けてかなり戸惑っている。

「奴が持ち直す前にいっきに畳みかけるぞ! ナシノ女史は引き続き魔法で援護をお願いします。残りは抜剣にて私に続けっ!」

 魔鋼製の黒剣を抜き、駆け出したジャニスに隊員らが続く。
 魔力を体内にて循環させて瞬時に身体強化を行い、かつ足の底や刃に風魔法を発動することで、黒ヒョウ女剣士そのものが一陣の風となりて、戦場を疾駆する。

 迫る黒き疾風。
 向かってくるジャニスを認識し、ナムクラーゲンが足の一本を打ち下ろしては、これを迎撃しようとする。
 が――瞬時に足の一本がスパっと輪切りになった。
 目にも留まらぬジャニスの早業であった。本来であれば通りにくい刃がたやすく通ったのは、先の魔法攻撃のおかげ。あれによって体表のぬめりがかなり剥がれていたせいだ。

「よし、イケるぞ。すべての足を叩き斬ってやれ」

 ジャニスは、すぐさま二本目の足へと狙いを定める。
 隊員らも手分けして他の足の切断に着手する。
 足さえ落としてしまえば、ナムクラーゲンの討伐は八割方完了したようなもの。あとはどうにでも料理できる。

「おもったよりもはやく終わりそうだね。これなら飛梅さんの出番はないかな。フセは……あっ、こら、そんなモノ食べちゃダメだってば」

 枝垂は戦いの様子を安全な後方から見守っている。
 いつの間に拾ってきたのか、フセは輪切りにされた足のひと欠片をくわえてきては、これにハフハフかじりついていた。
 見た目はナタデココみたいだけど、うまいのだろうか?
 味や食感が気になった枝垂が少し分けて貰おうと手をのばした、その時のことであった。

「むっ、いかん」

 ナシノ女史の声に驚き、顔をあげてみれば、なにやら黒いモヤがもわもわもわ……
 ナムクラーゲンが煙を吐いたのだ。
 タコとクラゲが合体したような生き物なので、それ自体は意外ではなかったのだけれども、ナシノ女史を慌てさせたのには理由がある。
 それはナムクラーゲンの吐いた黒煙が、ただの目くらましなんぞではなくて、毒の成分を含んでいるから。
 吸えばたちまちやる気を失う、恐ろしいダラケ毒。
 ジャニスたちはとっさに鼻や口元を腕で隠して、煙を吸わぬようにして防ごうとする。
 けれどもダメであった。
 なぜならこの毒は皮膚からも吸収される経皮毒であったのだ。
 これにより戦いの形勢がたちまちひっくり返されてしまった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~

厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない! ☆第4回次世代ファンタジーカップ  142位でした。ありがとう御座いました。 ★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

無能な勇者はいらないと辺境へ追放されたのでチートアイテム【ミストルティン】を使って辺境をゆるりと開拓しようと思います

長尾 隆生
ファンタジー
仕事帰りに怪しげな占い師に『この先不幸に見舞われるが、これを持っていれば幸せになれる』と、小枝を500円で押し売りされた直後、異世界へ召喚されてしまうリュウジ。 しかし勇者として召喚されたのに、彼にはチート能力も何もないことが鑑定によって判明する。 途端に手のひらを返され『無能勇者』というレッテルを貼られずさんな扱いを受けた上に、一方的にリュウジは凶悪な魔物が住む地へ追放されてしまう。 しかしリュウジは知る。あの胡散臭い占い師に押し売りされた小枝が【ミストルティン】という様々なアイテムを吸収し、その力を自由自在に振るうことが可能で、更に経験を積めばレベルアップしてさらなる強力な能力を手に入れることが出来るチートアイテムだったことに。 「ミストルティン。アブソープション!」 『了解しましたマスター。レベルアップして新しいスキルを覚えました』 「やった! これでまた便利になるな」   これはワンコインで押し売りされた小枝を手に異世界へ突然召喚され無能とレッテルを貼られた男が幸せを掴む物語。 ~ワンコインで買った万能アイテムで幸せな人生を目指します~

処理中です...